価値観の違い
「ああ、そういえばお水をもらい忘れましたね」
途中で話しかけられたので結局順番待ちをしていたお水は貰い損ねたのだった。なんか重要なアイテムであるなら調べてみたかったんだけど、まあそのうち関わる機会はあるだろう。
セーブポイントを更新したので、とりあえず街の散策をすることにしてみようかな。最初から疑いをかけて詰めていくのは悪手だろう。相手に変に警戒をされてしまうよりは、ただの観光客として様子を見るべきだ。それと同時に、街周辺のフィールドを少し探索してみるべきか。
そのために依頼の話は出さずに好奇心で来てみたことにしたのだから。
まずは邸宅の中を探索だ。部屋から出て歩き出してみる。すると、邸宅は貸し宿としての機能を有しているのだろうか。たまに街の人じゃない人間とも会うことに気がついた。すれ違ったり、挨拶をしたり、フローリアという名前の薔薇娘と同じ種族の子にも複数出会う。それぞれルームサービスのようなものもしているようで、アロマセラピーで泊まっている人を癒すこともできるようだ。
しばらく歩いていると、挨拶以外ができそうなNPCに出会う。お話をしたいのでお時間いただいてもよろしいでしょうか? と挨拶をしても、宿としてのお仕事をしている人だったりでやんわり断られてしまうこと三人目の出来事である。プレイヤーとかなら結構辛辣に断ったり、はたまた時間が余っているから雑談しようとしたり、そういうのは結構できるのだけど……私が有名人であることもあって。
だけど、ここのNPC相手だと私の有名税は通じないので、本当に立ち話ができる人を探すのに苦労してしまった。穏やかな日常を過ごしていそうなのに、案外忙しい人は忙しいらしい。
「こんにちは」
ちょうどバケツとタオルを持って部屋から出てきた人に話しかける。
「あら、こんにちは。お客様かしら?」
「今朝からお世話になることになりました。観光をしていくので少しお話を聞かせてもらってもいいですか?」
「いいですよ!」
教祖が近くにいないため、その場で立ち話に誘う。
成功したので少しだけ踏み入ったことを聞いてみることにした。
こういうシナリオってコミュ力がある程度ないと厳しくない? なんて思うが、どうなのだろう。やっぱりこうして話を積極的に聞きに行ったりしないと解決までに時間がかかったりするのだろうか。私はわりと話せるようになったので大丈夫だけれど。
「教祖様のことについてなんですが、ご自身のおうちに観光客を泊めていらっしゃいますでしょう? とても心の広いおかたですね」
「そうでしょう? とても優しいおかたなんです。本来、ここらは枯れた土地だったのですが、彼と神獣様が治めるようになってからはこんなにも豊かで素晴らしい街になったんです。昔は川ももっと小さかったんですよ」
「川が小さかった? それはまた不思議ですね」
「どうやら神獣様が幼くして傷つき、倒れていたせいで川が不安定だったそうなんです。それをお救いして立派に成長するまで見守っていたのが彼だったそうですよ」
「へえ、神獣……様にとっては命の恩人なんですね」
「ええ、もちろん! ヒュー様も彼に救われたそうなんです。だから、お二方はとてもホオズキ様のことをお慕いしていますわ」
ふむふむ、やっぱり教祖だからか慈悲深い的な話しか出て来ないな。
ヒューくんからはほんのりとヤンデレに近い執着心を感じているが、もしかしたら川の神レーティアのほうもその可能性があるな。それに関しては三人か揃っているときに話すなりしてみないと分からないけれど。
街の中心はやっぱり教祖だろうか。神獣も利用して金儲け……? そういう人には見えないけど、見えないだけでやってる可能性はあるからなあ。行方不明者がいる以上、怪しすぎるし。そもそも幸福を謳う宗教はろくなもんじゃないっていう偏見がある。具体的には求人広告に「アットホームな職場です」って書いてあると怪しい……くらいの偏見だ。
「ところで他の旅客とお話をすることは? たとえばそこの部屋の人とか」
「私が今出てきたところですか? それは……やめていただきたいですね。風邪を拗らせてしまっている子供が泊まっているのです。ご母堂がお戻りになっていないので、私がお世話をさせていただいているんです」
「へえ……分かりました。大変ですね。お母様はなにかの用事で出かけているのでしょうか?」
「ええ、一週間ほど」
「えっ」
一週間? それは……長すぎではないだろうか。そもそも、一週間ってそれは行方不明と言うのでは。ハインツさんもそうだし。
「あの、それは行方不明と言うのではないですか……?」
恐る恐る尋ねる。
彼女はあくまでここの住民だ。行方不明事件に関係がある場合もある。しかし、こうまで堂々と話すということは価値観そのものが違う可能性もある。
「……? ああ、一週間は確かにいつもよりも長いかもしれませんね。いつもは三日位ですけれど……安心してください。きちんと幸福になって戻ってきていらっしゃいますから。この部屋のお子様もそろそろ快方に向かっているのですよ」
やっぱり価値観が違うパターンだったか〜。
三日くらいならいつものこと? いったいなんなんだろう。
困惑していると、軽い足音がしてヒューがやってくる。
「メイド! ここの子供のお母さんが帰ってきたよ」
「あらまあ! 本当ですか? それじゃあすぐに歓迎の準備をしないといけませんね!」
「子供の風邪はまだ治ってないのか?」
「ええ、それが……まだもう少しですね」
「ふうん……風邪は気分を沈ませるし、苦痛を伴うよくないこと。帰ってきたお母さんも悲しんじゃうから早く治してあげないと」
「そうですね……どうしましょう……」
悩んでいる二人のうち、ヒューが私を見上げてその目を輝かせる。なにかを思いついた! という顔だった。
「ねえ、旅の人! すぐに風邪を治してあげられる薬を作るのに材料が足りてないんだ。ちょっと協力してもらうことってできる? ボクは教祖様が幸せならそれでいいけど、教祖様が幸せになるためには街のみんなの幸せも大事だからさ!」
「いいですよ。材料はなにを集めればいいですか?」
「ほんと!? 協力してくれる? やった! ありがとう人間!!」
お使いクエストだなあ。
まあ、ストーリーを進めるために必要ならきちんとやろう。
なにやら剣呑な表情でヒューを眺めるアカツキに気づきながらも、今はなにも言わずにクエスト受注をする。
ついでに街の外の探索をすればいいだろう。
この邸宅の中に地下とかがあってそこに行方不明者が捕まっているんじゃないかとも思っていたけれど、メイドさんも結構いっぱいいるみたいだし、それは難しそうだ。いや、なんかの儀式とかを理由に閉じ込めているのなら住民全員がそれを違和感なく受け入れていて、そもそも罪だと思っていないという可能性もある。
それもある、けれども、まずは外に行方不明者を隠す場所があるかどうかを探索するべきだ。というか行方不明者がハインツさんだけじゃないことがさらっと判明している。もっと犠牲者がいるかもしれない。街の人々に話しかけながら薬の材料を探しに行こう。
「アカツキ、あとで質問をしますね」
「……カア」
今はレキがいないからイエスノーで答えられる質問をしてなにが言いたいかを理解するべきだろう。緋羽屋敷に戻ってもいいけど……今はこっちに集中しておきたい。いつ状況が変わるか分からないし。
……ゲームだから、こっちが進めようと思わなければ進まないとは、思うけれども。




