ここから入れる保険ってちゃんとあるんですか!?
青いツバメを追って山道を行く。
最初は雰囲気を大切にしようかと思って自分で歩いていたけれども、すぐにオボロが足の間をくぐって私を背に乗せた。コメント欄では「遅いってよw」なんて言われて笑う。確かに今は早く行かなければならない場面だし、わざわざ歩いて遅延行為をする必要はないか。そりゃそうだ。
ツタでソリを作ったレキがアカツキに牽引されながら前を行き、道を塞ぐ植物は彼が全て操作して横にどけてくれていて、岩なんかも同じくツタを伸ばしてどかしたり、アカツキがスキルを使って砕いたりしながら進んでいく。
私の行く道だけ妙に舗装されていくものだからパートナーたちの過保護っぷりに嬉しいやらちょっと恥ずかしいやら。
シズクだけが手持ち無沙汰でちょっと不満そうだけど、大丈夫大丈夫、君は多分……すっごく大事なことを任せることになるだろうから。そう囁いてほっぺた同士をくっつける。にっこりしたシズクが機嫌良さげにシュルルと声をあげた。
そうして辿り着いたのは崖だった。
「ここ、ですか?」
崖しかないように見えるが……とグレイスを見上げれば、青いツバメがある場所に降り立った。
「クウ? クァーッ!」
アカツキが先に気がついたようで、私のそばから離れてグレイスが示した場所へと小さな炎を放つ。ボッと燃えたのはそこを覆い隠していた植物達の茂みである。そして、茂みが燃えればそのそばの地面は剥き出しになるわけだけれど……そこに、目立たないように隠された鉄の杭と、杭で固定された縄梯子が現れた。縄梯子は燃えずに残っているあたり、アカツキの炎の操作は抜群である。RPGでいえば謎解きをしたときの独特なSEでも流れそうな一場面だった。
「ナイスですアカツキ! さて、ちょっと怖いですが、行きますか」
崖の上から下を覗き込むと、コメント欄で高所恐怖症な人が悲鳴をあげていた。
「おっと、すみません」
とはいえ、降りるしかない。コメント欄の方々には我慢してもらうしかないから、一応声をかけることだけはして縄梯子に足をかける。
私は平気だからいいけれど、こうして特定の要素を苦手とする人を見かけるとVRゲームも一長一短なんだなあ、なんて感じてしまう。
私は動物のアレルギーがあるから実際には楽しめないもふもふをゲームだからと存分に楽しむことができる。けれど、ゲーム画面で見ているだけなら問題ない程度の高所恐怖症でもVRで実際に体験するとなるとリアリティがありすぎてダメな人はダメだろう。その場合はどうしているんだろう?
「こういうギミックのときはどうされているんですか? 高いところって結構ありますよね」
疑問に思ったのなら聞いてみるのが一番! とばかりに縄梯子を降りている間に質問をする。結構長いな……ギシギシいってるからわりと私でも怖い。軽く下を覗くと、崖の中腹の辺りに窪んだところがあるのが見えた。そこに洞窟でもあるのかもしれない。とんでもないところに隠し部屋があるなあ……ゲームならあるあるかもしれないけど、こうして実際に来るとなると見つけづらいものだ。グレイスがいなければ多分分からなかっただろう。
『飛べるパートナーに抱っこしてもらいますよ。ちょ〜頼りにしてます』
『目を瞑ってる間に運んでもらいます』
『うちの子が二足歩行タイプのドラゴンちゃんなのでお姫様抱っこされて運ばれます(※俺もうちの子もオス)』
『海がダメな俺も抱っこしながら泳いでくれるパートナーと一緒にいる。目を瞑ってる間に全部終わる』
『相棒の鱗数えてるうちに全部やってくれるよ』
『そんな天井のシミ数えてるうちに終わるよみたいなwww』
やっぱり目を瞑ってるのが一番らしい。
「はっ!? もしやホラースポット系も目を瞑ってる間に全部やっておいてもらえばよかったのでは!?」
『それはギミックとか戦闘あるから無理だろ』
『配信してる限りそれは禁じ手』
『撮れ高が消えるw』
それはそう。
と、そんな会話をしているうちに中腹まで着いたのでようやく地面に足をつけることができた。さすがにちょっと緊張しちゃったな。
でも、これはこれで秘密基地に来たみたいでちょっとワクワクもする。
ちなみにオボロはレキがツタでおろしてくれて、最後に残ったレキ自身も近くの木にツタを絡めてぶら下りながらゆっくりと降りてきたのをキャッチした。
「さてさて、なにがありますかね」
さっそくぽっかりと空いた洞窟の中に足を踏み入れてみると、まあ暗いよね。
「カア」
「ありがとうございます、アカツキ」
アカツキが翼に炎を灯して部屋の中をひとまわりすると、岩を削って作ったらしきテーブルの上に古いランプが見えた。自分でも緋扇を広げて炎の明るさで手元を照らしながらそのランプに火を移す。光源が三つあればまあ、ある程度は明るくなったかなという感じ。
洞窟の部屋の中は、テーブルに椅子代わりにしていたらしき平たい岩。それからいくらかの本棚っぽいものに、宝石やら金貨やらがいっぱい入った箱。それと、壁際に長年使っていたらしき武器と、魔獣が落とす宝玉。それからツノとかツメ、毛みたいな素材らしきものに……。
「ひっ」
息を呑んだ。
そこには明らかになんらかの獣の毛皮をなめして絨毯にしたものもあったからだ。そういえば残酷表現はオンのままになっているから、こういうのも表示されるのか……。
「本当に、ここがホオズキさんの隠し部屋……? だってこれは」
まるで、盗賊かなにかの隠れ家だ。
「日記が、あるんでしたっけ」
緊張に心臓が跳ねるような気持ちになる。実際にはアバターにそんなもの反映されないけれど、確かな緊張感があった。
テーブルの上に乗った、どう見たってキーアイテムらしきボロボロの和綴じ本をじっと見つめる。ここに真実があるのだろう。ホオズキという人の、真実が。
胡散臭さマックスの教祖とはいえ、仮にも優しそうな顔をしたあの人がこんなザ・盗賊みたいな隠れ家を持ってるなんて、どんなことが書いてあるんだろう。
少し怖い。けれど、勇気を出してアイテムを入手した。
そうして日記の文面が現れる。何枚かのページに渡って書かれているそれは、ゲームあるあるの断片的なものを抜き出したような状態になっていた。大事なとこだけ読めるようにしてある、みたいなやつ。
深呼吸をして、ぎゅっと目を瞑る。
目を開けて、日記の内容を冷静になるように心がけて、私はそれを音読し始めた。配信者をしている以上、読まなきゃいけないだろう。その、信じがたい内容を。
◆
魔獣を捌いて剥製にするのは金持ちを相手にするには商売になるが、リスクが高すぎる。もうやらない。
詐欺もあまり同じ街でし続けるわけにはいかないから移動し続けなければならない。でも、そんな生活はもううんざりだ。
もっと金を稼ぐ方法はないだろうか?
・
川の近くで小さい蛇と猿の聖獣を拾った。
帝国に渡をつけて売り飛ばしてもいいが、傷ついている今の状態ではとてもじゃないが商品にはならない。ある程度回復させなければ。
・
蛇はどうやらレテと呼ばれる川の聖獣で、忘却の力を司っているらしい。聖獣かと思っていたが、幼体から育て上げればそのままの種族で神獣へと至るらしい。
猿のほうは眠りのスキルが得意らしいから、このまま育ててみよう。状態異常系は金儲けにも役に立つ。
レテの川の水に忘却の効果があるのも本当らしい。便利だ。
売らずに共犯にできたら心強いんだが。
・
レテは神様扱いされるほどの存在らしい。
そうか、神様か。
宗教系の詐欺のノウハウもなくはない。こいつらがいれば途中でバレることなんてなく、金儲けができるかもしれない。
幸い、こいつらは俺にとてもよく懐いてくれている。
化粧で共存者の証を肌に描いて、こいつらがいれば誰も俺が共存者の資格がないだなんて思わないだろう。
猿のほうも進化して化けられるようになった。助手として申し分ない働きをしてくれている。
だからこの二匹に名前を贈ってやった。
レテの川のレーティアと、ヒュプノスのヒューだ。
こんなことで喜ぶなんて単純な奴らだ。
◆
……どうやらハーメルンの笛吹きだと思っていたあの子は、ヒュプノスだったらしい。そりゃあの子の笛の音で眠りに抗えないわけだ。私はまだ食らったことはないけれど。
若干怒りで頭に血が昇ってきている気がするが、こめかみをぐりぐりして深呼吸。
あの教祖、思っていたよりもクズだったらしい。
大丈夫? これ本当にハッピーエンドで解決できる?
ここから入れる保険ってちゃんとあるんですか!?
そうやって一通り言いたいことを言ってから、私は日記の続きを読み上げていく作業に戻った。
ということで、正解はレテの川とヒュプノスのモチーフなのでした!
モチーフにしている童話もホオズキ側はハーメルンの笛吹き男、ハインツ達は幸福な王子でした。
皆さん大体のことは当てていてくださいました!クイズのご参加ありがとうございます!!




