錦鯉の仕立て屋さん
「それでは、寝不足には気をつけてくださいね」
「う……はい」
脳波や手足の動きなど、いくつかの検査結果が出てからお叱りを受けました……。どうやらゲーム内での睡眠に影響されて、現実の睡眠時間が少なくなってしまっていたみたいだ。無自覚だったので危ない。
病院から出て、次は着物の受け取りだ。お母さん行きつけの場所で、センスも出来もいいから重宝しているらしいところ。錦織というお爺さんが経営しているらしい。
「そこの角を曲がって……」
視界のマップ案内に従って歩く。そして辿り着いたのは、一見して織物の仕立て屋さんだとは分からない店だった。普通の店のように見える。けれど自動ドアを潜り抜けて中に入れば圧巻である。
着物を広げてかける衣紋掛けにかかったものや、生地を丸めて置いてある棚。
そして、奥のカウンターで本をぱらり、ぱらりと読んでいたお爺さんが顔を上げた。
「いらっしゃい。君が藤白さんのところの娘さんかい?」
「は、はい! 藤白京華と申します。よろしくお願いします!」
本のページから顔を上げたお爺さんは、本にしおりを挟んでテーブルに置く。次いで小さな眼鏡をくいっと取ってしまうと、畳んでこれもまたテーブルに置いた。端正な顔立ちに適度なしわ。これはまた紳士なお爺さんだこと。
知っている顔と比べることになってしまうが、ストッキンさんのアバターと同じくらい格好いいお爺さんである。ふっとした微笑みかたは、ストッキンさんとは違って眉間にしわが寄ったままなので、厳格そうに見えてしまうけれど。
「錦織玄蔵です。頼まれていたモンはできていますので、少々お待ちくださいね」
そう言って、よっこいしょと錦織さんが腰を上げたとき、奥の扉が開いた。
「じいちゃーん。言われてた小物用意したけど、これ注文ひ……ん……?」
扉から顔を出したのは金髪に赤のインナーカラーを入れた人。大学生くらい? ちょっと怖い雰囲気でびくっとしてしまったけれど、目が合うとびっくりしたように目をまん丸に見開いた。じいちゃんって言ってるし、お孫さんかな?
そしてなぜだがみるみるうちに青ざめてお爺さんのほうに視線を向ける。
「じいちゃん! お客さんが来るなら先に言ってくれよ!」
お孫さんは自分の格好を上から下まで見て青ざめている。
紺鼠色の甚平姿だ。私はさすが仕立て屋さんって思ったくらいだけれど、もしかしてすごくラフな格好で恥ずかしいとか?
紺の中に、よく見ないと気づけないくらいにうっすらと入った錦鯉の模様がある。涼しげで甚平もいいなあ……。
「すまん、おれもすっかりと時間を伝え忘れていた」
「あ、あの、ご迷惑……でしたか?」
二人のやりとりに問いかける。
しかしお孫さんのほうがぶんぶんと首を振って「忘れてたオレらが悪いから! すみません!」と声に出す。なるほど、お爺さんは本を読んでいたようだし、そっちに熱中して、約束の時間になっていたことに気がつかなかったのかな。
「喜壱、おれは依頼品を持ってくるからお茶でも出してあげなさい」
「はいはい……すみません、バタバタしてしまって。少しだけお待ちくださいね」
「あ、いえお構いなく?」
眉を下げてへにゃっと笑ったお孫さんが奥に引っ込み、すぐに冷たい麦茶が出てきてしまう。お構いなくって言われても、そりゃあ待たせてるお客さんになにも出さないわけにはいかないかあ……。
それにしても色鮮やかなインナーカラーを入れてるなあ。すっごい派手。童顔っぽいけど、あれのせいで少し怖いイメージが湧く。
「あの……どうしました?」
「いえ、その……」
髪が派手ですねとはとても言えない。
微妙な顔をしているのが分かったのか、視線で察したのか、お孫さんは「ああ」と言って髪を一房手にすくい取る。
「このインナーカラーは推しの色なんですよ」
「ん?」
なんて?
「オレ、結構なオタクでして……あ、もちろん推しに対しては『イエス推し活、ノータッチ!』がモットーです。ご安心を」
「なぜ私が安心する必要が……?」
「う、そうですよね。失礼しました」
お孫さんの目が泳ぎ、「変でしょうか?」なんて言葉が出てくる。うーん、気持ちはすごく分かる。推しカラーの小物とか集めたいもんなあ……私もアカツキ達の編みぐるみを心待ちにしているわけだし。
「変ではないですよ。そうするくらい好きだと分かりますし、素敵じゃないですか」
「そ、そうですか? よかった……」
まあ髪色まで染まりきるのは若干引くけど、気持ちは分からないでもないから否定もしづらい。というか初対面の人相手に「引きますね」とはとても言えないわけで。
「準備ができましたよ。こちら領収書となります」
「ありがとうございます」
奥から風呂敷を抱えて戻ってきたお爺さんにペコリと頭を下げる。本物の着物なのでものすごく料金は高い。なので現金で渡さず、前払い金を口座に入れて、受け取った後にも入金することになっている。よって私が受け取るのは大きくて重い風呂敷だけだ。さすがに風呂敷のままだと重いし、持ちにくいので肩から下げられる手提げ袋に収納する。
「確かにお受け取りしました」
「はい、いつもご贔屓にしてくださりありがとうございますと、お母様にお伝えください」
「はい必ず」
「気をつけて帰ってくださいね」
「はい、ありがとうございます」
お爺さんとお孫さん、両方の言葉に返して帰路に着く。
先程チラッと中身を見てみたが、扇子も用意されていたみたいで、帰る前からすでにワクワクしてたまらない!
私の着物と扇子! あ、でもお花もちゃんとやらないとね。帰ったら色々と練習しようっと。
ルンルンで家に帰り、自室に置かれた小さめの段ボール箱を開く。
これは今朝お母さんが言っていた、遊馬から送られてきたやつだ。中を覗き込むと……そこではちっちゃなアカツキやオボロ、シズクにジンがこちらをボタンの瞳で見つめていた。
「かっ、かんわいいいいいい!」
抱き上げてゴロゴロとベッドの上で転がる。
あとで遊馬にお礼を言わないと!
そんなこんなで、用事をこなしていたらあっという間に一日が過ぎていくのだった。
◇おまけ◇
「じいちゃん聞いてください! 推しの色をインナーで入れるのも褒めてもらえました」
「よかったなあ、喜壱」
※ドン引きされていました。知らぬが仏。
※ 気づいていないのでフラグは立たない。
神獣郷こっそり裏話
感想で見て気がつきました。
錦鯉……西ゴリ……つまり西ローランドゴリラの略だったんだよ!(違います)




