囚われの王子様
グレイスに案内されたのは山間に存在する、ぽっかりと空いた穴の中。暗くひんやりとした洞窟の中は容易に音が反響するので静かに息をひそめ、なるべく気をつけて進んでいく。
下駄がわずかに砂利をこする音。
グレイスとアカツキの風切り音。
オボロの爪がかたい地面にカチャカチャ当たる音。
大きな足を引き摺るゆっくりとしたレキの足音……。
……ダメじゃない? なんて思ったが、案外表の鳥の声とか虫の声がいっぱい遠くから聞こえてくるので、それに紛れて分からないかもしれない。
今は早朝……そもそもヒュー達だってまだ邸宅から出てきていないはずだから、大丈夫のはず。たとえ私達の足音を聞くとしてもハインツさんのはずだし。なら、まあいっかと言えないのが辛いところ。念は押しておいたほうがいいし。
壁に手を添えてゴツゴツとした岩肌に触れながら、ときおりひゅるりと髪を撫でていくゆるやかな風に押されるように、小さな青いツバメを追った。内部に吹き込んでいく風はまるで私を深く、深くへ。道案内しているようにも思える柔らかさで頬をくすぐる。
「グレイス? どうしたんですか?」
やがて、グレイスがなにかに気が付いたように速度をあげる。
まさか。もう誰かがハインツさんの元へやって来ていてピンチとか!? そうならないように早朝に出てきたはいいが、日記を探すのに別の場所で時間を取られていたから、まだまだ早い時間だとはいえ、ないとは言いきれない。
続いてアカツキも追いかけ、私も一本歯の下駄などという装備で、起伏のある足場を器用さの数値で強引に、そして素早く走っていく。普通なら転んでいてもおかしくないくらい装備と足場の相性がよろしくないが、多少歩きづらいだけでなんとかなっている。こういうときばっかり極振りの恩恵を感じてちょっと感動してしまう。最近はあんまり活用できていなかったことだし。
曲がりくねった洞窟の中を進み続けて傍に檻らしき物体が増えてきた頃、ようやく私達は最深部か、それのちょっと手前っぽいところまで辿り着いた。
道中の檻は全て空っぽだったけれど、空洞のようになっているそこにつけば、まだ数人が檻の中で眠りについている。
そしてその中の一つに、弾丸のようにグレイスが突っ込んでいった。
「ぴるるるるりぃぃぃぃ〜!」
忙しなく鳴き続け、倒れている人物に体当たりするように何度も何度も羽ばたいては着地し、羽ばたいては着地するその場所へ私達も駆け寄る。
確かに檻の中で倒れている金色の長い髪をした優男……ハインツさんの顔色はかなり悪かった。見るからに唇はかさかさで、うっすらとひび割れてすらいるし、明らかに以前見たときよりも痩せて体調もなにもかも悪そうだ。
しばらくまともに食事をとっていないならこの有様なのも納得できるが、あまりにもひどい。水もろくに飲んでいないだろうし、気が安まるような環境じゃなかっただろうから、きっと眠っているのは気絶している間だけだろう。
眠っている間に記憶を失う可能性がある以上眠るのも怖いだろうし、本当にギリギリだったんじゃないだろうか?
「アカツキ、オボロ、シズク、レキ。連携で檻を壊しますよ」
それぞれの返事を聞きながら指示を出す。
檻はイバラに覆われて、とても手では触れられない。だからオボロには二人の周囲に冷気をまとわせてもらい、その一瞬の間にアカツキと私で火を放ち、檻の部分だけを燃やしてシズクがすぐさま消火。瓦礫はレキが次々とツタを使って取り除いていった。
棘だらけの檻の中に飛び込んだグレイスはまた怪我をしている。けれど、どうやらハインツさんから離れたくないようなのであとでちゃんと治療を受けることを約束させて好きにさせてあげることにした。
他の檻にわずかに残った人達のことも解放をしてひと息つく。
ハインツさんの身体をなんとか抱き起こして、さっと横になってスタンバイしているオボロのお腹を枕に横たえる。それからシズクに回復効果のある雨を軽く降らしてもらって二人に水分を取り戻させることにした……のだけれど、雨が当たってもハインツさんは全然飲もうとはしない。気絶しているとはいえ、無意識に水を避けているみたいだ。
その姿を見て、ああ、本当に彼は贖罪のために楽な道を行こうとは思わない。そう覚悟できる人になったんだなあと改めて感じた。自分が苦しむことが分かっていてもなお、彼はそれを貫いている。
贖罪のために忘れないというのは自己満足かもしれない。けれど、たとえ自己満足であっても彼の覚悟は尊いものだと、私は思う。頑張ってるんだなあ。
横たえられたハインツさんの隣に座ってオボロのお腹に頭を預ける。
しばらくこうしていてもいいが、ここはあくまで敵地みたいなものだ。少しは移動したほうがいいだろうか。
手持ちに食材もあることだし、彼にはミルク粥でも作ってあげたいけれど。他の人達にもね。
ただ、逃げるにしてもこの人数を全て運び終える前にヒュー達がやってきてしまいそうだ。
私の受けた依頼はハインツさんの捜索と救出だけ。
依頼のみを遂行するなら他の人達の救助は必要ない。
けれど、そんなこと私がするわけないよね?
一人を助けるだけなら、このままオボロに彼を担いでもらってさっさと退散すればいいだけなんだけど、そうはしない。なぜならそうでなければ、ここに残った人達を助けようと奮闘したハインツさんの努力すらも踏み躙ることになるからだ。
「みんなでクッキングして起きるのを待ちましょうか。お腹のすくいい香りを嗅いだらきっと飛び起きますよ。グレイスも先に治療してご飯を食べましょう」
こういうとき、私が焦ってはいけない。
私が焦ったら、一番心細い思いをしているグレイスを不安にさせてしまうから。
だから私は努めて明るく振る舞ってその場で料理を作り始めた。
料理といっても簡単なミルク粥だけれども。それだけでも結構洞窟の中にいい香りが立ち込めている。ガッツリ回復するようなご飯を作ってもゲームだから問題ないかもしれないけれど、妙にリアルな神獣郷のことだから胃が弱ってる人にガッツリ系のものをあげたらなんか嫌な演出が入りそうな気がしてならない。そう考えてのお粥だったわけだが……。
パチパチと焚き火をおこしてご飯が完成する頃、ハインツさんのまぶたが震えてゆっくりと目が開いた。
「ぴるるるるる!」
「……グ、れいす?」
水気がなくて掠れた、からっからの声が弱々しくその口から溢れ出す。
そんな彼の目の前に見えるように、私はミルク粥を見せながら笑った。
「おはようございます、囚われの王子様? 青い翼のお姫様がずっとお待ちでしたよ」
だんだんと生気が戻ってくるその強い瞳を見て、私から飛び出てきた言葉は少しばかり……助けに来た正義の味方が言うには皮肉っぽすぎるものだった。
ごめん。格好つけたくて……。
でも今の良くない? サムネあとでこのときのスクショに変えよ。
『そういうところなんだよな〜』
『一言余計すぎる』
『逆に安心する』
コメントにも受け入れられてるんだったら別にいいか……。




