好き勝手にやりすぎた
好き勝手やるぞ! と決めて今日も神獣郷へログインをする。
まずは寝起きに布団脇にいるアカツキに手を伸ばし、胸元の羽毛の中に手を差し入れて怒られるところからゲームスタートです。
現実に合わせてちょっとだけ寒くなってきたのでよりモフモフになった羽毛は指を沈めると第二関節くらいまで埋まるボリューミーさ! アレルギー故にリアルで堪能できない感触を思う存分味わってから街へ出ていくことにした。
なお、ちょっとだけ寒くなったというのは神獣郷の体感温度が2度くらい下がったという意味であって、快適な温度には変わりない。誰もが遊べるようにそこはあんまり変動しないからね! せいぜい半袖系の洋服だとうわ涼しい〜と思う程度。厚着してもほとんど体感温度は変わらないのでオシャレのためになに着てても問題ない。神獣達は季節によってちょっとだけ見た目が変わるねってくらいかな? たとえば、冬は真っ白になってあたたかい季節は茶色いオコジョの聖獣とかはしっかりと見た目が変わる。可愛いね。見かけて良いなってなっちゃった。
「ふわもこアカツキ〜」
「クウ……」
アカツキには別行動してもらおうと思っているので、朝にこのモフモフを堪能しておく必要があったんですね、なんて言い訳を述べつつ部屋を出る。若干投げやりな鳴き声で返事をする彼を抱き上げて上を向いて顔に乗せる。そしてさすがにレキに頭を叩かれて頭に乗せなおした。
「アカツキ殿に……せくはらとやらで……訴えられても……知らぬぞ」
「うっ、ぐ……」
「太陽の……神獣様に……叱られ、る……前に……やめるのだな……」
「あのかたは笑ってデコピン一つで許してくれそうじゃありません?」
「やりそう、ではある、が……」
「いや、自重はします。ごめんなさい」
「うむ」
主従ではなく友達という関係を散々考えておいてこれである。
そうだね、友達が嫌がるようなことはしないね。アカツキももふるのはいいけど顔に乗せて吸われるのはちょっと……みたいな顔をしてるからさすがにそれはやめておこう。
さて、そんなことがありつつも何食わぬ顔でノーレンの街に私達は出てきた。
借りている部屋から出てみれば、もうすでに他の部屋に泊まっている人や邸宅の主人であるホオズキさんは起きて外にいるようだ。
ノーレンの街は相変わらず朝から儀礼的なものがあるからか、皆朝が早いのだろう。表向き旅行者である私にはあまり関係がない。水も別に貰ったりしないからね。そもそも悪いことを忘れられる水って共存者に効くのだろうか? 謎だ……。
邸宅からそっと出て人に見つからない影で一度立ち止まる。
今はちょうど演説中みたいで、こちらに注目する人はいなさそうだ。ホオズキさんのよく通る声が聞こえる。
「それじゃあ、アカツキ。名残惜しいですがホオズキさんに見られる前に別れましょう。山のほうへ向かってハインツさんとグレイス捜索をお願いします。怪しい場所を見つけるとかでもいいので、頼みますね」
「カア!」
元気が良い。けれど小声の返事とともに彼が飛び立ち、邸宅の影から表へと出る。おともにはオボロとジン。それから髪の下に隠れるように潜んでいるシズクだ。
川のほうで行われている儀礼が終わり次第、ゾロゾロと人が街へ散っていく……これから店がもろもろ開くのだろう。もう少し時間が経ったら今しがた起きてきたみたいにしてまた街に行ってみようと思う。スニーキングミッションってやつだろうか? なんだかワクワクする。おかしな街の中で一人だけ調査をしているって、かなりロマンがある。
さて、そうして異変がないかどうかをチェックするために街をまた練り歩いてみることにしてみたのだけれど……。
「どうやら、昨日と同じ場所で喧嘩の声が聞こえるような……」
まるで昨日をやり直しているかのように同じ文言での喧嘩が聞こえる。他にもお店の中で同じ失敗をして叱り飛ばされる店員さんの声とかも。さすがにちょっと不気味なので近寄りたくないが……情報収集には必要なのでそーっとお店の中に入って、当たり障りないものを選んで購入。棚の置き場を間違えてしまったらしき店員さんに話しかけることにした。
「あの、どうしてさっきはあんなに叱られていたのでしょうか……その、お店の外まで聞こえてきて」
さすがにちょっと気をつかう。けれど、ここで話してみないことにはどうにもならないだろう。大丈夫大丈夫、いけるいける。これはゲームの中だ。リアルだと叱られていた店員に話しかけられたらキレられる可能性があるが、ゲームなら普通に教えてくれるだろう。多分。
「わっ、聞いていたんですか? いや、聞こえてたのか……すみません、不快な思いをさせてしまいましたね。よほど嫌でしたら私がいただいたレーティア様のお水をお分けいたします」
「あ、いや、そういうのは結構です。理由が聞きたかっただけなので……」
「私が棚に置く商品を取り違えてしまったのです。それだけです。次は間違えないようにしないと……」
「なるほど、名前が似た商品とかですか?」
「大小の違う商品です。それだけなのですが、ここの店主様は完璧主義をお持ちなので一度のミスでもこってりと……とほほ」
「は、はあ……」
いや、心なしかこの人……そんなに反省してない気がする。一度のミスくらい許せよって内心思ってるやつだこれー!
「僭越ながら……昨日も同じ内容で叱られておりませんでしたか?」
突っ込むのに少し勇気が必要だったが、調査には大事な要素だ。なんとなく昨日も似たような怒号と謝る声が聞こえていた気がするから、それの確認をする。そうすると、店員さんはキョトンとした目で私を見つめた。
「そうでしたか? すみません、生憎、叱られた記憶はございません。僕はいつも店主様のお役に立って褒められているはずなので……別の店とお間違えじゃないでしょうか?」
返ってきた言葉は予想外のものだった。しかし、心の底からそう思っていると分かる澄んだ目でこんなことを言われては自分の記憶違いなのかと一瞬錯覚しかける。しかし、コメント欄を見る限りこの店で間違いない。アーカイブを見てくれてる視聴者のみんなありがとう!!
ってことは……。
「いえ、記憶違いはございません。私は客人なので、ここの神様のお水はいただいてませんもの。記憶を『忘れて』いらっしゃるのはあなたでは? 私の友達もそう言っておりますし。ねえ? シズク」
「シャルル」
地雷原に突っ込んでいくみたいで少し怖いが、ここはもっとガンガンいかないと調査の進展はない。無神経を装って事実を突きつけてみる。
レーティアと同じような蛇の神獣であるシズクに話しかけて頷いてもらうことで真実味までわざわざ持たせて彼を見つめれば、顔を青ざめさせて「そんなはず……」と呟いていた。
「だって、僕は一度も失敗なんてしてないって褒められて……完璧なはずで……今日はたまたま……はじめての失敗だったから店主様が殊更お怒りになられて……いつも失敗なんてしないんだからそれくらい許してくれてもって思って……それで……」
「嫌なことがあったら、それは早く忘れてしまおう。身体に毒になるものがあるように、嫌な気分が続くことは心の毒になるから。それがこの街のスタンスなんですよね。でも、それでは同じ失敗を繰り返してしまうのではないでしょうか」
「そんなはず、そんなはず。なら僕は、完璧なんかじゃなくて、もしかして毎日怒られてる役立たず……?」
ちょっと気の毒になってきた。
虚な瞳で呟きはじめた彼を見てまずいことをしたかな……と思いはじめた頃、ひゅうと笛のような音が聞こえたと思ったら、店員さんは突然崩れ落ちた。びっくりして慌てて支えようとしたら、下からそんな彼の体を支えて抱きかかえる小柄な影が現れて私の行動は空振りに終わった。
「ねえ、どうしてこんなひどいことするのさ」
いや、確かにひどいことをしたなあという自覚はあるけれど……。
彼を庇うようにして距離を取ったのは、いつの間にか現れたヒューさんだった。片手で自分よりも大きな体躯の人間を背負い、そしてもう片手に角笛らしきものを持ってこちらを睨みつけている。
「ごめんなさい、どうしても気になってしまって」
「お客さんと言えどこれ以上街の人間にひどいことしたら許さないよ……人間はなんにも悩まないで心安らかに眠れて、何者にも脅かされないで生きるべきなんだ。君だって嫌なことは忘れてしまいたいだろう。どうして水を飲まない? せっかくレーティアが救いを差し伸べてるのに」
少し驚いた。彼はどうやらホオズキさんの前では随分と猫をかぶっていたらしい。剣呑な声で、まるで大人が聞き分けのない子供を苛々としながら諭すように話しかけてくる。ちょっと嫌だなこれ。
「あなた達の思想を否定するつもりはありません。けど、私には必要がない。苦楽をともに生きてこそ人も獣も反省して行動を改めることができるからです。苦痛だったことや失敗をすっかり忘れてしまったら、同じことを繰り返すだけで進歩はなにもありません」
後悔するからこそそれを直して成長していけるというのに、その反省点さえも忘却してしまうなら成長はできない。そんなの永遠の停滞しかない。
「絶対の安息の暮らしを望まないの? どうして? お前と一緒にいるその蛇も、その猫も、その狼だって苦痛に喘いで魔に堕ちたことがあるだろう。そんな苦痛を消してやりたいと思ったことはないのか? 敵対して傷ついたことだってあるだろう。痛かったろう。全部なかったことにして、最初から仲間だったことにもできる。他の奴らに傷を抉られることだってあるのに、心の傷跡を残しておく意味が分からない」
思い浮かんだのは、シズクが海イベントのときに呪いで暴走したときのこと。憎しみに囚われて、私達に牙を剥いたときのこと。
必死に手を伸ばして、彼女の心に届くように声を張り上げた記憶。
確かに覚えていたら苦しいこともあるかもしれないだろう。
けれど、それは全部。
「それでも忘れたくないのは、その苦楽の記憶は全部ひっくるめて私達の大事な思い出だからです。友達になったきっかけごと忘れてしまうかもしれないのに、手放したいだなんて思いませんよ」
「意味が分からない。今一緒ならきっかけなんてどうでもいいじゃないか。こんなにも眠りの世界は心地よい夢を見れるのに、お前達死なない共存者はわざわざ苦痛のともなう外の世界へと帰っていくことがあるという。ずっとここにいればいいのに。どうしてそうしないんだ。意味が分からない」
ヒューは威嚇するように後ずさる。
そんな彼の肩にポンと手を置いた人がいた。
「こんなところで言い争いなんて、どうしたんですか。ヒュー」
「あっ、ホオズキ……さま。ごめんなさい」
「店主さんが慌てて私を呼びに来ました。君が喧嘩をしているからと。ケイカさんも、あまりこの子をいじめないであげてください」
「いじめていたわけじゃ……いや、すみません。言いすぎましたね」
最後にびっくりするくらいメタ発言入れてきたヒューについて、もっと言及したいところだったがさすがに引き下がることにした。
ヒューも聖獣……じゃなくて神獣なのだとしたら、もしかしてと思う種族はある。その答え合わせも今度にするかな。
「あ、そうだホオズキさん。昨日彼から貰っていた青い羽のペン。ちょっと見せていただきたいと思っていたんです。その、よろしければなんですけど……」
「いいですよ」
「あ、ありがとうございます……」
こんなことがあった後でものすごく言いづらかったが、厚かましくもお願いすることに成功した。嫌な役回りをわざとやるってすっごい心労になる。でも、これでこの二人がここにいるということはアカツキがより山のほうで捜索しやすくなったはずだ。まさかヒューが先に釣れるとは思っていなかったけれど。
むすっとした顔のヒューを慰めながらホオズキさんの案内で邸宅へ戻っていく。あとは羽ペンの匂いをオボロに覚えてもらえればいいんだけど……うまくいけばいいなあ。
「成長と、思い出……」
ホオズキさんがどこか思うところがあるように呟いていたけれど、ヒューにそれ以上威嚇されるわけにもいかなかったので気づいていないふりをした。
……この人も現状に思うところは、一応あるんだろうか?
二匹の神獣にあやかって金儲けしているだけの気もしていたから、意外だったかもしれない。そういえば、これは神獣だけの暴走なのか……それとも彼も関与しているのか……そこはまだ微妙に分かってないな。
陽動目的とはいえかなり派手に反発する態度を取ったのでこっちに関しては聞きづらくなってしまったかもしれない。うーん、ユウマに言われた以上に思い切りすぎたかなあ。
あけましておめでとうございます。
風邪でがっつりダウンしておりましたがなんとか回復しました。今年もよろしくお願いいたします!
神獣ライブラリのほうであけおめ短編小説をあげています。神獣郷の年越し風景を描いたちょっと未来の話。よければご覧ください!




