キャラ崩壊も辞さない(させられてる)
そういえば、昨日妹達には会わなかったなあ……。全員友達の家にお泊まりに行っていたり、お母さんの手伝いで近くの教室にお花やりに行っていたり、学校に顔出しに行っていたりしていたんだっけ……お姉ちゃん寂しい。
「んあぁぁぁ! もう嫌! 嫌です! この丘嫌い!」
って、現実逃避している場合ではなかった!
人の目がないところでは、普段の猫被りがわりと容易に外れてしまう。
はしたなく叫ぶなんて、ファンには見せられたもんじゃないね。
「アカツキィィィィ! 助けてぇぇぇ!」
「くう……」
聖獣達にも見栄を張っていたのに、最近は私が奇行に走るたびに哀れむような目で見てきたり、保護者目線でよしよし撫でてきたりしてくる。アカツキの翼の中はとてもぬくい。安心するあたたかさだ。それにもっふもふでたまらない。この安全地帯感……癒し。
って、あれ、私のほうが保護者のはずでは?
おかしいなあ……? 私はただのエレガントなモフモフ狂いなのに。残念なヤンキーではないよ。怖がりでもないよ。本当だよ。本当だってば! 怖がるなよ私。伝統芸能を守る長女でしょ! 継ぐ気ないけど!
心の中の恐怖を「大丈夫」に塗り替えて上乗せしていく。落ち着けー、落ち着けー。はい、深呼吸してー、上を向いてすっと息を吸っ。
「みっ」
びくんと肩を震わせる。
木の上からボタっと変な人形が落ちてきたからだ。
「……」
ここは陽光の丘。日の当たる場所。木々が立ち並ぶのに影になる場所は少なく、明るい。明るいのに、そこら中に落ちている人形とかマフラーとか割れたビンとか「ワシのツノwww」って書かれたいい感じの木の棒とかが落ちていて本当なに? この、なに? ここ。
「やっぱホラーじゃないですかー! やだー!」
泣きたい。ただのお化け屋敷みたいなホラーなら別にいい。よくはないが、別にいい。いいって言ってるでしょう! 震えてなんかいませんよ!
でも、でもだね、この意味不明さはなに? 筋の通ったホラーは怖くないけど、世の中意味の分からないものほど怖いものもないよね?
あ、怖いって認めちゃった。
違う違う違う。怖くないもの!
「なにこの、これ……意味分かんないですよぉ……」
今度は花札が飾られまくっている木を発見。見ようによっては風流にも見えるけど、ワケガワカラナイヨ。なにこの丘。不思議が発見されまくるんだけど。疑問が尽きないし、もはや狂気の所業でしょ。正気度削れるわ。発狂してないのは絶対にこの子達のおかげだね!
「シズクぅぅぅオボロぉぉぉジンんんんん」
アカツキは大きくなり、翼でふんわり私を包み込んでくれている。
首のシズクは尻尾でよしよし撫でてくるし、オボロはうずくまった私の前に腰を下ろして一所懸命すりすりしてくるし、ジンはぴょいと私の腕の中に抱き込まれに来てくれてるしですっごい安心感。私守られてる……情けないパートナーでごめんよ……。
「もう! なんなんですかこの丘! ってうわ!」
バッと前に叫ぶと、バランスを崩して倒れ込む。オボロがあわあわしながら支えてくれたので目の前はモフモフに包み込まれた。四つん這いみたいな状況で「むー、むー」言いつつ手を地面について起き上がっ……。
「……?」
パートナーじゃないものと目があった。
「んあああああああ!?」
よく見たら手をついたのは地面じゃなくて混乱する。
でも冷静になってそいつの正体を考えたら普通にただのカメだった。カメの甲羅に手をついてた。こっちを観察するようにじっと見つめてくるくりくりの瞳が視界に映る。瞳が赤い。いや、魔獣じゃん。襲ってこないのはなぜ?
「ん、んんんん? 襲ってきません?」
こくこくと頷くカメさん。
とりあえず魔獣なら癒せばいいのだろうか?
恐怖に沈んでいた思考がカチリと切り替わる。
「えっと、今から君を癒します。いいですか?」
こくこくと頷いてくる。魔獣とは……。
こうして了承してくれているのなら、まだ披露していない神前舞踊シリーズを試すのもありだ。特に無防備になりながら使うスカウト専用のやつとか。
「それでは」
紅白の扇をゆったりと構えてカメさんを見つめる。
「納めます」
――神前舞踊『薄氷堕心』
懐から扇子を交差するように取り出し、勢いよく振り下ろす。バッと派手な音を立てて開いた扇子でくるり、くるりと舞を魅せてお辞儀をする。それからカメさんの目の前に膝をつくようにパッと身を屈め、翼のようにふわっと翻った羽織りが地面につくのも厭わずに優しく、優しく抱きしめる。
マイナスの感情で閉ざされた、薄氷の奥にある柔らかい部分を包み込むように。負に堕ちた心を、今度は正の方向に堕とすように。
要するに格好つけた、ただの抱擁。
小さく「スカウト」と言いながらぎゅっぎゅっとすればカメさんの瞳はうるうると涙が溜まり、青空のような綺麗な瞳に徐々に戻っていった。
成功だ!
「よしよし、苦しいことや嫌なことは忘れてしまいましょう。そんなものに堕ちてしまわないで。堕ちるなら甘くて優しい私の懐の中にしましょうね」
決まった……。
カメを撫で回してドヤ顔をしながら後ろを振り返る。生暖かーい目で見つめるアカツキがいた。
「いやいやいや、今のやりとり格好いいでしょう!? なんでそんなに残念なものを見る目をするんですかアカツキィ!」
「きゅーん」
やめてオボロちゃん。一所懸命慰めようとしないで。「残念じゃないよ、そんなことないよ」みたいにペロペロしてもらえて嬉しいけど涙が止まらない……おかしいな……?
この目知ってるぞ。ユウマが厨二病発言してるときの聖獣達と一緒だ。
いやいやいや、違うもの。私は厨二病じゃないもの。幼馴染とそんなところがリンクしてるとかそんなことあってたまるか。
「……」
「って、あー!? どうして!? 待って待って!」
そうこうしているうちにカメさんが宝玉を出さずに消えてしまった。なぜ!? スカウト成功していたのに!?
「ああああ……消えちゃった……」
めちゃくちゃ落ち込みながら溜め息をつく。せっかく五匹目の仲間ができると思ったのになあ。カメさん、可愛かったからいいと思ったのに。まあでも、五匹目が手に入ると、誰か一匹お屋敷でお留守番させなくちゃいけなくなるからなあ。いいもん。寂しい思いをさせるのは可哀想だからこれでいいんだ。
酸っぱいブドウ理論だけど、いいもの……。そのほうが良いんだよ。
「くー、くー!」
「んえ? なんですか? 上?」
と、そこで顔を上げると景色が一変していた。
「はい?」
先程までいた場所ではなく、なぜか鳥居の前にいる。
それもボス戦前の鳥居。『戦の鳥居』だ。難易度は3。推奨レベルは王蛇の水源と同じく15。今の私達なら余裕である。
いやいやいや、なぜワープしてるの?
もしかしてさっきのカメが原因? なんかのフラグを踏んだ?
分からないけれど、とりあえずショートカットできたと喜ぶことにしようかな。ボス戦の『完全浄化』条件は知らないけど、また戦いながら探せばいいし。
「はあー……切り替えましょう。行きますか」
不思議なことばかり起こって混乱しきりだが、そういう仕様のフィールドなのだろうと割り切る。だから今は目の前のボス戦に集中しなければ。
頬を一度だけぺしっと叩いて気合を入れる。
それから動画撮影ボタンを押して、フィールドのホラーっぷりに怯えていた心を封印した。
※ 神獣郷こっそり裏話
ケイカには実は妹が三人いる。
長女 京華
次女 飛鳥
三女 清楓
四女 弓月
華鳥風月姉妹。
みんな好き勝手過ごしているので長女がVR漬けになっているのも「楽しければいいんじゃない?」ってスタンス。
なお、全員長女の動画は見ているもよう。
リアルパートで思いっきり出し忘れたので、そのうちまたリアルパートをやったときにでも出るかもしれません。




