対等な関係
アカツキとヒュプノスの攻防を間近にしながらこっそりと移動していく。
攻撃の音が眠りの秘密だと割れてからはほとんど眠りに落ちなくなったあたり、やっぱりアカツキは相殺が上手い。いつも私たちと不殺プレイしているからこその動きかたである。攻撃を近寄らせてはいけないと分かったのなら話が早い。
ヒュプノスから制御権を奪い、50%以下になったときがきっと頃合いだろう。
だから、私たちはアカツキがやってくれると信じて少しでも近づいておくのみ。
「大丈夫だよ教祖様! 見てて、ボクはキミの役に立ってみせる。ボクが一番キミのことを分かっていて、ボクが一番キミに献身することができるんだ。この愛のためならボクはどれほど傷ついてもいい。ボクの気持ちを捧げるよ」
「カア、カア」
呆れたようにアカツキが鳴く。
ヒュプノスは人間の姿に化けている分、すごくこう……男の娘がひたすら愛を叫ぶみたいな絵面になっていて、そういう癖の人がいたらめちゃくちゃ喜びそうだなみたいなことになっている。
フィールドの攻撃余波からハインツさんを護衛しつつ、自分も眠らないようにして少しずつ進みながらヒュプノスに視線を移す。
狂気じみた瞳にはもう光が見当たらない。うわ〜ヤンデレだ! どう見てもヤンデレだ!! ちょっとドキドキする。
こんなにも死ぬほど獣に愛されすぎて眠れない教祖になってるホオズキさんは、それでも平然としている。若干引き気味な気もしないでもないが、明らかな動揺とかドン引き顔をしないあたり、普段からああなんだろうか。
私たちが近づいていることにまで気づいているだろうが、戦闘キャラクターに選ばれている存在以外は、敵と定義されている私たち以外にバリアが張られているため、最終的に辿り着いても説得は多分不可能。どう考えても音ごとシャットアウトされるだろうし。
そうこうしていると、ヒュプノスの攻撃が激しくなってくる。
それと同時に、彼はあまりにも多弁にホオズキさんへの想いを叫び始めた。
「ああ教祖様。大好き、教祖様。
……キミはなんの心配もしなくていい。
キミはなんにもしなくてもいい。
キミはなにも恐れなくていい。
キミはボクにただ守られていてくれればいい。
キミはなにも傷つかなくていい。
キミはなにも成長しなくてもいい。
歩みを止めて、そこでじっとして、理想の世界でただ伸び伸びとなにも知らずに生きていてさえくれればいい。
なにも知らずに、なにも考えずに、ただ自分が正しいと信じて幸せを受け入れていればいい。
負担なんてかけない。
世界が獣を憐れむならば、ボクらだけはキミを憐れんで、キミを傷つけ、糾弾しようとするなにもかもから守りとおそう!」
気をつけろ!!
あまりにも湿っててめちゃくちゃ重たいクソデカ感情だ!!
『うお……』
『ここまで来るとドン引きですよ』
『一方通行すぎる。興奮してきちゃったな』
『これってつまり、なんもかんもから守ってあげるから黙って守られる赤ちゃんでいろよって言ってるよな』
『庇護者を気取ってめちゃくちゃ人間を下に見てて草』
『上位存在がペットを必死に自立しないように丸め込もうとしてる感ある』
『これは対等じゃないですね……』
『ホオズキが共存者じゃねぇからなあ……そこが悪く出てる』
そう、それは対等ではない。
共存者とは、獣と友達になって互いに支え合い、生きていくもの。
一方的に籠の中に入れて、目を隠して、耳を塞いで、自立しようとする足を折って、考えることを奪って、ただそこにいることを愛でているだけの関係は対等な友達ではない。
自分たちが献身しているように見せかけているだけで、ただ人間を、ホオズキさんをペットのように可愛がっているだけだ。そこに確かに彼らなりの愛はあるんだろう。
でも、ホオズキさんが自ら望んでいたのに、自分で考えて結論を下そうとするのを奪うのはやりすぎている。
彼らは教祖として彼を慕っているように見えて、そうあるように強要しているだけ。理想の姿を押し付けてそれから外れることを許さない。固定化された姿に無理矢理押さえつけて、忘却の力さえ駆使して立ち上がれないようにするのは間違っているとしか言えない。
私だって、双方が受け入れていれば間違いだなんてことはさすがに言わないけれど、ホオズキさんが歩み出そうとしていた形跡を知った以上それを放っておくわけにはいかなかった。
確かに、はじめは彼ら獣を利用するためにホオズキさんは助けたんだろう。
でも、だんだんと大切な友達になっていった。お互いが大切になりすぎて、そしてヒュプノスとレーティアたちの心が暴走してしまっている。
暴走したが故に、彼らはホオズキさんをちゃんと見ているとは言えなくなっている。
善意の愛がこうまでも恐ろしく膨張してしまうこともあるのかと、私自身も少しだけ怖くなってしまった。アカツキたちにこんな対応をしていないかとヒヤッとしてしまった。
彼らの考えは……いろいろと考え直すきっかけにもなったから、その点で言えば感謝しているけれども。
――君の考えは行き過ぎている。
攻防の中、ヒュプノスがその心を叫んだからだろうか。
アカツキの厳しい声がフィールドに響き始める。
やだ、うちのアカツキ……すごい甘いイケメンの声してる。
――自分も、たまにケイカが雛鳥のように見えてしまうことがある。しかし、彼女は彼女で、自分は自分だ。どれだけ心配しようとも、どれだけ自分が焦ろうとも、どれだけ守りたいと願っても、彼女は自分とは違う意志を持って、自ら歩んでいく存在だ。
――雛はいつか自ら翼で空を掴むことを覚える。いくら幼く見えようが、いくら守りたいと願おうが、その進歩を妨げるのは悪だと思う。
私が雛にたとえられているのはまあ置いといて、うん。アカツキならそう言うよね。前にお手紙もらったときも私の行動がアレすぎて幼く見えることがあるって書いてあったもんなあ。
――自分はケイカの翼だ。
――だが、それは自分がいなければ彼女は飛べないという意味ではない。
――自分の翼は、彼女の望むまま行ける範囲を広げるためにある。
――過保護はいつか君の愛する人を殺すぞ、ヒュプノス。
――すでに君は、愛する人の心を踏みにじって殺し、噛み砕いて、足を折って自らの足で立てなくしていることを自覚したほうがいい。君たちの想いが彼を縛り、支配し、歩く術を奪っている。
――共存者とともに歩む自分から見れば、君たちの関係は歪すぎる。そんなものは対等な共存の関係ではない。
――君たちがそうだから、ホオズキに共存者の証が出ないのさ。
アカツキの炎がヒュプノスに迫る。
太陽のような明るい炎は彼の尻尾を焦がし、フィールドを侵食していく。その光景はアカツキにヒュプノスが心情的にも押されていることを表していた。
というか、生まれつき共存者の証がなければそれ以降絶対出ないものだと思ってたけど、もしかしてその限りではない……? 私それ知らないんですけど……?
「デタラメを言うな!」
――太陽の神獣は心が狭いわけではない。自分は一度邂逅して、確信している。お互いが想い合い、対等な関係を築いたものたちならば……はじめは証がなくとも、あとから浮かびあがるだろう。アレがそれを認めないわけがない。
――太陽の神獣はいつでも世界を優しく見つめている。
――でなければ、一度道を踏み外したものが証を持ち続けることが許されるはずがない。
アカツキの視線はハインツさんに向かった。
そうだ。ハインツさんも道を踏み外した。
グレイスは魔獣にはならなかったけれど、グレイスを苦しめていたのには間違いない。それでも、彼の証は消えていない。
グレイスも彼に応えて進化を果たして、今もそばにいる。
そして、私は知っているじゃないか。道を踏み外してもなお、リリィは証にバッテンがつけられながらもやり直している。
確かに……私たちが会った太陽の神獣は心優しかった。
真に想い合うパートナー同士になれたのなら、最初はなかった共存者の証が浮かび上がってくるくらいあり得る話だ。
基本的には生まれつきという話だったが、生まれつきの性質で全てが決まるのであればそれは持つものと持たないものによる格差が生まれる。
みんな、そうと知らないだけで努力すれば共存者となれる世界だったのかもしれない。
でも……それはそれで残酷な気もする。
どうしても証が手に入らない人だっているということだし。
どれだけ平等にしようとしても、世は常に不公平だ。
……多分これ、あんまり広めちゃいけない気がするな。
これを理由に「お前らそんなに仲良いのに証もらえてないの?」みたいなこと言い出す人がいないとも限らない。
コメント欄にはこれはオフレコだよ〜と念を押して、二匹のやり取りを見守る。私の視聴者はマナーがいいほうだから大丈夫と願いたい。でも人って平気で酷いこと言う人も当然のように出てくるから……気をつけてねと注意しておく。信じてるよ視聴者諸君!!
「嘘だ」
――本人から聞いたわけではない。だが、あり得る話だ。嘘ではないよ。
「キミの勘違いだろ」
――そうかもしれないし、そうでないかもしれない。
「ボクたちは間違ってない。ボクはただ、教祖様がボクたちの隣で幸せに生きていてほしいだけだ。幸せになるのに、苦しい思いも、悲しい思いも、怒りも、悩みも、成長も必要ない。今のまま、なにも知らないまま、怖いことは全部忘れて幸福なことだけ受け取っていればいい。ホオズキの心を蝕むものなんて、ないほうが幸せに決まってる」
――それらは人に必要なものだ。幸せだけを詰め込んでもそれが当たり前になってしまったのなら、もっと些細なことを恐れだすだけ。苦い思いがなければ幸福は感じ取れない。どちらも人に必要なものだよ。
「違う、違う、違う、ちがう! ボクは間違ってない!!」
もはやヒュプノスは人に化けるのを忘れていた。
ただの獣になった彼は人の言葉さえも忘れて怒りのままに叫び散らし、咆哮する。笛を吹き、眠りを誘って無力化しようとしていた彼は笛を吹くことすら忘れてそのまま駆け出す。
眠りという優しい無力化の方法を取ろうとしていた彼は、その余裕すらなくして自分の考えを全て丁寧に否定していったアカツキを手にかけようと激しく攻撃をしかける。
あれは決闘なんてかなぐり捨ててすでに殺しにかかっているレベルだ。
だけど、眠りの力を捨てたなら話は早い。
アカツキたちが警戒していたのは強制的に睡眠に落とされるフィールド上の力である。純粋に力勝負であれば、何度も修羅場を潜ってきたアカツキの敵じゃない。
それに、冷静でなくなったヒュプノスは力任せにめちゃくちゃに攻撃を繰り返すだけで、怒りに我を忘れている。そうなってしまったものは、逆に攻略しやすくなるというのはゲームの常識だ。
やがて、アカツキの攻撃でヒュプノスが気絶する。
私の画面に『理想崩壊』という表示が現れ、フィールドがさらにガラスを割ったように壊れていった。
――――――
戦闘キャラクター: ヒュプノス
状態: 気絶・暴走
ヒュプノスの空間制御権:50%
制御権喪失による『子守唄』効果の消失
ヒュプノスの制御権50%により、全バリアの消失。
全キャラクターを盤面に召喚。
ヒュプノス、レーティアは理想崩壊・魔獣暴走状態となって召喚。
暴走状態の解除条件は『命尽きるまでの戦闘』もしくは『共存者による浄化』です。
――――――
現状を説明する表示が現れ、消えたときに残されたのは瞳が真っ赤に染まり、宝石が濁り切った二匹の哀れな聖獣と神獣。
「つまり、あれを相手しながらホオズキさんを説得しなければならない、と」
解除条件を見るに、多分浄化は私がしてもいいんだろう。
でもそれってさ、違うじゃん。
さっき示されたんだからさあ、それなら試すしかないよね?
最後に残された選択肢。それは、ホオズキさんを共存者として目覚めさせて彼らを自分で浄化してもらう。
私の答えは、これだ!
……それはそれとして暴走した魔獣二匹をどうにかしながら、本当にできるかも分からないホオズキさんの説得と共存者化を同時進行か。
忙しい……忙しくない?
まあ、いつものことだからいいか!! やればできる!!
「ハインツさん覚悟決めてくださいね!」
「え!? は、はい……!」
理想が崩れて怒りのあまり魔獣へと堕ちた彼らが人の言葉も忘れて咆哮する。
崩れ切った理想の世界の中で、私たちは駆け出した。
めっちゃ遅れてしまった……!申し訳ありません!!




