はじめてのおつかい見守り・軽いマシマロ返し
走る、走る、一匹の獣が走る。
頭上に舞う赤い軌跡を目指して。
「うぉん! うぉん!」
はっはっ、と呼気を漏らしながら走る白い影は舞い降りてきた白赤の影に喜びの声をあげて跳びかかる。巨大な彼女が飛び込んでくる姿に驚いて再び舞い上がった白赤のカラスは、地面に突っ込んで前方に転がっていった後輩の尻尾の上に降り立って呆れたような鳴き声をあげる。
ぶおんと振られ始める尻尾から再び飛び立って地面に着地し、彼女の鼻先にクチバシを寄せると狼……オボロがにっこりと笑う。
鼻キスのようにしてお互いを確認したアカツキとオボロはそうして立ち上がり、彼女の背中に飛び上がって羽を休め始めたアカツキとともに、山の中を鼻をひくひくとさせながらゆっくり匂いを辿って歩き始めるのだった……。
「くうっ、はじめてのおつかいを! 見てる気分です!!」
アルターエゴに様子見カメラを依頼すれば遠方からでも様子が見れるじゃん! と気づいた私は、宿にしている部屋で画面を浮かべて視聴者とともに二匹の大冒険を見守ることにしたのである。
ほぼ雑談配信みたいになっているので、画面を見ながらのコメントをしながらいろいろと喋る。視聴者さんからの一度体験してほしい短いシナリオ情報だったりとか、進化情報だったりとか、図鑑を見るのも好きなタイプなのでそういう話は歓迎だ。
「そういえばなんですけど、マシマロでとっっっても素敵だけどクソ高価な商品の画像送ってくるのやめてもらえますか?」
『やだ』
『酷なことすんなよw』
『買った?』
「買ってませんけど? 8割くらいは……」
『2割買ってるんだ』
『知ってた』
『意外と買ってないな』
『安価で可愛いやつ送るね』
『安価のやつでも塵つもなんだよな……』
『買う前提で草』
歩き出したオボロがときおり匂いを確認しながら進んでいく。平原から森へ、そして急勾配を登って山へ。たまに木の実とか果物に釣られていくのをアカツキが尻尾をクチバシで挟んで叱ったり、鶴の一声ならぬカラスの一声していたり。
「私のマシマロ買い物メモももちろんあるんですけど、普通にオススメショッピングカタログになりかけてるんで本当にやめてくださいね。学生の金銭事情にもうちょい優しくしてください。あと、脅してみてほしいとか言ってくるのも困るので……」
『見守り配信するならいっそマシマロ返しでもすれば?』
それもそうかも……と思ったので個人的に面白かったものを晒しあげていくことにしてみた。確かに配信者しているのにやったことはないかもしれない。
「え〜じゃあ面白そうなやつ……あー、これとか触れたいですね」
ユウマ君のチャンネルに動画が増えません。
「本人に苦情言ってください。というかこの配信に来てますよね? いい加減なにかやるかいっそチャンネル消すかどっちかにしましょうよ。ユウマについては、あとは付き合ってる? とか今なにやってるか知ってる? とか今日ログインする? とか、なんで私に聞くんですかと思うものばっか送られてきてます。幼馴染ですけどそこまでプライベートに踏み込んでないので知りませんとしか……」
『やだやだチャンネル消されたら生きる希望が』
『女装バイトの切り抜きを見るのと空っぽの動画欄見て明日への期待を胸に眠ることができるんです……消さないでください』
怖い。怖くない? 私と絡みが多くてたまに嫉妬的なコメントとかマシマロも来てるけど、正直私自身よりユウマの方が厄介ファンが多い印象がある。
『なんでもいいならちょっとだけライブ配信してもいいよ。配信マナーくらいは守ってね。でないと消す』
『……それって動画をですか? 闇討ち的な意味ですか?』
『ご想像にお任せするよ』
闇討ち的な意味だなこれ。神獣郷にログインしている変態さんはユウマにPK鯖で辻斬りされる可能性を考えたほうがいいね。あ、むしろそのためにPK鯖潜る? あっ、そっすか……極まってますね。
次行きましょう。
ライカさんとシルシフォンくんと記者プリンセス・オ・カマーとケイカちゃん並べたら消えそうなのに消えない……なぜ?
誰? と思ってさらっと調べてみると、皆大体優雅とかエレガントとかの印象のライバーさん達みたいだった。コメント欄も概ねそういう見解である。
「四人並べてぽよぽよみたいに消えると思ってるのもよく分かんないんですけど、これで消えないってどういうことですか? 仲間外れがいるねって言ってる? 私のことをエレガントヤンキーって言うな!!」
『分かってるじゃん』
『ちょっと待て記者プリンセス・オ・カマーってなに???』
『ノリの良いバリトンボイスお嬢様。公式依頼でゲームの日誌とか記事書いてるよ』
『他人の配信で出すにはキャラが濃すぎる』
『他の人の印象霞むだろやめて差し上げろ』
「そもそも人を勝手に比べるのをやめて差し上げてください。次行きましょ……あっ!」
画面の中では変わらず移動していたオボロが顔をあげる。
そして、なにごとかを吠えたかと思ったらアカツキが飛び立ち、木の幹の上のほうにあるウロの中に顔を突っ込む。
しばらくそうしていたアカツキは、その隙間から優しく青い小鳥をクチバシに挟んで舞い降りてきた。
「見つかりました!」
『お〜おめでとう』
『ボロボロだな……』
『木の実を咥えたまま気絶してる?』
『羽もだいぶボサボサで抜けちゃってるな……』
「ふう……落ち着け落ち着け……この部屋で大声出したら怪しまれかねませんし、静かに落ち着きましょう……」
『さっき大声出したばっかりだけどな』
そんなツッコミを見なかったことにして頬を両手で軽くパチンと叩く。
そして私は治療道具を用意し始めた。
あの青い小鳥なら……ハインツさんのパートナーのグレイスならきっと彼の居場所を知っているだろう。速やかに彼女の安全確保をしなければならない。
「ここからはおつかいから帰ってくる三匹をはらはら見守りつつ、小鳥用のご飯を用意しておきます。マシマロなんて返してる場合じゃないんでね」
『たまに構ってくれればいいよ〜』
『ケイカちゃんからは返事返ってこないのは当たり前だし』
『触れてくれて嬉しかったよ』
『今度カスの嘘送っとくね』
「カスの嘘は送らんでよろしいです」
鳥系の聖獣が好む穀類のアイテムを中心にゴリゴリと砕いていく。食べやすくしてあげつつ、この世界だとどの聖獣でもなんでも食べるのでミルクを咥えてオートミールのようにする。ちょっとふやかしている間に帰ってくるだろう。オボロは単独で、そしてアカツキは小鳥を咥えて空から。
ご飯の準備ができたら窓を開けて軽く扇子を振るう。
夜の闇の中でも緋扇から散る火花がぱちぱちと花火のように目の前で綺麗に舞った。もしこの行為がバレたら花火のように火花を使って遊んでいたと言う気満々である。
アカツキが先にするりと窓を抜けて入ってきて、しかし念のためもう少し窓は開けたままで涼むふりをしておく。
アカツキは速やかにベッドまで移動し、布団の中に小鳥を隠した。同じく布団の中に入ったアカツキがその隣になるように潜り込んで丸まっている。
それから数分もしないうちに扉の向こうでうぉん! というオボロ声と、コンコンとノックする音が聞こえてきた。
扉を開ければ、そこにはホオズキさんがいた。
「お散歩に行っていたのですか? 玄関先で待っていらしたようなので連れて参りました。あなたのパートナーですよね?」
「あ! 戻ってきたんですね! ありがとうございます〜! そういえば玄関は閉めちゃいますよね、すみません」
「いえ、お気になさらず。それではおやすみなさいませ」
「おやすみなさ〜い!」
やっぱりオボロはバレるよね。
だからこそ帰ってくるときはアカツキと別行動してもらったんだけども。
少しばかり時間が経ち、鍵を確認してから窓を閉め、そして小鳥を布団から連れ出して移動する。
「グレイス、グレイス起きてください」
そうして、山の中で冷たくなりかけていた小さな青い鳥は私の手の中で緩慢な動作で目を開いていくのだった。




