行方不明者
◆「幸福の街のプロローグ」◆
※シナリオクリア後に視聴が解禁されるストーリーです
「おや、どうして逃げてしまうのですか」
後ろで結ばれた長い黒髪が歩くたびに揺れ動く。
眼鏡の薄いガラスに覆われた鬼灯のような赤い瞳の青年は、その先に植物のツタで足を巻かれて動けなくなっている男にゆっくりと歩み寄りながら人の良い笑みを浮かべていた。
「あなただって、幸せになるためにこの街に来たのでしょう。どうして痛みの理由を手放そうとしないのですか。その記憶があなたを苦しめているのですから、そんなもの忘れてしまえばいいんです。パートナーのあなたも、どうか邪魔をしないで」
近づく青年の目の前で、足に絡んだツタをどうにか解こうとして、しかしツタが聖獣の体の一部であることに傷つけることを躊躇うような素振りを見せる彼は振り解いて逃げることができない。
笛の音が細く美しく洞窟の中に響いていく。
洞窟の中では逃げようとする青年と、追い詰める青年2人以外にも無垢に眠っている人物達が無数に倒れている。
眠気を誘う笛の音に耳を塞いで黒髪の青年を見上げるのは金髪の青年。そして、抵抗しようと飛び上がった青いツバメが同じように植物のツタで叩き落とされ、拘束される。
「グレイス! やめろ、こいつは関係ないだろうが!」
「ハインツさん。抵抗する必要はありません。わたしはあなたを幸福にしてさしあげたいのです。奇跡は起こるものですよ、さあ主に祈りを」
「違う!」
黒髪の青年の言葉に青年……ハインツが叫ぶ。
ケイカがユールセレーゼと関わった際に黒幕だった青年だ。動かすことのできる手でグレイスを抱き上げ、守るように黒髪の青年を睨んだ彼はなんとか説得できないものかと言葉を続ける。
「僕が求めていたのは人を幸福にする方法だ! 僕は忘れたりなんかしない。忘れちゃいけない。僕のやってしまったことを忘れちゃいけないんだ! 僕は贖罪のために、あいつの子を幸せに暮らさせてやらなくちゃいけない。この苦しみは僕が乗り越えなくちゃいけないことなんだ……だからっ!」
彼の言葉を聞いていないのか、黒髪の青年は美しい笑顔で胸の前で手を組んで祈る。
「主よ、この哀れな人の子をお救いください」
ずるり、ずるりと引きずるような音とともに巨体が現れる。拘束されたハインツの頭上からぴちゃりと水が滴り落ちて、彼は怯えたように頭上を見上げた。
そこには間近に迫った巨大な蛇の顔。恐怖に歪んでもなおグレイスを守るように体を丸めた彼は巨大な蛇の尻尾の先で顔を無理矢理あげられる。
そこにやってきた黒髪の青年は懐から取り出した小瓶の蓋をキュポンと開けると、彼の口元を無理矢理開けるようにしてその中に入っている液体を流し入れようとする。
「チッ、よくもまあ、こんなにも抵抗ができますね。いいです、それならば水を飲まなくても幸せになれるよう、眠ってもらうことにいたしましょう。ヒュー、笛の音を強くしていいですよ」
「はあい、教祖さま」
語尾にハートマークがついていそうなほど甘い声で返事をした狐耳と尻尾、そして翼を生やした子供が笛を吹く。
その音色を聴きながら、ハインツは重くなっていくまぶたに恐怖しながら、抗えない眠りの誘いに包まれていく。
「僕は、もう、間違え、ちゃ、いけない、んだ……」
そして、スウと眠りにつく。
彼とともに眠りについたグレイス。一人と一羽がぐるぐると植物の檻の中に入れられ運ばれていく。鬼灯の実が怪しく照らす檻の中、安らかに眠りについたその姿を愛おしそうに見つめた教祖と呼ばれた青年が笑う。
「安眠室にお連れなさい。ヒュー、明日も幸福になるための相談はいくつかありますよね」
「はあい、教祖さま。三件ほど!」
「分かりました。じゃあ、俺も眠りにつくので明日もよろしく頼むよ。はあ……丁寧に話すのも肩がこる。我らが主もどうかおやすみください。ともに寝ましょう」
巨大な蛇が彼の腰にその尾を巻きつけて持ち上げる。手を振ったヒューと呼ばれた子供はそのまま機嫌良さげにしながら笛の音を響かせ洞窟の帰りを歩く。洞窟には、倒れていたところを回収され、無数の植物の檻の中で眠る人間達の姿があった。
「やっぱりボク達の運命の人は素敵な人間だよね! だってみんなのために幸せにしてあげるんだもん!」
あるひとつの街で、新たな問題が浮上した。
しかし、誰もそのことは知らない。街の人々にとって、幸福のために嫌なことを忘れてしまうのは普通のことで、これを異常だとは考えていないから。
しかし、外部の人間が行方不明になったことで事態は大きく動くこととなる。
◇
「新たなエリアができたということで、さっそく探検しに行きたいと思うんですけど……さーて、どこから行こうかなぁ」
アプデ後、マップが広がったのでたまには別の場所にも行ってみようと思っているのだが、やっぱり迷ってしまう。
追憶の画面にも新たにシナリオ追加がされたのか、クリア後解禁のストーリー欄みたいなのが増えててかなりワクワクしている。
「アカツキはどこに行きたい?」
「クゥ」
みんなで和室の中に寝転がりながら地図を眺めて考える。
縁側から首を伸ばして覗き込むプラちゃんの影がめっちゃかかってるがそれはご愛嬌。
そうしていると、一応ついているもののあんまり活躍することのない来客を告げる電子音が響いた。
「はーい」
アカツキ達と視線を合わせてから玄関まで出迎えに行く。特に待ち合わせとか来客の予定はなかったはずだけど誰だろう? 唐突にアポなしに来る人ってなかなかいないと思うけど。ユウマだって一応メールしてくるし。
そうして玄関を開けると、明らかに警備してる人です! みたいな格好をした人がそこに立っていた。
「わ、私なにもしていませんよね!?」
思わず叫んだ。
しかし、警備の人はそれになにか反応するわけでもなく淡々と話しだす。
「ケイカさんですね。以前、ローザニア王国の事件を解決していただいた」
ローザニアってどこだっけ!?
ちょっと焦っていると、遅れてやってきたレキが「ユールセレーゼの……件のときの……国か? 赤ん坊を……引き取った……」と告げてくれたので瞬時に把握する。そういえばそんな国の名前だったね!!
「あ、はい。そのケイカです。なにかご用件ですか?」
「実は……罪を償ってから出所しているハインツさんとそのパートナーが現在、行方不明になっているのです。ご実家のほうから、ユールセレーゼの件を解決したあなたを指名して彼の足取りを追ってどうか見つけてやってほしいと」
な、なんかすごい事件が向こうからやって来ちゃった!?
「詳しくお話を聞かせてください」
「はい」
咄嗟に配信を起動してゲリラ配信を始める。
いつも唐突でごめんね……と心の中で謝りながら。
新章のはじまりはじまり
今回はケイカには推理してほしいけど、読者さんには明け透けに全部見せていくスタイルでいきます。
冒頭のプロローグはクリア後に解禁されるのでケイカはまだ見られません。話がどんな風になるのか、お楽しみに!




