元徘徊者の限界モノづくり生活
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『徘徊者』が共存者により捕縛されました!
夜道が安全になり、街の活気も戻ってきました。
新たな街やフィールドへの道も整備され、解放されていく予定です。
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ピコン! とアナウンスが流れる。
これはワールド全体に出るアナウンスだ。新しい街やフィールドに関しては恐らく次のアップデートで追加されることになるのだろうけど、またこの世界が広がると思うとワクワクしてくる。
……と言っても、まだ全部をまわったことがないんだけど。基本いつも行ってる場所で活動することが多いから、あまり新規開拓はできていない。その代わりにちょいちょい天楽の里にお布施しに行って里の開拓を進めている。もうそろそろ天楽の里は里全体が超豪華な温泉旅館くらいの規模になりつつあるんじゃないかな?
さて、突発的だった徘徊者イベントが終わったわけだけれど、現在リチョウとエンサンはアルカンシエルの街の近場にテント暮らし中だ。
……なんでテント暮らしかと言うと、エンサンからの提案である。罰も兼ねているので、共存者たる私の屋敷でお金を食い潰し、研究施設をいちから作るわけにはいかない。だから、野宿からはじめて少しの素材を利用して研究施設をまず作るところからやらせるべき! というとても厳しいご意見である。
山月記の作中ではリチョウの理解者として登場しているエンサンだが、どうやらこの世界のエンサンは尊敬していた相手にこそ落ちぶれた姿が解釈違いに映るらしく、厳しく接してかつてのように熱心な研究をしてほしいとかなんとか……。
エンサンはああ言っているが、個別になっているときにリチョウにそれが事実かどうかを尋ねたところ、適当に高尚な理由で研究をしている旨を伝えていたらしく、リチョウは元からダメなやつだったことが明らかになったりもした。
パートナーフィルターがかかっていて、さらに大袈裟に言っていたすごい研究の話のせいでエンサンの理想のリチョウ像みたいなのができてしまっているらしい。それで、いつかそんな状態に戻ってくれると信じているから、期待が大きく余計に当たりが強い。ほぼ反転アンチである。
大袈裟に嘘をついていたリチョウが悪い。全部自業自得なので反省して真面目に研究をしてほしいところだ。
ちなみに、このリチョウが研究をちゃんと進められるように手伝うミッションもあるにはある。材料集めを少しだけやってあげるとか、逆に材料を彼が集められるように護衛して見守るとか、そういうのだ。弱いわけじゃないからほとんど自分でやれるのだけれど、怠けようとすることもあるのでその監視の意味もある。
そこまでやるかどうかは不明だが、付き添いのエンサンを殺すか、魔獣に襲われるのを見殺しにして自由になろうとする可能性がゼロかというと……違うかもしれない……という信用のされなさなので。
ないとは思うがこっそり帝国からの迎えが来たり、逆に研究結果をこちらに渡さないように始末されたりしないとも限らないので、それも理由のひとつ。
「我のこの手で鎚が握れると思うのか? 手伝いたまえよ小娘」
「エンサンさんにやってもらってください。その指導もあなたのやることですよ」
本来なら二人でモノづくりをしなければいけないのを手伝ってあげているのである。歩み寄って、もしくはどうにか信用を取り戻して手先の作業をやってもらえるようになってほしい。エンサンさんはその辺頑固なので時間はかかるだろうが……と、ちょうど良いタイミングなのでこれも伝えておこう。
「ところでリチョウさん、エンサンさんの懐に入っていた謎の機械の話なんですが……」
「ぬわにっ!? 貴様らにアレが見つかってしまうことがあろうとは……くっ、我の唯一の帰還手段が……それで、転送装置がどうした?」
「転送先が海の中でした」
「は?」
「転送先が海の中でした」
「……?」
宇宙を背負ったネコチャンになってしまったので優しい顔をして、虎の彼の肩に手を添える。
「リチョウさんって泳げますか?」
力なく横に振られる首にますます私は優しい顔で彼の肩をぽんぽんと叩く。
「考えなしにあの機械を使って逃亡しようとしていたら海の中に出て泳げもしないあなたは死んでいたでしょう。あれはご自分のものですか?」
「陛下から賜った……い、いいや、そんなことがあるはずがなかろう!! そうだ! あの女だ。あの赤い女が我の転送装置に手を加えたに違いない!」
「リンデさんそんなことしないと思いますけどねぇ……手を加えるにしてもどのタイミングだって話ですし」
リチョウさんとエンサンさんが入れ替わっていたのがいつからか分からないけれど、手を加えたりすり替えるタイミングがあるとすればその前しかないわけだけど……気づかなかったとしたらそれはそれでどうなのって感じだし。
「ぐぬぬぬ、隙を見て帰還するつもりであったが希望は絶たれたか」
「リチョウ、きょうのそざいあつめ、さんけんついかしよう」
「ぬわにっ!? もう終わったではないかエンサン! まだやるのか!?」
「はんせいのいろがないからだろう」
ごもっともである。
そんなこんなで、私が通って細かいミッションをこなしていく場所がまた増えたのであった。
◇
一方その頃帝国の城では……。
「君、なんで生きてるの?」
「はい、陛下から賜った転送装置にて危機的状況を脱することに成功いたしました! 水中は陸の魔獣にとって盲点となる場所ですので、離脱をスムーズに行えたことをここにご報告いたしますわ。生還することができたのも、全て陛下の先を見通すご慧眼あってこそのもの。このリンデルシア・アルビレオ、この生涯を持って尽くす志しは常日頃から持ち合わせておりますが、ますます敬愛の念が深まりました。この命の全ては貴方様のものでございます」
冷たく響く少しの言葉に帰ってきた言葉は、情熱の乗せられた数倍の言葉の波。玉座でそれを浴びせられた少年はうんざりとした顔をして「そう、頑張って」とだけ適当につぶやいた。
死んでくれてもよかったのに、という言葉は興奮したリンデルシアには届かない。
そう、リチョウの本来所持していた転送装置はリンデが悪意で手を加えたものでもなく――紛れもなく、帝国のトップに立つ少年からの悪意そのものなのであった。
◇
「嫌である。我は水の中などには入らぬ」
「いいからいってきなさい、リチョウ」
「ぶばー!?」
バシャーンと盛大な水飛沫があがり、リチョウは強制的に泉の水底にある水草系アイテムを採集しに行く行動に出た。
我儘を言っては己のパートナーが乗り移った自分自身の身体に蹴飛ばされ、実行に移すまでなにも終わらない……そんな元研究者の簡単なものから徐々にランクアップしていく限界モノづくり生活がこうして開幕した。
これにてこの章のエピローグとさせていただきます。
次回からは新章です!




