美しき薔薇の街『ノーレン』
◆「囚われた者達」◆
※シナリオクリア後に視聴が解禁されるストーリーです
暗い洞窟の中で雫の落ちる音だけが静かに響き渡り、イバラのカゴという名の檻の中に囚われた者達は次第に目が覚めてざわつきはじめた。なぜ、こんなはずじゃなかったと。
幸福が手に入る街という触れ込みでやってきた者はハインツとグレイスだけではなく、その場にいる全員。檻を監視する者が留守にしている中、彼らがひそひそと話し合えば皆、なにか不幸ごとや忘れたいことを抱えて街を訪れた者ばかりであった。
「わたし、旦那と喧嘩したのよ。ちょっと些細なことで。だからいっそ気分転換にでもと思って軽い気持ちで来ただけなの。なのにこんなことになるだなんて」
ハインツの隣のカゴに入っている女性が困ったように話した。
「あたしにはね、共存者の証はないんだけど……友達になった子がいたの。でも、その子はネズミの聖獣だったから寿命が思っていたよりも短くて、ついこの前亡くなったのよ。それでね、いっぱい泣いていたらね、お母さんがいつまでも泣いていたらあの子が心配するよって言ったの。だから、幸せになれる場所って聞いて、なにか前を向けるきっかけになれたらいいなって思って来たの」
さらに反対隣の子供がそう話した。
「俺は……執筆に行き詰まったから、ここに来ればなにかいいアイデアが出ると思って滞在することにしたんだ。まさか原稿も持たずに缶詰されることになるだなんて……ああ、今すぐペンが欲しい!」
向かいの男は忙しなく指を動かしながら、なにか書くような素振りを見せている。しかし、その手にペンは当然のことながら存在しない。イライラで顔を真っ赤にしてしまっていた。
「わたしも仕事があるのよ。仕事に行き詰まってるのに息子が熱を出しているから気が気じゃなくて身も入らなくて……ここなら息子も静養できていいと思ったのだけど」
向かいの男の隣の檻に入っている女性が嫌そうな顔で耳を塞いだ。男が床をカリカリ引っ掻くものだから不快に思ったのだろう。彼女のそばに息子はおらず、どうしたのかと誰かが尋ねると息子は宿屋が面倒を診てくれていたからそのままだろうと答えた。
他の檻に入っている人達も似たように、些細なことがきっかけで街に訪れた者達ばかり。その中で、彼らは教祖の言う「水」を飲まずに拒否したからこうなっているらしい。
しかし、現状彼らは檻の中に囚われているため満足に食物も水分も口にしていない。この状態で水を与えられれば、すぐに口にしてしまうのは間違いなかった。誰もが眠りに落ちて、固い床で寝ていたせいで疲労感を訴えるものも多い。
幸いにも人々の身体を拘束していたツタは解かれていたが、それでトゲだらけのイバラの檻を抜け出せるわけではなかった。
「僕は炎系の術が苦手だ……こんなことなら、ちゃんと習っておけば良かったか。けど、水系と石系の術なら得意なほうだ」
ハインツは自身の犯した罪と罪悪感を一生抱えたまま生きると決めている。
聞き取りしたおかげで、彼以外には聖獣を連れている者もおらず、そして霊力が豊富な人々が存在しなかった。
「嫌なことは忘れてしまえば幸せに生きることができる……思想としては分からないでもないんだけど、僕には受け入れ難いからね」
そうして、彼は唯一拘束されたままだったグレイスを手のひらに乗せる。
「今、助けるよ」
トゲだらけのイバラのツタを素手で掴み、引きちぎり、痛みで表情を歪めながらも彼はグレイスの拘束を解くことに成功すると、その手に心配そうにすり寄る彼を乗せたまま微笑む。痛みで浮かんだ生理的な涙と汗を気にせず、そうして治癒の術を使う。イバラに囚われていた青いツバメも傷ついていたからだ。
「僕? 僕はあとで自分で治療しておくよ。大丈夫、僕は仕事のために霊力増強の補助具をたくさんつけてるから、他の皆に配るための水でも作り出すよ。霊力で宝石のコップを作ればいいし、飲み終わった後のコップはまた霊力に戻して取り込めばいい」
長々と言い訳のように並べ立てから、心配そうにするツバメの頭を指先で撫でるとハインツは安心させるように微笑みを浮かべたままにする。そして、グレイスに向かって尋ねるのだ。
「グレイス、グレイス、小さな僕のグレイス。君はなにか食べるものを少しでも取ってきてくれないかい? 助けを呼ぶのは……」
グレイスはまっすぐな瞳で彼を見た目返して静かに首を振る。少し離れるのさえも心配なのに、彼を一人置いて遠くに助けを呼びに行くことはできないという意思表示だった。
「街の人達も、さすがにこれだけの人数が行方不明になったのなら不審に思う……か。そうだよね。少し寒いけど、今はこの場を凌ぐのに尽力しようか」
こうして囚われた彼らもまた、監視のない昼間に密かに行動を始めた。
囚われてしまった、その初日のことである。
◇
「さて、来ましたね。美しき薔薇の街『ノーレン』……別名、幸福な街」
先日のゲリラ配信はかなりの好評を得た。
アップデートで発生した新たなストーリーということで期待されているのもあるだろう。ハインツとグレイス関連のストーリーは、通常だと鳥の聖獣をヤタガラスに進化させるイベントを行うか、カラスの神獣を連れているか、鳥系の神獣を連れていることで発生する限定条件の存在するものだった、らしい。
ハインツが依頼をしてくる目的がユールセレーゼを発見して赤子をその手にかけることと、依頼する相手の神獣を奪って進化しない自分の聖獣の代わりにすることだからだ。いや本当に最低な理由だし、神獣郷の世界観にしてはかなりタチの悪い性格の人だったことで印象に残っている。
一応、追憶で同じストーリーをクリアしようとする場合は「神獣に進化させた経験があり、その神獣をその場に連れている」ことを条件に受けられるようになっているらしい。若干緩まっているのは、なるべく多くの人がストーリーを見られるようにするためだろう。
そんなストーリーの悪役だったハインツが行方不明。
普通に天罰的ななにかかと思っても仕方ないと思うんだけども、どうやら本当にちゃんと更生しているらしい。自分のためにグレイスがその場で進化した経験があるから、多少はそうなるかなと思っていたけれど、まさか跡取り息子を殺された家の人が家名を捨てさせずにそのまま見守っている程度にはちゃんとしているらしい。
その代わり、家は出て現在は霊力を宝石に変えて装飾品を作る自分の店を持って暮らしていたのだとか。出張店舗をするなど移動販売をするときもあり、その旅行の帰りにユールセレーゼが守っていた子供にもお土産の品を送ったりしているらしい。思っていたよりもかなりいい人になっているみたいだ。
今回はその移動販売の過程でとある街に寄ると連絡があったあと、行方不明になっている……と。
そこが薔薇の生垣とかアーチとか、とにかく薔薇が美しいこの街……『ノーレン』であるようだ。
宗教色が強く、街全体が一人の教祖とやらを中心に纏まっているらしいが外から来る人々のことは積極的に受け入れて、この街の魅力を感じて引っ越ししてくる者も結構いるらしい。
「なにか変なところありそう? アカツキ」
「クゥ……」
肩にいるアカツキが首を振る。どうやら特に今のところは怪しいところを感じないらしい。
しかし、まあ宗教系はどのコンテンツでも手強いって決まってるからね。警戒心は持っておいたほうがいいだろう。
今回連れてきたのは街中なのでアカツキ、オボロ、シズク、ジンの古参四匹である。プラちゃんもシャークくんもザクロも小さくしてても体は結構大きいからね。レキは聖獣への聞き込みとかの通訳で必要かな……と思ったけれど、とりあえず今回はお留守番だ。聞き込みはアカツキ達がしてくれているので、あとで交代したりワープで屋敷に戻って情報共有したりするのでも問題ないと判断している。
街の中に足を踏み入れると、石造りの綺麗な街並みが目に入る。
ところどころ薔薇のアーチがあったり、生垣があったりしていて、その近くには薔薇の花を頭に乗っけたような見た目の……植物の妖精みたいな感じの見た目の聖獣がジョウロを手にして水をやっている。この街を住処にしているのだろうか。そこかしこに薔薇頭の聖獣がいる。そして、そのどの子も魔獣ではなかった。まずはひとつ、クリア。街中にいる聖獣達が魔獣にならずに暮らしているのなら、少なくとも表立ってヤバい街とかではないだろう。
「まずは宿屋を探しましょうか」
配信しているからピンチになってもコメント欄が見えているのである意味安心感はある、が、緊張ももちろんしていた。無意識にオボロの背中を撫でながら歩いて行く。ジンでさえあちらこちらをふらふらせずにぴったり足のそばについて歩いてくれているので、多分全員が緊張していた。
そうしているうちに、何度か街の人々から挨拶される。にこやかな挨拶に応えながら歩いていると、どうやら街の人々がどこかに集まっていっているようだと気がついた。
ゲーム内時間だと朝だから、ご飯でも食べに行っているのかと思ったけれど、それにしては全員向かう先は一緒だ。聖獣達までも皆ぞろぞろと向かっている光景は少々異様なものを感じてしまう。
「あの、皆さんはどちらに行かれるんですか?」
近くにいた街の人に尋ねると、彼は親切に足を止めて教えてくれる。
「朝は礼拝があるのさ。だから皆街の奥にある川の近くに集まるんです。旅のお方も同行されますか?」
「道案内いいんですか? それなら一緒に行かせてもらいますね」
街の教義かなんかなのだろう。宗教的な街だとは聞いていたけれど、まさか誰一人サボるような人が存在せず、全員が向かっているらしいとは……ちょっと驚いた。私の中だとそういうのって、行くのも行かないのも自由だから行かない人とかいそうなものなのに。海外とかだとわりとそういうものだったりするのだろうか。
そうしてついていく。
かなり広い街を縦に横断してよりいっそう大きな家が建っている場所にやってくると、皆家の近くにある川べりに立っている人を見つめていることに気がつく。
真ん中分けの長い黒髪を後ろで一つに結んでいる、赤い目の男性だ。若干華奢な印象があるけれど、背は高い。それだけだと胡散臭い雰囲気にも思えるが、大きな丸メガネをしていて優しげなタレ目をしているからか、幾分か胡散臭さが和らいでいるように見える。そのそばにはかつてのシズクのように巨大な大蛇が川から顔を覗かせて待機していた。
ゴーン、ゴーンと時計塔の鐘の音がして、教祖らしき男が喋り出す。
ゲーム内時間を確認すれば、朝8時だった。
「こんにちは、本日もこのホオズキの元にお集まりいただきありがとうございます。それでは、本日も我らが主への礼拝を捧げましょう……」
こほん、と彼がひとつ間を空け……そして、演説が始まった。
「悪い記憶、負の感情、怒り、悲しみ。それらは全て幸福の貯蔵庫を食い荒らすネズミのようなものです。そしてそれを追い出し、お救いくださるのが我らが主たるレーティア様でございます」
こちらに背を向けた彼が川から顔を出している大蛇に向かって大きく手を広げる。それだけで、彼の言うレーティア様があの大蛇だということはすぐに分かった。
「我々人間も肉体に毒素が入り込めば自然に体外へと排出されるでしょう?
心の毒素たる負の感情も同じように外に押し流してしまうことで幸福に生きることができるのです!
ほら、ご覧なさい。外には負の感情に苦しむ魔獣が存在するようですが、我が町にはそんな存在はおりません。
それも豊かな川の神獣たるレーティア様のおかげです。
わたくしはただ、皆さんの毒素を抜くお手伝いをしているだけ……さあ、今日も祈りましょう。レーティア様のありがたいお水をいただき、悪いことは全て忘れて今日を幸福に生きる感謝を!」
演説する彼はまるで大蛇の虜になったかのように甘い声でレーティア様を讃えている。確かに、彼の言う通りこの街には魔獣なんていなかったし、この街の外もほとんどいなかったように思う。
「眠れない夜には素敵な笛の音があなたを眠りに誘い、悪いネズミを連れ去っていってくださることでしょう。
さあ、幸福な生活のために美味しいお水を飲んで、食べて、よく寝て暮らしましょうね。嫌な気持ちを追い払うのに特別なことはなにも必要ありません。ただ健やかに過ごすこと。それが大事なのです。とても大事ですが、なかなかできないことでもあります。
さあ、皆様お祈りを。感謝を捧げて今日も一日幸福に暮らしましょう」
皆がいっせいに頭を下げて祈りを捧げているため、一度私も頭を下げる。
胡散臭い宗教と言えども、さすがに敬意くらいは払うべきだろう。
まあ、嫌な記憶なんて早めに忘れて過ごしたほうが幸せっていうのは間違いではないように思うし。それでも引きずるのが人間の記憶だけども。
こうして礼拝が終わると、今度は一人ずつ川に向かっていく。
どうやら川の水を汲んで帰るらしい。なにかのアイテムかな……と思って私も近づくと、ぱちっと教祖と目が合った。
「おや? 旅のかたでしょうか」
「え、ああ……はい、そんな感じです」
「そうですかそうですか! それは喜ばしい! ようこそ、美しき薔薇の街『ノーレン』へ! 宿はすでにお決まりですか?」
「いえ、これからですね」
「それなら、我が屋敷にご招待いたしましょう! 恥ずかしながら、俺はなかなか外に出る機会がありませんので、どうか旅のお話をお聞かせください!」
なんだか妙にフレンドリーだった。
手を握られてぶんぶん振られてびっくりしたけれど、横目でアカツキにアイコンタクトを送っても首を振られる。悪意はない、ということらしい。
「どうしますか? アカツキ。泊まりますか?」
今度は頷かれる。
まあ、行方不明事件を解決するなら相手の懐に飛び込んだほうがいいのは確かだろう。
「ぜひに」
「それではご案内いたしますね。俺はホオズキと申します。教祖……ということになっていますが、ただレーティア様を敬愛するだけのいち共存者です。よろしくお願いしますね」
「はい、こちらこそ。私はケイカと申します。滞在中はお世話になります」
教祖らしく洋風の格好をしているけれど、若干着崩している彼のシャツの下。鎖骨辺りに共存者の印が見えている。あえて着崩して見えるようにしているのかもしれない。
とにかく、これで事件をスムーズに追うことができるだろう。
コメント欄が『事案』で埋まっているが、大丈夫だって。私を信じなさいよ。ころっと騙されるなんてそんなことさすがにないから。私を何歳だと思ってるんだ視聴者さん達は。
そうして、教祖ホオズキの屋敷にお邪魔することになったのだった。
TRPGで宗教系シナリオやって書きたーい! になったのでいろいろと練り練りしました。要素は神話とか童話とか物語とかその辺なので現実とはなんら関係ないフィクションだよ!
というわけで、今回は視聴者クイズがございます。
期限は特にありませんが、作中でケイカが推理し終えるまでですね。
クイズ内容は以下です。
・1話に出てきていた「ヒュー」の種族を当てよう!
・大蛇「レーティア」の元ネタを当てよう!
・シナリオに混ぜられている要素から、どの物語が原典として組み込まれているかを当てよう! 2種類あるよ!
(前回の章の「山月記」みたいに)
です。
楽しんでいただけると幸いです。




