プレゼント
緋羽屋敷からノーレンの街に帰り、街中を眺めながらホオズキさんの邸宅へと急いで歩く。
結局外の山の中は軽く散策する程度ではなにも見つけることはできなかった。天楽の里みたいに幻覚で隠されていたりすることもあるかもしれないし、そう簡単にハインツさんは見つからないのかもしれない。ここは根気よく探すことにしよう。
「……うーん」
街を歩いていると、相変わらずちょいちょい喧嘩の声とかが聞こえてくるので、本当に大丈夫かな……なんて心配になるが、よその街のことだしと思って無視していく。普段だってアルカンシエルがずっと平和なわけじゃないからね。私がわざわざ首を突っ込む必要性は感じられない。普通に店へのクレームだったり、店員へ怒鳴る声だったり……いや治安悪いな? そういうのはせめて聞こえないところでやってください。怒鳴るのは論外なので。
「ふろぉぉぉす」
だけれど、そういう怒鳴り声の聞こえる方向には決まってアンダーザローズが向かっていくのも見かける。アロマセラピー的ななにかで心を落ち着かせて喧嘩を鎮静しているのかもしれない。
レキからのネタバラシがあったから想像してみる。あれも喧嘩してる猫の仲裁をする飼い主感覚……とかなのだろうか。もうしょうがないな〜、やめなさ〜い! みたいな……。
「おや、ありがとうございます」
「ふろぉす!」
薔薇を渡されて喜ぶ紳士に。
「ご恩を少しでも返したいですからね。どうですか? 聖獣様」
「ふるるぅ!」
アンダーザローズとともに薔薇を世話して水をやる女性。
「悪いことではないんですよね、全部。全部」
「クウ」
「ね、アカツキ」
「カア」
たくさんの人々が彼ら、彼女らとともに生きている姿は微笑ましい。それ自体は良いことだと思う。真実を知って、私がこうしてその関係を歪に思うのだって、私の勝手な価値観による判断だ。ペットのように可愛がられ、大切にされることについて嫌悪するのもまた違うだろう。それだけ好いてくれているということなのだから。歪だと思うのも失礼そのものかもしれない。本人達が納得しているのなら別にいいのだ。関係の構築なんてそれぞれで違うのだから。
私のアカツキ達への対応だって、私が対等な友達として扱っていると思っているだけで、実は他者から見れば猫可愛がりしているようにしか見えないのかもしれない。本人達の関係がどんなものであるかを他者が勝手に決めつけて悪いことだと糾弾することもできない。
だから、私がいくら違和感を覚えていても、アカツキ達から忠告を受けていても、彼らの暮らしかたに文句をつけるのは違う。私が気をつけることはあっても、口出しをしていけない。
私がやるべきことは、行方不明者を探すこと。
目を曇らせてはいけない。目的を履き違えてはいけない。勝手に悪と決めつけて断罪したら……それは私が悪になるということに他ならない。事実だけを追え。いくら気になったとしても、他者の関係性を己の裁量で断じてはいけない。そう心の中で呟いて余所見をやめる。
勝手な正義感で突っ走っても、それは良き方向に転がるとは限らないのだから。目的を見失ってはいけない。
ただ、疑問には思ってしまう。
「……本人が幸せなら、それでいいのでしょう」
たとえゲームの中だとしても、全員が幸福な街なんて本当に可能なのだろうか? と。だって、さっきから諍いの声がする。アンダーザローズ達が止めに行っているが、どこまでいっても、どこまで幸福に満ちていても人はそれ以上を望むものだ。
満たされれば満たされるほど人はそれ以上を望む。
際限のない幸福への欲求や探求を叶え続けてもいつかは終わりが来る。
この街の神獣達は、自分の限界を悟ったとき。あるいは自分の理想の幸福が肝心の人間から否定されたとき、どう思うのだろうか。
それだけが不安だった。
「幸福ってなんでしょうね」
そんな哲学じみたことを視聴者に投げかけながら歩んでいく。
少しばかり道を歩く足が重たくなったような気がした。
そうして邸宅に着いてからは例のお客さんの部屋へと向かう。ヒューがいればそのまま薬の材料を渡すつもりだったけど、道中では出会わなかった。もしかしたら中にいるかもしれないので、いったん部屋をノックして中を伺うことにしてみる。
「すみません、お薬の材料をお待ちしましたー」
声をかけると、中から扉が開く。ちょっとくたびれた感じのマダムが顔を出して、少ししわのある目元を緩ませてにっこりと笑った。
「いらっしゃい、私達のためにありがとう」
「いえいえ、困っている人の依頼を受けるのも共存者のつとめですからね! 元気になったお顔を見せてくれればそれで構いません」
こういう細かい依頼とかは特に報酬に期待していない。当人にもらえなくともシステム的に報酬が配られたりはするので、そこはいい人のロールプレイを重視することにしている。神獣と暮らす舞姫たるもの、優雅できちんとした人格者として振る舞いたいからね。
「あらまあ、本当にありがとうございます。どうぞ、うちの子を見てやってください」
「はい! あ、ヒューさんはいらっしゃらないですか?」
「ああ、はい。あのかたは席を外していらっしゃいます。お忙しいかたですので……もうしばらくしたら約束の時間ですのでいらっしゃるかと」
「分かりました。それじゃあ待たせてもらいますね!」
歓迎してもらえたので部屋の中で椅子に座る。ベッドですうすうと寝ている子供はまだ少し顔がほてっているように見えるけど、それも依頼品の材料を使って薬を作れば治るのだろう。ゲーム的には。
椅子に座った際、当たり前のようにジンが飛び乗ってきたのでゴロゴロと鳴らされる喉に手をやって撫でさする。足元にやってきたオボロは一瞬伏せて待とうとしたみたいだけれど、気になったのかベッドの上の子供を覗き込んだ。心配そうだ。
そうして子供を見つめていると、ふとアカツキに髪を軽く引っ張られてそちらを向く。誘導されたほうを見てみればそこにはテーブルがあって、なにやらいろんな書類が散らばっていた。
「ああ、ごめんなさい。気になりますよね? それは全部知らないゴミなので気になさらないで。あとでヒュー様が片付けてくださるというから……」
「ゴミ、ですか?」
見ればなにかの原稿のようだ。でも、とてもゴミには見えない。いろんな赤ペンが入っているのも見えるし、仕事道具かなにかに見えるのだが……女性を見つめると、首を傾げられる。
「本当に知らないものなの。不気味よね」
気味悪そうに紙束を見つめている表情は本物だ。そこに違和感を抱きながら、しかし私は「そうなんですね」と生返事するしかない。人の事情だから違和感があっても真実は分からない。この街のおかしなところに理由がある気もするが……それはもう少し調べてみないとね。
アカツキが注目するからには一応覚えておいたほうがいいものなんだろうけど……。
「シャルルゥ……」
「シズクもはい、ひんやりしてて気持ちいいね〜」
ジンばっかり撫でていたからか、シズクがお腹のほうまで降りてきて撫でろアピールをしてきたので抱え込む。可愛いやつらめ。
「くうーん」
オボロも、子供を覗き込んだあとは足元で伏せていたけど羨ましくなっちゃったらしい。私の足の間に入ってきたのでむに! っと足で挟んで覆い被さる。間に入っているお腹の下のジンとシズクが私のお腹を叩いて抗議の声を出しているのですぐに起き上がった。
そうやってみんなと戯れながら少し待っていると、唐突に扉がバーン! と開いた。
「おっまたせー!」
ヒューがおぼんにお茶を3人分持って入ってくる。狐耳と尻尾、そして翼がなければとても聖獣や神獣に見えないくらい流暢である。プレイヤーにはどう足掻いても幻影で人型を真似る子くらいしか仲間にすることはできないのにストーリーではぽんぽん出してくるんだから理不尽だよね。
アマノジャクは一応変身能力は持っているが、あの子もかなりのプレイヤーが殺到したくらいだし……需要はあるんだよね。
運営がこの世界の神みたいなものだとはいえ、ちょっとくらいは実装してくれてもいいのにね……って気持ちと、人型じゃない動物やら幻想の生き物が好きな人達。いわゆるケモナー達の最後の楽園的な立ち位置でもあるから実装はしなくてもいいよ、という気持ちで私の内心は割れている。
強さは変わらずに人間デザインと獣デザインどちらも選択可能だったら世界平和が訪れるというのに……。
なんて私が邪念に塗れたことを考えていると、ヒューは薬草やら花やらを渡すと報酬を渡してきてすぐに薬を作った。テーブルに向かってからすぐに薬が出来上がっているのはゲームだから気にしない。普段料理をマニュアルでやってるから違和感があるだけで、オートでやると本来はあんな感じだ。
母親が子に薬を飲ませてやるモーションを挟んで、喉が動いてごっくん。それだけで頬の過剰な赤みは消えていく。
「ありがとうございました。なんてお礼を言えば良いか……!」
「いーよいーよ、新しい街の仲間だからね! それじゃ、ボクはこのいらないゴミ燃やしたら帰るよー」
「はい、お願いします。不気味で……怖いですから。この子がいるところにこんな、知らない書類が置かれているだなんて」
「大丈夫だい……あ、教祖様! 入って入って!」
不安そうにしている母親を前にして笑顔で安心させようとしていた彼の耳がぴくりと動くと、三回ノックする音が響く。ヒューの言葉に扉を開けたのは、彼の言うとおりホオズキさんだった。
「こんばんは。ああ、よかった。お子様の具合も随分と良くなりましたね。ヒュー、よくやりました。そしてケイカさんもありがとうございます」
こんばんはと私も挨拶をして、隣の母親も見るからに嬉しそうな顔をして挨拶をかわす。ヒューだけは部屋に入って来た彼にすぐさま駆け寄り、その腰に抱きついた。その仕草はまるで人混みから父親をやっと見つけたときの子供のようだ。
「えへへへ〜。可愛い人間のためだからね! あ、それとねそれとね。なんか不安そうだから、ボク今夜はここにいてもいい?」
「不安? どうされましたか?」
ホオズキさんの視線が母親に向くと、ヒューがすかさずテーブルの上の書類についてを答える。彼は一瞬私にも視線を向けたが、それは少しの間のことですぐに母親のほうを向き、ヒューに抱きつかれたまま胸に手を当てて微笑んだ。
「不安は小さくとも心に巣食う負の感情のひとつです。今夜はこの子がよく眠り、よく忘れることのできるよう癒しの笛を吹いてくださるでしょう。ご安心してお眠りください」
「はい、ありがとうございます!」
彼の言葉で安心したように母親は頷き、私もそれを見届けた。慕われているなら変に勘繰って口出しするいわれはない。
「あ、それとね! 教祖様に〜プレゼント!」
「おや、ありがとうございます」
目を見開く。
ヒューがどこからともなく取り出したのは、青い羽を使った羽ペンらしきものだった。
青い羽。
ハインツさんのパートナーは青いツバメのグレイスだ。
ゲームの中なのにまるで動悸がするような錯覚に陥いる。偶然かもしれない。いいや、偶然ではないかもしれない。手がかりなのか、それともその辺で売っているだけの羽ペンなのか、それすらも判別はつかない。
私の様子がおかしいのに気付いたのか、ホオズキさんと目が合う。
「どうされました?」
「……えっと、素敵な羽ペンだったので、どこで売っているのかなあ〜なんて気になっちゃいまして!」
かろうじて出した質問にホオズキさんの視線がヒューに向く。ヒューは羽ペンを渡してからこっちを向くと、ちょっと悲しそうにした。
「ごめんなさい、おねーさん! これね、ヒューが綺麗だなーって街で拾って加工したやつだから売ってないんだ!」
「そう……ですか。それは残念ですね」
「代わりに、そいつの抜けた羽とかあったら作ってあげられるよ!」
「ありがとうございます。あとでブラッシングするのでアカツキに聞いてみますね!」
拾った。
そうか、拾ったのか。それが嘘なのか嘘じゃないのかも分からないけれど、嘘を言っているような感じではないような気もする。嘘を看破するタイプのスキルを私は持っていない。
とっさに話を合わせて、それからそそくさと「それじゃあ私は今夜はもう部屋に戻りますね」と声をかけて部屋を出ることにした。
とてもとても心臓に悪い。
グレイス……無事だといいけど。
不安を抱えつつ、どこからともなく聞こえてくる笛の旋律を聞きながらアカツキのブラッシングをするのだった。




