一回だけ、ぎゅってしてください
「ねえ、リリィ。ちょっと遠出するので、先に癒してください」
「えっと……? はい、いいですよ」
NPCを困らせるんじゃない。
心の中ではそう思っているんだけど、どうしてもこう……しばらくアルカンシエルの街から離れるとなると寂しくなってしまう。
イベントが終わってからゲーム内時間での四日に一回。リアル時間では実に一日一回、必ずリリィのカフェに寄って、営業時間内の彼女と迷惑にならない程度の一言、二言の会話を楽しむ。そんなことを繰り返していたから余計にだ。
もちろんその間にもジェム・ツリーのガチャを回して資金稼ぎをしたり、陽光の丘というもはや山では? というフィールドの下調べをしたりなどしていた。
太陽属性と雨属性の複合が陽光の丘のボスだという。攻略は見ていないので、相変わらず初見ギミック突破を目指していることになる。
明日出発しよう。
そう思ったときに、次の街に着くまでリリィには会えないという事実に気がつき、無性に会いたくなってカフェに来た。そこで注文を取りに来た彼女に、無意識のうちに言ったのが「癒してください」だ。完全にやらかした。
困惑しつつも笑顔を浮かべる彼女は首を傾げて「どうすればいいでしょう?」と尋ねてくる。まさか本気でやってくれようとするとは思っていなかったし、営業時間中なので店のオーナーである彼女にとっては大迷惑だ。
「あ、えっとですね。今口走ったことはお忘れください……大丈夫です。リリィは忙しいですし」
おいおい、忙しくなかったら頼んでたみたいな言い方をやめろ。いうことをきかないのはこの口か? とばかりに自分のほっぺたを抑えながら、俯いて謝罪する。
「いえ、ケイカさんから甘えてくださるなんて、とても珍しいなあと思っただけですよ。わたしでよければ癒させてくださいな」
天使か?
「えっと、でも人目がありますし」
チラッと店内を見ると、サッと目を逸らされる。
見せもんじゃねーぞと睨みつけると、睨まれた人がテーブルに突っ伏した。なぜ。さらに周りを見ていると、『いいぞもっとやれ』と書かれた団扇を控えめに主張する人や、『ウインクください』と書かれた紙の扇子を掲げる人達……なんなのこいつら。
なお、私を知らない。もしくはよく思っていない人はさっさと店から出て行く。ああ、ほら営業妨害になってる! けどリリィも引いてくれそうにない!
やっちゃったなあ……と罪悪感を抱きながら、やってしまったのなら早くこの時間が終わるように尽力するべきだと結論付ける。
「り、リリィ……一回だけ、ぎゅってしてください」
「はい、よろこんで」
いい笑顔でリリィが私をふわっと包み込む。これがNPCとか信じられないんだけど!? 中の人がいるんじゃないの!?
天使か! 天使だった! しかも拗らせ系天使! いまだにコンプレックスは顕在なので、彼女に才能云々の話をするのは地雷である。そんなところが可愛いよね推せる。
「あ、あの、もう大丈夫です。元気になれました」
大丈夫かな、これ顔真っ赤になってない? そこまでアバターで再現される? おっさんじゃないんだから、こんなことで動揺するなんてエレガントじゃないよ……これ、絶対心拍数上がって。
――――――
心拍数上昇を確認。ログアウトしてご自身の健康をチェックしてください。
――――――
あーっ! やっぱりー!
やめてえ! そうやってシステム面でもドキドキしてるのバラさないで! 私にしか見えないけど! 言葉で示されると余計に恥ずかしい!
しょうがないじゃない……女だって可愛い女の子は目の保養だし、ぎゅってされて喜ばないわけではないんだよ。だって自分が推してる子だし。
「あ、ありがとうございまひゅ……」
噛んだ。
「あらあら、ケイカさんも子供っぽいところがあるんですねぇ。よしよし。山登り、頑張ってくださいね。応援していますから」
「リリィ〜!」
幸せ空間。
後日、動画を晒され羞恥のあまりに墓穴を探すはめになる私なのだった。
私、散財のことといい、リリィのことといい、自滅ばっかりしてるぅ。
これにてこの章は終了。
午後8時頃にステータス一覧も更新いたします!




