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48、 私とあなたは、

 皇宮左城塔3階。

 このフロアには住み込みの使用人や皇宮役人の部屋が並んでいる。


 フライアによれば、ヴェーリルはこれらの部屋のどこかに勾留されているらしい。なるほど、盲点だわ。


 真っ黒な廊下をフライアと衛兵に囲まれて歩いていた私の視界に入ってきたのは、やはり衛兵を複数名連れていたキノコだった。

 ドアの前に立つキノコは皇宮の床を杖でカツンカツンと叩いている。帝国大家令が不機嫌なときに取る行動らしい。


「会話は全て聞かせてもらうぞ。必要なら陛下と軍総司令官にも伝える。よいな」


 キノコの後ろに紙とペンを持つ役人がいることに気付いた。速記係だろう。


「もちろんよ。ありがとう」


 私は言った。


「面会を許可してくれるとは思わなかったわ」

「私は大家令だ。陛下の右腕であり、国を良き方向に導くのが役目。陛下が誤るときは(いさ)め、改善の道があれば提言する。今回の対応もあらためて感謝されるほどではない」


 青臭いけど、正義感の強さが伝わってくる。あとツンデレ。

 フライアの言っている通り、この人ってめちゃくちゃいい人なのかも。


「ありがとう、フギン大家令」


 私はもう一度、お礼を言った。揃った前髪の下からジト目が覗く。


「……面会はできるだけ手短に。行くぞ」


 真鍮(しんちゅう)の黒装飾があしらわれた木製のドアが開かれ、私とキノコ、フライアが入室した。



 ◇



 使用人の部屋に紛れた一室に、エルム家の三男はいた。


「フリッカ嬢! 体は大丈夫かい!?」


 ヴェーリルはとても元気だった。

 勾留中の身とは思えないほどに元気だった。


 私を見るなり、ツカツカと近づいてきて両手を握られる。


「おい、行動を慎め」


 キノコが眉を(ひそ)める。


「おっと、大変失礼しました。将来の皇妃様になんというなれなれしい振る舞いを」


 ヴェーリルは目を見開き、その場に(ひざまず)いた。

 調子が狂う。


「ヴェーリル……予想以上に元気そうじゃない」

「そう? これでも落ち込んではいるけどね」


 立ち上がった彼は少しだけ眉尻を下げ、苦笑した。


「ただ、勾留とは言ってもそれなりの待遇を受けているよ。……軍の聴取はしつこいけど」


 ヴェーリルがチラリとキノコを見る。キノコは全く動じなかった。


「聴取は陛下の勅令であるぞ。貴殿は黙って従え」

「分かってますよ。毎回ちゃんと答えてるじゃないですか。むしろこっちは物証まで出したのに、それ以上の根拠を求められても困ります」


 それに、と公爵家子息が続ける。


「いきなり勾留なんてさすがに父がどう思うか。皇宮とエルム家が戦争になっても知りませんよ」


 ぼやくヴェーリルを見て、私はなんとなく聴取の様子が想像できた。



「ねえ、ヴェーリル」


 過激派をめぐる聴取の内容に興味はあるが、短時間で済ませろと言われているので今は一分一秒が惜しい。私は思い切って話題を切り替えた。


「先日、私やグナーと地下に行ったときに、あなたは祭祀場の中に入ることを躊躇(ちゅうちょ)していたわよね」

「ん? ああ……」

「そして、私が壁の文字に触れようとしたときに止めてくれた。私は無視しちゃったけど」



『やめろ!それに触れないほうがいい! 取り(のぞ)かれるぞ』



 あのときのヴェーリルは鬼気迫っていて、普段とは違った。


「当時の私はいろいろあって舞い上がっていたの。だから深く考えなかったんだけど、どうしてヴェーリルが読んだこともない私の論文にあそこまで興味を持ったのかも合わせて考えたら」


 私とヴェーリルは見つめ合った。



「あなたも()()()()()()()なんじゃないかって思った」



 ここにはフライアとフギン、そして複数の衛兵がいる。

 だからヴェーリルにだけ伝わる表現を選んだ。



 ヴェーリルも、転生者なんじゃないの?



 彼は視線を逸らさなかった。

 けれど私が発言した途端、彼の顔に浮かんでいた一切の感情が流れ落ちていった。


 ゾクリとする。


 ゲオルグは分かりにくいだけで表情は豊かだ。

 でも、今のヴェーリルには表情がない。一切ないのだ。そこに僅かな恐怖を感じる。


 私は、ヴェーリルの言葉を待った。

 そして彼は観念したように呟いた。



「確かに、初めて君を見たときにはそんな連帯意識を抱いたこともあったね」



 肯定だった。



 彼も転生者なんだ。



 全身が震えた。それは「同じ仲間を見つけることができた」という喜びではなく、新たな真実に出会えたという不遜ともいえる心の動き。


「フリッカは私が()()()()だか知りたいのかい?」

「知りたいわ!」


 強がっている場合ではない。

 そこは素直になる。


「山奥の民だって言ったら君は信じる?」

「えっ!」


 うっそ……。

 嘘。

 嘘でしょ。


 世界の管理者……ニブルヘイム人ってこと!?


 顔を両手で覆った。


「フリッカ様?」

「小娘、何があった」


 フライアとキノコがそれぞれ心配の声を出す。

 私は興奮を抑え、「大丈夫です」の意味を込めて手を上げた。


 事実確認もまだだし、あくまで自称。ヴェーリルの人となりからしても嘘をついている疑いだって……。いやでもあの文脈で出てくる発言というのはかなり真実味が高い気がするけど!


 とりあえず学者の卵として気持ちが先走ってしまったのは仕方がない、と言い訳しておく。


「もしここから解放されたら、君に全部話してあげようか。山奥の暮らしを」


 ヴェーリルの声は楽しそうだった。


 口の端の上げ方は、彼の特徴でもある演技めいた言動そのものだ。

 ただ、その青い瞳には以前の理知的な光とは違うなにかが宿っている。


「そうしたら素晴らしい論文が出来上がるね。人類史上最高の傑作になる。君にとっては結婚なんかよりずっと甘美な夢が叶うじゃないか」


 私はそこになんとなく悪意を感じた。

 まるで試しているような言い方よね。


 私はベッドの上で少しだけ考えた。答えが出る。ぴょんと飛び降りて再び彼に向き合った。


「まずは“世界樹によって作られたヒトがいる”という私の仮説を立証するのが先ね」


 これもまたヴェーリルだけに伝わる表現にした。


『枯れる前の世界樹が最後に生み出したのが人間だった』は創世神話の一説。普通の人はそちらを連想するはずだしね。


「ヴェーリルの話は参考にしたいけれど、今のあなたはエルム家三男でしょう? あなたの話だけを根拠に論を展開することはできないわ」

「不安じゃないの? 自分の存在が」


 そこでようやくヴェーリルの問いかけの本質に気付いた。


「私に聞いたらすぐに分かるよ。君も私も、どうして生まれてきたのか、がね」

「あのね、勘違いしてない? 私は自分のことが知りたいんじゃなくて、世界の真実を論文にして、それを多くの人に読んでほしいのよ」


 理解してもらえるかは別だけど、ヴェーリルにも私の考えを伝えたい。

 大きくはっきりとした口調で届けよう。


「誰かにとって都合の良い情報だけで書かれたものには信頼が置けないわ。それこそ創生神話と同じになっちゃうじゃない」


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― 新着の感想 ―
ラスト。 フリッカらしいと思わず笑ってしまった( ´∀` ) にしてもまさかな正体。 世界の管理者ねぇ……いやホント論文出したらひとつなぎの大秘宝並みのダメージが世界に走るんじゃないかこれ(;゜Д゜…
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