あなたのための夢想郷《メガロマニア》
「僕の考えは何度もお伝えしました。それでも、分かってはくれなかったじゃないですか。ホオズキさん」
「私には理解しかねます。今が心の底から幸せですから」
まずはハインツさんが話しかけて、ホオズキさんがそれに応対する。かといって話し合いは平行線だ。いつまで経ってもこれでは互いの説得が成立するわけがない。
「ケイカさん。あなたも彼と同じ意見なのでしょう」
「ええ、そうですね。忘れることが悪いとは言いませんし、確かに救いになる人もいるでしょう。けど、その思想を押し付けて拒む人にまで忘却させるのはやりすぎです」
「そうですか……なら、こうしましょうか」
なにが「なら」だよ、と思わず訝しげな顔をしてしまう。
相手が戦闘態勢になっていない以上、こちらから仕掛けるわけにもいかないし、大人しく話を聞くしかないわけだけど……なんか視界の端に※イベントシーンです。みたいな文字が見えるし、説得(物理)はまだ早い。
「ヒューのスキルには、理想の夢のフィールドを作るものがありましてね。このフィールドというものは、その場にいる者たちの理想を反映し、心を映し出すことができるんです。言葉ではいくらでも取り繕えるものでしょう? 心と心の直接的なぶつかりあい。それでなら、お互いの気持ちをより理解することができるとは思いませんか? まあ、もっとも……相手の心に納得した瞬間から、折れた心は折った側の心に取り込まれてしまいますが」
一瞬なにを言っているのかが分からなかった。
けれども、要するにギミックバトルってことでいいのかな。分かんなかったらアルターエゴでも呼んでヘルプすればいっか……リアルなストーリーの中で露骨なチュートリアルを挟まないのはいいことでもあり、悪いことでもある。ゲーム中に新しいギミックが出てくるときに説明欄が出てくるが、あれがほぼないのが最近のVRゲームだ。あれ挟まれると雰囲気壊れるからね。
ギミックヒントとかが分からなければ個別でヘルプ用の機能を使えばいいので問題はない。
ま、やってみれば分かるっしょ! の気持ちでいこう。いけるいける。視聴者さん達もついてることだし、私が訳分からなくなっても賢い皆さんが考察してくれたりもするだろうから楽観的に構えられる。
単純な戦闘で終わるとは思ってなかったので、新しい体験にはワクワクできた。
「いいですよ、口先だけで説得できるだなんて思ってません。心の底からの意見をぶつけあいましょう。文字通りに」
「それはよかった。同意を得られたということで、ヒュー」
「はあい、教祖様!」
狐耳に尻尾、そして翼を携えた男の娘……ヒュプノスが元気よく返事をして私達のほうへと一歩進み出る。そしてそんな彼の隣へとレーティアも進み出て、教祖の肩から降りたレーティアはその体を大きくしながら威圧的に私達へと鎌首をもたげた。
「響かせよう、導こう、夢の中へ。夢とはすなわち理想。理想が力を持つ世界へようこそ――笛の音色が導く『あなたのための夢想郷』」
彼は口につけることなく一人でに鳴り出した笛を掲げて詠唱を詠みあげる。空間内に笛の音が響き渡り、染み渡るようにゆっくりと笛を主体としたBGMらしきものが流れ始める。
神獣郷においてBGM付きの戦闘って珍しいからちょっとびっくりしてしまった。
そして、ヒュプノスのいる場所からフィールドが洞窟内から夢の中を表すようにピンクの雲のような床と白い空間に変化していく。ずいぶんとファンシーな見た目の空間になり、ホオズキさんとヒュプノスの周囲に明らかなバリア的なものが展開された。
バリア的なものが張られていないのは、ヒュプノスよりもいつの間にか前に出ていたレーティア一匹のみ。
彼女は何メートルもある巨大な蛇の体をうねらせ、私達を睨みつける。そんな彼女を見たからか、私の肩からぴょんっと飛び降りたシズクが静かに前へ出た。確かにシズクなら適任だなとは思ったけど、まさか自己判断で行くとは思っていなかったのでちょっと慌てる。
「シズク」
「シャルル?」
名前を呼んで一度引き留めると、小さな彼女はわたしのほうを見上げてどうしたの? と尋ねてくる。それに、私は一度目を閉じてからゆっくりと瞼を開いて、答えた。
「君の想いは私がよく知っています。それを見せてごらんなさい、あの子にも」
「シャア!」
言われなくてもそうするつもり! そんな頼もしい言葉が聞こえた気がした。
「さて」
視界の端に※チュートリアルページという言葉が見えたのでいったんそれを押して説明を見ることにする。アルターエゴを介さないチュートリアルページがある時点で説明がなくちゃ攻略しづらい場面だということだろう。世界観を壊すからっていつもはないそれがある。その時点でちょっとクセの強いバトルになることは予感された。
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・あなたのための夢想郷
フィールド書き換えスキル。理想、妄想が力を持つ。
術者側に有利な状態から開始される。
勝負の行方により、制御権の奪い合いが可能。
空間内で聖獣、神獣が主導する戦闘が行われている場合、互いの心の声が空間内にときおり響く。
術者の指定した人物はバリアが張られ、あらゆる影響を受けなくなる。(※戦闘を担当する存在以外のみ)
心の勝負に負けた場合、戦意喪失状態となり戦闘担当キャラクターから外される。
スキルの制御権の割合により複数のバフ効果が付与されることがある。
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・ヒュプノスの制御権100%によるレーティアに付与された効果
『絶対勝利』
→勝敗を決める戦いである場合、必ず勝つことができる。
『レテの川召喚』
→個体レーティアの有利なバトルフィールドの構築。
レテの川の水は霊力による抵抗が可能。霊力が尽きた場合、強制敗北となる。忘却効果の抵抗に失敗した場合、スキルをランダムで一つ封印状態にする。
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説明に書いてある通り、レーティアの周囲から大量の水が湧き出てフィールドの一部が川へと塗り替えられていく。
忘却の川はこちらとあちらを分断するようにフィールドを横断し、その中にいるレーティアを守る要塞のようにごうごうと蠢いている。レテは結構静かな川のイメージだったんだけど、レーティアの心を反映するかのように荒れているようだ。
対して、私達の側に立つのは小さな金色の龍シズク。
大柄なレーティアに対してあまりにも小さく頼りないように思えるが、私は知っている。彼女がいかに頼もしく、賢く、素晴らしく、ものすごく私のことが大好きなのだということを。小さく見えるが、実際には大きな蛇の背中を見つめて心配そうにするハインツさんに「大丈夫ですよ」と断言する。
だって私のシズクなんだもの。
想いの強さで負けることは絶対にない。
しかし、説明欄で見た『絶対勝利』とかいうふざけてんのかとしか言いようのない言葉にちょっと口元を引き攣らせた。
だけど、まあ、この手のスキルには弱点がつきものだから、もはやあるあるな解決法が頭に思い浮かんではいる。
「シズク」
シズクが振り返る。
「いつものようにいきましょう」
彼女にはこれで伝わる。だから、問題はない。
大小の蛇が睨み合う空間の中、心と心のぶつかりあいが始まる。




