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【漫画単行本4巻発売中】神獣郷オンライン!〜『器用値極振り』で聖獣と共に『不殺』で優しい魅せプレイを『配信』します!〜  作者: 時雨オオカミ
『憂鬱の消えた街』

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グレイスの想い


 ――幸福になれる方法を知っていますか? 


 胡散臭いそんな文句がきっかけでした。


 わたし、グレイスと親愛なるお友達(ディアフレンド)、ハインツがこの話を聞いたのは偶然でしたとも。けれど、彼は赤子に負い目を感じておりました。ですから、彼は赤子が人生をこれ以上ないくらいに幸せになってほしいと考えていたのです。


 全てはあなたたちのおかげです。ええ、もちろん。ケイカさん、あなたには感謝しているのですよ。あの人を止めてくださったから。


 あの人は真面目なかたです。真面目に努力をしているかたです。けれど、兄弟のかたは天性の才能をお持ちでした。多くの聖獣に愛され、そしてスキルや能力の、家を継ぐために必要なことは全て当たり前のようにこなせました。

 きっと、才に溺れて怠惰になるようなかたであったのなら、ハインツは嫉妬なぞしなかったでしょう。兄弟は多少楽観的なふわふわとした人ではありましたが、聡明でした。己の才能に溺れて傲慢になるようなかたではありませんでした。性格も良く、優しく、非の打ち所のない人でした。


 評価されるのはいつも兄弟です。ハインツが悪いわけでも、兄弟が悪いわけでもありません。けれど、兄弟の性格が良かったからこそ、彼は病んでしまったのです。誰もが称賛するのは兄弟であって自分ではありません。兄弟は自分を慕っていますが、醜い嫉妬をときにぶつけてもなにも責めない兄弟に、彼は化け物を見るような目で恐れを抱いていました。


 全ての凶行はこのために起こってしまったのです。

 わたしは止めることができませんでした。わたしが進化できなかったのも要因のひとつですから、強く彼を止めて、彼に非難された……己のパートナーにまでも否定されたと捉えられてしまうのが怖かったのです。わたしは臆病でした。最愛の、親愛なるお友達(ディアフレンド)に嫌われるのが怖かったのです。それがかえって彼を追い詰めてしまうことになってしまったのは皮肉でしょう。


 いつしか、わたしが進化さえすれば彼は喜んでくれる。わたしが進化できないからいけないのだと強く思い込むようにもなり、彼の凶行を傍観するしかない立場に甘んじていました。


 ユールセレーゼ様がたの事件の際、ケイカさんはわたしのことも救ってくださったのです。


 わたしたちの人生は落ちて、落ちて、落ちきっていました。

 彼が兄弟を手にかけて、そのパートナーたちをも手にかけようとしたのは、どんな理由があろうとも許されてはならない事実です。親がいないのは赤子には酷なことでしょう。いきなり家を継ぐ立場のものとしてこれから教育されていく未来が待っているのも残酷なことでしょう。


 そうしてしまったのはわたしたちなのです。ですから、ハインツは赤子の幸せを願いました。これから先生きていく赤子がどうすれば幸せになれるのか、どうしてやったらいいか、いろんなことを考えていました。宝石をやればいいか? お金があればいいか? 心に必要な幸せとはなにか? 


 いつか、親がいない事実を尋ねられる日が来るでしょう。

 そのとき、自分はうまく説明してやれるか。情けなくも、許してほしいなんて泣き出してしまわないか。うまく赤子に説明して、一人で、家の人と立って自分の人生を自分で歩けるようになっていたのなら、そのあとは子供のために一切の関わりを絶ってしまえるかどうか。不安がりながらも、考えていたのです。


 そこで耳にした噂を頼りにこの街に辿り着きました。

 自分が幸せになるために来たのではありません。誰かを幸せにするために、幸福を謳うこの街に興味を抱いてやってきたのです。けれど、この街の幸せの定義はご覧の通り。悲しいことは全て忘れてしまうこと。


 恥を忍んで事情を打ち明けたハインツに、この街の教祖ホオズキが提案したのはこうでした。


「全てを忘れてしまいましょう。そうしてあなたが負い目を感じて重い心に潰されそうになっているのは、必要以上に罪を感じているからです。そのお子さんは、あなたがいなくとも周りの人がいるならばもう人生の心配はいりません。その子供の幸せを祈りながら、あなた自身も幸せになるのであれば……」



 ――ここで全てを忘れて、幸せに暮らしましょう。子供の知らないところで、なにも知られることなく。関わることなく。


 少し魅力的な提案でしたね。

 わたしにとってはハインツこそが大事なのです。だからこそ、ひどいことをされても、いつか分かってくれると信じてともにいたのですから。

 ハインツがどんどん顔色を悪くして、未来に不安を感じて、見知らぬ者にさえ罪を糾弾される人生を怯えるように過ごしているのを見ていました。だから、いっそ忘れてしまえばわたしたちは幸せになれるのかもしれない、なんて一瞬でも思ってしまいました。

 人から赤子のことを思うならその幸福をお前が願うのは傲慢だ、なんてことも言われ慣れています。その言葉に慣れるほど傷つく彼を何度も見てきましたから、わたしはハインツが幸せになれるならそれでも良いと思っていたのです。


 ですが、わたしはハインツのためについていくと決めているのです。永遠の冬のように寒くなって翼が凍りつこうと、心臓が凍ってしまいそうでも、わたしはあの人のそばで、冷えてしまった心に寄り添って体温を移してやりたいと思っていました。だから、決断はハインツに任せていました。


 レーティアという信仰対象の蛇とヒューという子はわたしにも勧誘の言葉を投げかけてきました。けれど、わたしの意思はハインツの意思です。わたしは友が今度こそ悪い道に進むことがあれば止めるために反意を示すことに決めていましたが、彼の意見を聞かずに決断することは決してありません。


 ハインツは、言いました。

 犯してしまった罪をなかったことにはできない。それがあったからこそ、自分はグレイスから向けられる真実の愛に気がつかされた。その記憶がなくなれば、また自分はグレイスからの愛を知る前に戻るだろう。


 子供を幸せにするために自分が身を引くというのも手段の一つだと知ることができたのはありがたかった。しかし、忘却を肯定するわけにはいかない。

 自分はこの罪とともに生きていく。たとえ寒い中、あたたかいところで笑う子を真鍮の像のように遠くから眺めることしかできなくとも。


 恥ずかしいことですが、泣いてしまいました。

 わたしの思いはちゃんと届いていたのです。ケイカさんが気づかせてくれたからですよ。彼は、わたしとこんなにもきちんと向き合ってくださる。お友達冥利に尽きるというものです。


 しかし、その返答が気に入らなかったのでしょう。

 その夜、わたしたちは笛の音を聴きました。



 その笛の音を聞いていると、不思議と眠たくないのに瞼が落ちてくるのです。

 そうして、強制的に眠りに落とされたわたしたちは、暗い洞窟の中、檻の中で目覚めました。


 そう、彼らは忘却による幸福を絶対のものだと思い込んでいたのです。だから、わたしたちの思想を理解してくれませんでした。


 そうして檻の中に入れられている人たちが、他にもたくさんいました。




 ……そこでひと息つくと、グレイスは憂いを帯びた顔で空を見上げた。

 通訳をしてくれているレキも顔を顰めている。


 私はもう、泣きそうだった。

 しかしまだこれから彼女たちに起こった出来事が語られるのである。少し深呼吸をして、私は続きを促す。


 そして、青いツバメは宝石のような瞳を潤ませて続きを話していくのだった。


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