紫電の如く
メラメラとー、燃えまくれー、雨が降っててもお構いなしにー。
心の中で歌いながら、ざあざあと降りしきる雨の音を聞く。
「ふふっ、上手くいきましたね」
扇子を持ったままだが頬に手を当てて微笑む。目の前ではアカツキの羽根が突き刺さって見事に燃え盛るキャンプファイヤー。顔面が微妙に熱い。けどこっちにダメージは来ていないので問題なし。
キッチョウお爺さんに対しても、今燃やしているわけだが、さっきまでは妨害だけしていてダメージを与えたりしていなかったので殺してしまうようなこともない。
試練なのに容赦なく殺しにかかって来たんだから、私も手加減する必要ないよね? 私、ちょっと怒っているんです。串刺しは嫌だ。先端恐怖症を発症しそうなほど怖かった。あれをオボロなしで避けるとかできなかったはずだ。なんせ私はバフと装備でスピードを上げているとはいえ、器用値以外は全部ゼロ。無理に決まってるでしょ。
「よしよし、もうそろそろですかね」
パチリと火が跳ねる。
あ。
「……まさか、燃え移ったりしませんよね?」
木のバリケードの向こう側。果実が心なしかあぶられている気がする。
冷や汗が流れた。バリケード壊しに横着して本命の目的を達成できなくなったらヤバいのでは……?
本来なら果実なんて水分を多く含むものは燃えにくい……はずだけれど、そもそも同じ条件で、しかも雨中の樹木を燃やしている現在。ない、とは言い切れない。
「と、飛び込みましょう、か」
「きゅーん……」
パタパタと純白の扇子をあおいで雪の結晶を発生させながら言う。
顔面は目の前の炎で熱いが、この扇子にセットしているスキルを使いながら自分にダメージが来るのを防いでいるのだ。
それでも雪属性のオボロには辛いらしく、飛び込むと聞いて三角の耳をペタンと閉じた。可愛い。
「大丈夫ですよオボロ、私一人で行きます」
「きゅーん?」
それはそれで心配って顔をされた。解せぬ。嬉しいけども!
「にゃんにゃんにゃん!」
「あれ、ジン? 追ってきたんです?」
一番レベルが低くて置いてきたはずなんだけど……いや、雷やビームを避け続けるより、樹木に登って駆け上がってきたほうがある意味安全といえば安全……か?
しかし、この子は進化もまだなのに。大器晩成型にしても、まだちょっと危険なのではないか。そんな風に考えて黙り込む。ジンはもう少しレベルが上がってから……。
「いたっ!? ジン!?」
「ふー!」
と、思っていたら帯電したジンがスネの辺りに体当たりをしてきた。
たたらを踏んで、しかし耐える。これで樹木から落ちたりしたら器用値極振り(笑)でしょ。
「……ぼくもできる……ですか?」
「にゃん!」
なんとなく、言いたいことは分かった。
そっか、そうだよね。囲い込まれて、大事に可愛がられて、危ないからと戦闘から遠ざけられて、避ける練習をしていなさいと、そんな風に言いつけられて悔しくないわけがない。そういうわけ……だよね?
彼らはAIだ。
人間ではない。でも、今の技術では人間とAIの違いなんて、現実世界に体があるかないかの違いくらいしか、もうほとんどないくらいに発達している。この子達が自分で選んでパートナーについていくように、自分の判断で進化したいと要求してくるように。
ジンだって、勝負して勝ったからついてきてくれた元ライジュウだ。
熱いスピードレースをして、どちらが勝つかも分からないほどに接戦をして、それでいてオボロが進化を願って、ようやく勝てた。そんな、とても強いライジュウだったのがこの子だ。
そんな子が、守られて、ぬるま湯の中でレベリングすることを望むはずがない。ピニャータ戦でも実質他の三匹に頼りきりで、この子が明確に活躍できる場はなかった。
「オボロ、離れていて」
「くんっ……ワウ」
ジンのアメジストの瞳と見つめ合っていたオボロは、一声吠えるとその場から跳ねて樹木を降りていく。残ったのは私達だけ。
「進化していても、していなくても! 私の子ならできると信じていますからね!」
今はちょうど雨。
ジンは雷属性。切り落とせとは言われているものの、人間の私が必ずやれと言われたわけではない。キッチョウお爺さんの撹乱の仕方、スキルの出し方、天候を雨に変えて雷を操ることでアカツキとシズクの妨害に集中しているという状況。
もしかしたら、最初から私達の信頼を試されていたのかもしれない。
お爺さんのことだから、そんなこと考えてもいない可能性もあるけれど、そう思いたかった。
「ジン、イベント報酬のビットをあげます。これで君の『二つ名』に合ったスキルが手に入りますよね。やっちゃってください」
スキルを取得するためのビットを消費して、以前から目をつけていたものを身につけさせる。それだけで、よかった。
バリケードが燃え尽きる。
しかし、まだバリケードがあった場所は焼けついていて、通るだけでダメージを伴うだろう。それに、とうとう果実の近くにも引火した。早くしなければ、果実は『切り落とす』ことはできず、『燃え尽きる』だろう。
「私の腕を足場に跳んでください。こちらに来るダメージは考えなくていいですよ、どうせ治りますから」
「みゃっ!」
紫紺色の瞳をした三毛猫が私の腕を足場に目標を見つめる。
さあ、いけ。進化しなくてもできるやつなんだと、示してほしい。期待に応えて。
「ナアン!」
ジンの二つ名。それは『紫電』、紫色の電流。
その名の通り、彼の体に帯電してパチリ、パチリと音を出すのは紫色の稲妻。
尻尾を振りながら目標を見つめ、そして彼が一層鋭く鳴く。
瞬間。ジンが紫電を纏いながら跳んだ。
足場になった腕を強かに叩かれ、思わずよろめきそうになりながらも耐える。しっかりとした足場を踏み台に、高く、高く跳んだジンは一直線に果実に向かって爪を振りかざした。
――スキル『紫電一閃』
紫色の雷、ドオンと重たい音を鳴らして、まばたきよりも速く果実が空中を飛んだ。既に爪を舐めながらこちらを振り返るジンの姿が向こう側の足場にある。心なしか自慢げな表情に、私は思いっきり喜んだ。
「すごい! すごいですよ! ジン! すごいよ!」
「なあん」
嬉しそうに鳴きながら三毛猫が私の腕の中に飛び込んでくる。
パチリと、紫の静電気が二人を襲ったのはご愛敬。
「試練…………おしまい、だ……」
そして、老亀の気が抜けるようなのんびりした声とともに、雨雲は晴れていった。
「にゃおおおおん!」
勝鬨をあげるように天へ向かって鳴き声をあげるジン。
進化してなくてもすごいんだぞ! やったんだぞ! 役に立てるんだぞ! まるでそう言っているようで、ますます私は彼を抱きしめる。
ゴロゴロと喉を鳴らすジンの姿は、全身で喜びを表していた。
正直これがやりたくて二つ名が紫電になったところありますね。ベタですが、こういうのが好きなのです!




