寝付けない
久々の現実世界パート
時期もそういえばリアルと大体一緒くらいかな
漠然とした不安を抱えたまま目を覚ましてゲーム機を外す。
ゲームの世界で過ごしていても、ゲームの世界でもやもやを覚えても、それでも現実世界で生きるために今日はやってくるのだ。
寒くなってる部屋の中、布団から腕を出して四時間後くらいに暖房がつくようにタイマーをセットして素早く腕を引っ込めた。とても寒い。秋も終わりを告げて冬が顔を出してきた時期である。そのうちクリスマスの準備もしなければいけない。気の早い世間はすでに飾り付けなんかが終わっているけど、家庭のクリスマスは姉妹仲良く準備をするので一週間前とかに急いで用意するものだからまだ早い。
深夜2時をまわっていることを時計で確認してから、充電するのを忘れたまま枕元に置いていたスマホに充電器を差す。パッと画面に映ったアカツキを画面をつつくことで構ってから「おやすみ」を告げて目を閉じる。
寒い。
布団の中で丸まって、すでに閉じている目をギュッとさらに力を入れる。
青い鳥の羽のペン。
拾ったなんて言っていたけれど、ストーリー的に行方不明になっているハインツさんのパートナー……グレイスの羽である可能性が高い。
無事だろうか。
酷い目にあっていなければいいけれど。
気になって、気になって仕方がない。
それでも明日も学校があるのだ。冬休みなんて年末近くにならないと始まらない。スマホに手をつけるわけにもいかない。そんなことをしたら考察スレとか、自分の専スレを見にいってしまって止まらなくなるに決まっている。
ゲームの世界のシナリオでのことなのに、神獣郷なら酷いことにはならないと信頼しているのに、どうしても心配になる自分がいる。感情移入はほどほどに。分かっていても、やっぱり目を閉じたまま脳裏に浮かぶのは朧げなハインツさんとグレイスの姿。初めて会ったユールセレーゼのシナリオ以来会っていない。だからか、他のNPCほど大きく印象に残っていなくて、これまであったことが濃すぎて少しばかり浮かべる姿も朧げだ。決して軽んじているわけでもないし、好きなシナリオだった。だけど、最近会っていない親しい友達の顔が咄嗟に思い浮かばないくらいの解像度程度の記憶しか残っていない。
自分を薄情だと罵ると同時に、序盤で絡んだゲームのキャラなんてそんなもんじゃない? と思う自分もいて、それをさらに責める自分の気持ちもある。
そうしてぐるぐると考えているのが気持ち悪くなってきて、寝ようとすればするほど目が冴えてくる。
今は全て忘れて明日の学校のことを考えたほうがいいだろう、なんて考えてまた忘却を幸福と定義するのはこういうときなのかななんて考えだしたりもして、自分に彼らの宗教を否定も肯定もせずに行方不明者を助けることだけを考えることの難しさを改めて感じて焦燥感を抱く。
忘れたほうが幸せなこともある。それは実際にそうで、けれども忘れてはいけないこともある。それを決めるのは法律とか規定とかそういうのはなくて、個人個人の倫理観っていうふわっとしたものでしかないから、私達プレイヤーが神獣達にそれを押し付けるのもまた違うし、でもそれで苦しんでいる人がいるとするなら、それを説明して、納得してもらうのが一番良い。
どうしてこうもシナリオひとつで悩みに悩んでをいるんだ。
布団の中で丸まりながら、考えている。
ゲームの世界から持ち帰ったこの不安を、はたから見ただけのアカツキ達は忘れさせる手段を手に入れたのなら、それを使うのだろうか。私を一見して苦しめているものを排除するために動くだろうか。
きっと、それは否だ。
どうしたの? って心配して、私が泣き言をしはじめたら、多分寄り添ってくれて、忘れたほうがいいならそうすることができるよ? と提案して、そして最終決定は私自身に委ねるのだろう。本人のことなんだからって。頭のいいレキだったらきっとそうするし、他の子達も判断がつかなくたって、勝手に行動に移すなんてしないだろう。
ぎゅっと体を抱きしめる。
ああ、なんで今回に限ってこんなに悩んでるんだろう、私は。
◇
「なに、京華。もしかしてかなりの寝不足?」
「あ、あはは……そうだね」
結局寝たのは何時だったのか分からない。かなりの長い時間悩んでいて、起きたときには今から家を出ても遅刻寸前では!? というくらいの時間で、泣き言を吐き出しながら携帯食を食べながら家を出るというベターなことをしてしまった。朝ごはんを忘れがちな人のためのかむかむ系食品に頼るのはあんまりいいことではないんだけど、こういうときのための食品だからね! 仕方ないね!
そんなこんなで登校して昼休みに遊馬から言われた言葉がこれである。
授業中も半分寝そうになってはバイブレーションでお怒りのアカツキから起こされてを繰り返し、教師にも普通に居眠りバレをしての繰り返しだったから当然のことである。
アカツキが電子AIとして私の代わりに授業の簡単な問題の答えを画面に出して来たりして褒められまくる現象が発生するなどした。神獣郷式のAIは無断で外部学習することが内部設定で禁止されているため、意図的に知識を食わせない限りは神獣郷内の出来事とパートナーたるプレイヤーの影響と、プレイヤーのいる環境の、画面内から見える知識で育つ。つまり私が寝ている間も、授業用端末と繋げていることが多かったことで熱心に授業内容を見て聞いて学習して私よりも頭が良くなっている可能性がある……というわけでもある。だから私が褒められるわけじゃなくてアカツキが褒められるんですね。ちなみにオボロはいつも端末の中にクエスチョンマークが舞っている。可愛いね。
神獣郷式のAIを所持している子は依存性が目立つのでいい顔しない教師ももちろんいるけど、こうして授業に参加OKな教師も最近は出てきた。うちのクラスでも解禁されたのはかなり最近だ。かなり最近なのに私に代わって授業の質問に答えてるアカツキはやばいくらい頭がいいってことです。だからいつも私が呆れられてるわけですね。さすが私の保護者……じゃなくて、ダメじゃない? それ。
なお、テストはさすがにAI禁止なので成績には影響しない。
いい先生だとご褒美にAI用の電子ご飯を送ってくれる。今日もアカツキは正解をしたのでお肉を送ってもらっていたらしい。昼休みになるまでちゃんと待っていたらしく、今になって画面内で羽をぱったぱったしながら喜んで啄んでいる。可愛いね。
「例のシナリオ関連で? まあ昨日の見たらちょっと……悩むのも分からないでもないけど。のめり込みすぎても」
「さすがにそれは分かってるよ? でもほら、寝ようとすると変に考え込んじゃって目が冴えるってこと、あるじゃん……」
「……気持ちは分かる」
「どーするのが正解なのかなあ……」
机に伏せてぼやく。隣で自分で作ってるらしいお弁当を食べている遊馬はそこまで深刻そうな声じゃない。勝手に深刻な雰囲気になっているのは私のほうなんだから仕方がないといえばそうだけど。
「変に考えすぎなんだよ」
「それも分かってるよぉ……」
「京華ってさ、幸せってなんなんだろ〜って思って延々ループしてるでしょ? 昨日の配信からするとそのあたりでモヤモヤしてる感じ」
「まあ、そうだね」
「ご飯食べなよ、昼休み終わるよ。人それぞれだから自分の価値観を押し付けるのは違う〜って思ってるでしょ?」
「遅刻しそうだったからお弁当もお財布も忘れた」
「なにやってんの……購買行ってきなよ。これでお茶買ってくるついでに自分のも買ってきていいよ。明日返して」
「もしかして神様?」
「僕が神だよ、感謝するんだね」
「ありがとう!」
跳ねるように起き上がって早速購買に行こうとした背中に、遊馬の言葉が投げかけられて足を止める。
「いつも自分の価値観で悩みながら好き勝手にやってるんだから、今回も好き勝手やればいいんだよ」
「好き勝手って……言いたいこと言ってくれるね」
「そりゃ言うよ。宗教系でデリケートそうな話だから尻込みしてるのかは分からないけど、受け手になりすぎに見えるからね」
「というと?」
「いつもの君らしくないって話。目の敵にされない程度に切り込んで話して揺さぶったってシナリオが崩壊するわけないんだし、そのあたりの整合性は神獣郷のAIを信じなよ。アカツキだって君より勉強できるだろうし……自分が全てを解き明かすことにこだわらなくてもいいんじゃない? プレイヤーがシナリオの全てを見届けないといけないわけじゃないんだし」
「……二手に分かれるとか?」
「だって、情報の共有は屋敷でやればいいでしょ? ならずっと一緒にいる必要はない」
そういえば、今回はずっとアカツキ達と一緒だ。そうだよね、豪華客船のとき、プレイヤー同士で探りかたを変えたみたいに、一人だとしてもパートナー達に手伝ってもらえばいい。私が代表になってホオズキさんやヒューの動向を見守っている間に他の子達で別行動して行方不明者を探したり、秘密を探ったりしてもいい。シナリオの正攻法じゃなさそうだからって翻訳を最初は封じようとしたのを改めたみたいに、アプローチを変えたっていい。シナリオに対してずっと受け身になっていなければならないなんて決まりはない。
宗教観も幸せはなにかって話も、デリケートな分野だから口出しはどうかと思っていたけど……そうか、そうだよね。受け身になっていたら相手の空気感に圧倒されてあんまりシナリオが進まない。
悩んでるより自分らしく、堂々とぶつかって疑問に思ったことなんかは全部話して相手の反応を伺いながら『攻略』をする。私自身がそうやって揺さぶっていけば、裏で動くパートナー達から視線を逸らすこともできる。私が一番警戒されるように動いてみんなに証拠を掴んでくれるように、行方不明者の手がかりを掴んでくれるようにやってみるのもいい。
「なんとなく言いたいことが分かった気がする……ありがと」
「傲慢なくらいにぐいぐいシナリオ攻略する君が大人しいの、正直変だからね。神獣郷はゲームだ。ゲームは楽しんだもん勝ちだろ? ま、君が曇るのを喜ぶファンもいるだろうけど」
「……遊馬は違うよね?」
「どうだろうね」
「えっ、違うよね!?」
吹き出して笑い出した遊馬の机に寄って詰め寄ろうとするけど、彼は教室の時計を指さして「昼休み終わっちゃうよ。ご飯早く買ってきなよ」と指摘してくる。それに、やっば! という顔をした私は慌てて借りたお金を握りしめて教室を飛び出す。
昨夜からあった心のモヤモヤはすっかりと晴れていた。
好き勝手やってもいい。そういえばそうだった。
それなら、思いついたように二手に分かれて行動してみるのがいいかもしれない。思う存分、優しいふりして悪役してるだろうホオズキさんやヒュー、そしてレーティアを振り回してやろう。
私が目立つだけ目立って、諜報活動をするみんなの隠れ蓑になるのだ。
いつから私だけが動かなければならないと思っていたのだろうか。
みんながいるんだから、困っているときはみんなに頼ればいい。アカツキ達は側仕えとかではない。私達は対等な友達なのだから、仕事には協力してあたるのが当たり前だった。そうだった。
「……諜報向きなのってアカツキとかジンとかシズクとかの小さい子組だけじゃない?」
天然気味のオボロや甘えたのザクロ、プラちゃん、根本的に諜報向きではないシャークくんなどを思い浮かべながら私は苦笑いをした。
そして急ぎ足で購買に向かっている途中で……チャイムが鳴った。
「ああああああ〜!!」
どうりで教室に帰って行く人のほうが多いと思った。
◇
おまけ
【……】
「ああ、アカツキ。話は聞いてたよね? 頑張って」
【カア……】
「まあ、調べるのはアカツキ向きだから離れることにはなるだろうけど……もしかして心配?」
【クウ】
「保護者も大変だね……あれ、もしかして違う? えっと、君ももしかして離れるなんてこと普段ほとんどないから寂しいとか」
【……】
「なんだかんだそっくりだね。うわ、そんな嫌そうな顔しないでよ。パートナーに似てるってのは褒め言葉だって。あ、うちのアビスも話に参加したいって、遊んでやってくれる?」
【カア】
「ありがとう。あとで授業中に通信できるように京華に言っておく」
ガラッ
「おかえり、さっきチャイム鳴ったけどご飯買えた?」
「……」
「その調子じゃ買えなかったみたいだね」
「あ、あの京華! 私パン余ってるからあげるよ!」
「私も〜サンドイッチならあるよ」
「み、みんな……ありがとぉ!! どうしてさっき言ってくれなかったの!?」
「元気にキレててなによりね。はい、授業始まる前に早くお食べ」
「くっ、ごまかしがうまい」
「だって仲良くお話ししてるから入りづらくて……」
「なんだ〜そんなこと! 遊馬はほっといてどんどん話しかけてくれてよかったのに〜!」
「話してると先生来るよ」
「あーい。むぐ、むぐ」
このあと無事パンを二つほど完食した。
「というか京華、あんまり悩む癖あると詐欺に とか宗教に捕まりそうだから気をつけなよ」
「私をなんだと思ってるの!?」




