41、 転生者が入ってはいけない部屋②
色や匂い、温度が消えていく。
祭祀場にいたはずの私の目に再構成されたのは、灰色の空だった。灰色の下に乱立するのは黒く巨大なビル。よく見れば人型で構成されている。全ての建物が黒い人型で作られていて、虹色の光を放った後で液体になり地面に溶けていった。ゴーンゴーン。そのすぐ後で灰色の空から黒い液体が零れてきて、あっという間に長方形の建物になった。
全てが黒い都市。直感が教えてくれる。
ここはかつて栄えた超古代文明・鉄の森。
歩いている黒い人型は路に吸われて消えたり、逆に路を食べたりしていた。ポトポト。空へ人が消えた。グニャリ。目の前の路がピンク色に光ったかと思うと穴が開いて、そこから鉄の魚が空へと放たれていった。あれが別の国家を殺すために飛んで行ったのだと、またしても直感が教えてくれた。
目が鳴ったり口が分裂する人型が液体となって、都市の一点に吸われていく。白い半円。リリリ。半円の中央に鉄の円卓があった。鉄の森を運営する50人会議の議場だ。耳障りの悪い音が人型から発せられるたびに15人が溶けて25人が造られて10人が霧になった。どんどんと入れ替わる。人間は10人ほど。円卓の一番奥に、もっとも馴染みやすい人間のかたちをした者がいる。
白い布で覆われた男が、何の感情も浮かべずに円卓を見詰めている。
瞳が黄色いことだけが印象に残った。
パイプオルガンの全ての鍵盤を同時に押した不協和音が響いて、“私”はそこから下へ下へと落ちて行った。大きな筒を下る。何層もの大地を見送る。地盤と重なるつなぎ目で、筒の色が変わっている。
もしかして。
私は今、熱動力移送吸引機器<ポンプ>の内側を見ているの――?
頭が割れる。自分が誰なのか分からなくなる。
見ているものが現実なのか夢なのかの区別がつかなくなって、血の匂いが強くなっていく。
『おいでフリッカ。本を読んであげよう』
これは誰の発言だったろうか。
『樹から人間が生まれるわけがないよ。少なくともパパが調べている限りそんな痕跡はないね』
『フリッカ、俺と結婚してくれないか』
『君の論文が本になるのが待ち遠しいな』『お誕生日おめでとう、フリッカ』『久しいな、フェンサリル家の小娘』『どれだけ文明が発展しても、結局人は原点回帰するんだよ。しょせんは“樹から産まれた命”だからね』『言葉は誤魔化せない。そんなことを言うのは俺の知っているフリッカだけだ』
全身が打たれる。それも衝撃を受けたと同時にどこかへと消えていって。
『熱動力移送のソースコード複製の際に生じた記憶保持者のようです。デバッグ作業を行います』
あなたは誰?
それはつまり―――どういうこと?
『素材は元の場所へ帰すのが決まりです。鉄の海に落とします』
「フリッカ!!!」
色や匂い、温度が急激に戻ってきた。
私の名を呼んでいるのはゲオルグだった。
虹の祭祀場で倒れた私を、彼が抱き上げていた。
答えようと思っても喉がカラカラで声が出ない。眩しさに耐えられず、瞼をうまく開けることができなかった。
「フリッカ、聞こえるか!? 返事をしろ」
滅多に表情を歪めることのない彼が肩を震わせ、憔悴した顔で私を見つめている。
どうしたの……?
あなたにそんな顔をしてほしくないな……。
そうは思っても体は動かず、手を伸ばすこともできない。
ゲオルグの後ろからグナーとヴェーリルが心配そうな顔を覗かせている。グナーに至っては涙を零していた。
「貴様が彼女に何かしたのか!」
私を抱いたまま、ゲオルグがヴェーリルに問い詰めている。ヴェーリルは独裁帝の剣幕にたじろいでいたが、比較的冷静に返事をした。
「陛下、落ち着いてください。近衛兵に見張らせていたのでしょう? 私は何もしていません。それよりも彼女は衰弱しています。対応を急いだほうがいい」
「……くそっ」
「後宮に連れて行くべきかと」
頭痛の波が引いていく。が、意識がはっきりせずどうにも考えがまとまらない。
私はゲオルグの体温が心地よくて、そっと彼の胸に顔をすり寄せ目を閉じた。
「分かった」
ゲオルグが息を吐く。
その腕の強さのおかげで、今の私は自身の存在に自覚的になることができた。
「……容態が急変する可能性もある。彼女を後宮に連れて行き、そこで臨時措置をほどこす」




