老亀の試練?
「え、映像が乱れましたことをお詫びしまひゅ……しゅ」
噛んだ。泣きそう。心が死んだ。
録画していたことに気がついてから絶望に打ちひしがれて俯いた。泣くな泣くな、笑顔を頑張って作れ。
「そ、それで、ええと……キッチョウ、さん? なぜ、聖獣にお戻りに?」
戦う前から聖獣に戻っていたことなんて初めてだ。さすがにこれはイレギュラーすぎるので、どうしてこの状況になったのか、その条件を探らなければならない。確か、こんな風になったという話は聞かなかったはずだ。掲示板もわりとチェックしているほうのはずだが、そんな報告は見たことがない。
確かに掲示板の数は多すぎて全部見ているわけではないし、初見プレイのために情報を縛っていたにしても、有力な攻略情報でもあれば少しでも概要が出回っているものだろう。どれだけ情報を縛っていても、ネタバレというのはネットを利用する限り嫌と言っても向こうから全力で駆けてくるものだ。
情報は大事。
ここのボスはちょっと特殊なのかもしれない。ライジュウよりも流暢に喋るし。
「オヌシが……壊れた祠を直し、ゴミ拾いを……したからだ。この丘全体……が、ワシの……体の、写し身、の、ような……もの。ゴミや、イタズラが……あれば、ワシの……体も、穢れる。ワシの、甲羅の上……にある樹木、に、影響が、出るのだ」
このご老人! いやご老亀! めっちゃ聞き取りづらいな!?
ものすごーくのんびり話す亀さんにいちいち頷きながら、マルチタスクで本来の攻略情報を探す。
あった。
しかもキッチョウのいるフィールド名も違う。
本来の戦闘フィールドは『呪禍の眠り処』だ。呪禍という言葉が樹花に変化するのは、どうやら浄化したあとらしい。
つまり、最初からこのフィールドは浄化済みだと表していた……ということだ。ステータス表記は魔獣になっているけど……それもキッチョウが目を覚ましてからは『聖獣キッチョウ』に名前が変わっている。
「ワシは……ただ……丘を……汚される、のが嫌、だった……だけなのだ……祠も……敬わぬ、ものが……壊して、玉を、隠してしまい、おった……だから、玉を納め……丘を清掃されれば……怒る理由は、なくなる」
ふむ、ちゃんと攻略情報も喋ってくれてるな。ありがたいことだね。
ということは、魔獣キッチョウの完全浄化攻略は二種類あることになる。
ネットに載っていた完全浄化の方法は、キッチョウの甲羅の上にある大樹に、丘の至る所にあったゴミが点在するので、それを取り除いてやってからスカウトすると一発成功するというものだ。しかしこの方法でも成功しなかった場合があるらしく、祠の謎解きも恐らく条件のうちだろうと書いてある。
ネットの情報は、『祠の謎を解く』こと、そして『戦闘中に大樹からゴミを取り除く』ことが完全浄化の条件ということになっていた。
実際、これで完全浄化の実績を誰かが取っているようだね。あのときの……私のミズチのときのように。
まずこれが一種類目だった。
で、今回私がしたのはキッチョウに辿り着くまでの道のりにあったゴミの回収と破棄。あとキッチョウの分身なんじゃないかな? レベルで似た見た目の亀さんのスカウト。
そもそも丘のゴミと祠の謎さえどうにかすればキッチョウと戦闘する必要すらなかった、というわけだ。
「なるほど……そういう場合もあるのですね。キッチョウさんが心優しいかたで良かったです」
「心……優しい……とは?」
「丘が汚されて怒って魔獣になっていたんですよね。でも、清掃されれば怒りを鎮めてくださいました。清掃したといっても、私も人間。怒りを向けられても仕方ありませんし」
こういった場合、同じ人間をどこまでも敵視してくるパターンが多い。それをしないのは、かなり温厚な証だと思う。
「そのような……ことを……言える、子供……だから、だ」
「そうですか? 褒められると嬉しいですね。ありがとうございます、キッチョウおじいさん」
「うむ……共存者、よ。戦う、必要は……ない。しかし、ワシから……試練を、与える……ことは、できる。受ける、か?」
「試練?」
おおっとこれは予想外。
聞き返すと、キッチョウがのそりと首を動かした。
よく見ると枯れ枝のようなツノは、元は三本あったらしく、頭頂部に当たる部分のツノは途中からバッキリと折れている。もしかして……道中で見かけたふざけた書き込みの入った枝って……いや、なにも言うまい。イタズラがどうのと言っていたし、不信心の人間にやられてしまったんだろうなあ。
「試練……だ。ワシの、攻撃を……かいくぐり、ながら……この、大樹の……一番上に、なっている……果実を、切り落とす……のだ。それが、できたら……店には売っていない……質の良い、回復……薬を、やろう」
「なんですと!?」
「不満、か?」
「いえいえとんでもございませんとも!」
店売りにない回復アイテム!?
わーお、これはいい情報だなあ。再生数どれくらいいくだろう……今からワクワクしてくる。それに、できないと思っていた勝負もできる。平和的に終わるのは大歓迎だけど、それはそれとしてキッチョウさんがどんなふうに戦うのか、どんな技を使うのかも気になるんだよね。
平和、不殺、魅力。それを掲げているくせに、私はちょっと戦闘狂のケがあるのかもしれない。うずうずする。
「ぜひやらせてください!」
「あい、分かった……それでは、五分……時間を、やろう。準備を、整える……と、いい」
「ありがとうございます、キッチョウさん!」
そうと決まれば早い!
少しだけ後退し、五分しかないのだからと舞を踊る。今回セットしてあるのは『疾風の舞』と、新たに手に入れた『繭隠の舞』である。繭隠の舞は主に防御力アップの効果があるスキルだ。試練なら攻撃を上げるよりこっちのほうがいい。
――神前舞踊『蝴蝶の幻』
それから、イベント報酬で手に入れた『蝴蝶の幻』を神前舞踊として使用する。蝴蝶の幻自体は私オリジナルではなく、ただのスキルなので、単に格好つけてスキル使用前に舞っているだけだ。
いいじゃない、蝴蝶の舞。蝶々と扇子ってかなり相性いいでしょ。
パートナーがまたなにかやってる……みたいなアカツキの視線と、孫かなにかを見るような目で微笑ましげに見てくるキッチョウさんの視線が痛い。
厨二病じゃないもの! みんなこういうのやってるもの! ロールプレイできるほうがファンも多分増えるし!
「よし、準備完了。大樹の上かあ……」
アカツキに乗って空を飛んでいくのもいいけれど……。
「アカツキ、シズク、ジンは援護よろしくお願いしますね。道を開ける役です」
それぞれの了承の鳴き声を聞いてオボロの背を撫でる。
「オボロ、アスレチックですよ。全力で遊びましょう」
「うぉん!」
空を飛んで楽をするより、やっぱり攻撃をかいくぐりながら進むのってロマンだよね? ということで、オボロの背に乗って下から向かうことにした。
「準備は……」
「万端です!」
「それでは……はじめる、と、しよう……」
オボロの背中に乗り、扇で口元を覆う。
楽しみすぎて口角が上がっている自覚があったからだ。こんなニヤケ顔、はしたない。ファンにはとても見せられない!
「はじめ」
声とともに、私達は全力で走り出すのだった。
・神獣郷こっそり裏話
ケイカちゃんは頑張ってはしたない笑みを隠そうとしているけれど、掲示板の連中、特にファンにはバレバレだよ! まーたにやけてる。このエレガントヤンキーめ、と思われているよ!




