緋翼の舞姫と白うさぎ、月下で跳ねる
「神獣纏です、アカツキ。緋色の翼をこの背に!」
「神獣纏をしましょう、こっとん。力を貸してください」
炎が私を包み込み、光がリリィを覆っていく。
二人手を繋いだままの変身は昔、幼い頃に憧れていた魔法少女の変身のようで心が踊る。
――今日はいつもと趣向を変えようか!
声を出さずにいたまま、アカツキを見れば彼の頷きが返ってくる。神獣纏の姿はイメージによって変わる。普通は最初に決めたまま変えることなんてほとんどないけれど、少しの方針変化なら変身後の姿を明確にイメージできれば問題ない。
神獣郷は理想のゲームの世界で、神獣纏は理想の絆の形だから。
ゲーム的な意味で獣化する部分の割合を増減できると言えば良いだろうか。
髪が炎にあおられて舞い上がり、ひとりでに動いた簪がくるくると巻いて完全に髪を後ろでまとめあげる。着物を着る際の最も一般的な髪のアップの仕方で、けれど簪とアカツキの抜け落ちた羽根が数枚、横に向かって開いた扇のような形で飾り付けられる。
紅色の隈取り化粧が炎に照らされて現れ、着物の裾部分が片方たくしあげられて足が露になる。
……けれど、大きく覗くことになった足は下半身の辺りから鳥類のそれへと変化して地面に鉤爪をトンと打ち付けて降り立った。着物の下から生えた翼は羽織りを押し上げ、マントのようにして力強く羽ばたく。
それと同時にリリィは本物のうさぎの耳と尻尾、そして私と同じように下半身が獣のそれへと変わった状態で地面を強く踏み締める。
私が羽ばたき、リリィが跳び上がり、手を繋いだまま空中へと躍り出た。そして空をたゆたうアカツキに合わせて片手で緋扇をパチンと開き、鮮やかに炎の円を描きながら回転する。
リリィやこっとんも途中までは手を繋いで同じ場所まで飛び跳ね、ともに空中で回転した。二人並んで円も二つ。
縁を描く瞬間は手を離したので、そのまま素早く彼女らの上まで羽ばたいた私とアカツキがそれぞれリリィとこっとんの肩を足で掴んでゆっくりと降下する。キラキラと夜空に散りながら煌々と光る炎は月にも負けないくらい綺麗だ。
そして、私達が着地する予定だった場所には『手筈通りに』大小の杵と臼が置いてあった。さっと用意してから下がったユウマがなんとも言えない顔でこちらを見ている。まるで「その演出してからやるのがこれ?」みたいなことを言いたげな……失礼な。絆を表現するのには息ぴったりな様子を見せるのが一番でしょうが!
大きな杵と臼のほうにリリィとこっとん。小さいほうに私とアカツキがさっと並ぶ。
そして、リリィが屈み、こっとんが杵を持ち、私が屈み、アカツキとレキが共同で杵を持って構えた。
――なんと臼の中にはちゃんと餅米が用意されているんですね。
『どうして?』
『そんなことある!?』
『は?』
『嘘みたいな光景』
『ユウマが用意した感じ?』
『これには魔王様も苦笑い』
『嘘つくなよ魔王様は困惑しておられる』
『信じられないだろ……こっちは安価結果じゃないんだぜ』
『手際がよすぎる。もしかして最初からこれやるつもりだったの? 魔王を呼んで目の前でやることが? 餅つき? は?』
『さっきまでの幻想的な雰囲気はどこいった???』
『あのさぁ』
『だ い な し』
『いつもの映え演出やると思ったらこれだよ』
はい、月の魔王ですし月といえばお月見。そしてうさぎも一人と一匹いますからね! 今回にぴったりな神獣纏の演舞といえばこれしかないと思いました!
『思いました! じゃねーんだわ』
『さすが俺達の舞姫。予想の斜め上を行ってくれる』
『魔王様きょとんとしてるじゃねーかついていけてねぇよ可哀想だろ!!』
テロップで出した途端にこれである。流れるわ流れるわコメントの波。すごいなこれ、目で追うのが大変だし、さすがにこれから餅つきをするのでいちいち読んでいる暇はない。そんなことしたら餅つき中に杵が手の上に降ってくるからね。人と獣の息のあった餅つきを見せるのに失敗してちゃ意味がないし、いったん目を離そう。
「な……なにを!? お前達、いったい突然、なにを馬鹿なことをしているのだ!?」
「なにって、餅つきです。魔王様はお月様みたいなものですし、お月見団子、いいでしょう?」
「は……?」
『思わずツッコミを入れるリチョウ氏(拘束済みの姿)』
『ド正論』
『俺らにも分かんないよ』
『「なにって、餅つきをしているだけだが?」』
『答えかたがなんかサイコっぽい』
『おっと? これは意外な才能が開花しちゃったか?』
『リチョウをツッコミ要員にしてやるなよ。こいつらのパーティにツッコミとして加入したら可哀想なことになるだろ! 見ろよあのユウマくんの顔!』
『うーん虚無!』
『悟りをひらいたときってきっとあんな感じなんだろうな』
『かわいそう』
『体を入れ替えて好き放題してたなんて外道だな! いいぞやれーケイカちゃん! と思ってたのに今はただただ憐れみしかない』
『リチョウ逃げて! 超逃げて!!』
『シンプルに反応に困る』
『ハーピィ形態の神獣纏に興奮していたのにそれを忘れるほどの衝撃でした。私が一瞬でも足チラを忘れるほどとは……やりますねケイカさん』
『絶対こいつストッキンだろ』
『会長! んなこと言ってる場合じゃないです!』
『俺らの会長鶏足でもイケんのか……』
『真性の足フェチってすげーな』
「よし、アカツキとレキ。行きますよ!」
「応」
「カァ〜」
ちなみにアカツキとレキは餅つきに参加するが、オボロとシズクは不参加である。杵を持てないからね。シズクならいけないこともないけど……そもそもアカツキも不参加するしかないはずだったんだけど、レキがツタで支えて翼でなんとか支えることができたから参加している。当初はシズクと神獣纏をして、大きくしたシズクが尻尾で杵を振って……と考えていたんだけど、アカツキは最初のパートナーという立場的に私と神獣纏をする役を譲れないものがあったらしい。いやいやと杵に縋りつきながら珍しく我儘を言って杵をなんとか持ち上げようとよろよろしているアカツキを、シズクが生暖かい目で見ていた練習風景(動画配信外)は記憶に新しい。
結果的に臼も杵もサイズを小さめにして負担を減らし、餅を作りやすくすることにした。
リリィとこっとんは、こっとんが見事な筋力を発揮してくれたので普通サイズの道具だ。うさぎさんの一人と一匹が餅をついている光景なんて、まさに綺麗な月夜に相応しいだろう。
「はい!」
「クァ!」
「……はい!」
「カァ!」
「……はい!」
「クルルル!」
「……はい!」
ぺったん、ぺったん、タイミングを合わせてゆっくりと餅をついていく。
ぺったん、ぺったん。わりとゆっくりめに振り下ろされる杵があまりにも可愛い。
ぺったん、ぺったん。まわりでわあわあと応援してくれているオボロとシズクも可愛い。うーん、オボロは口元のヨダレをどうにかしようか。おっ、気づいたシズクが尻尾で拭いてあげている。可愛すぎる。
ちなみに隣のリリィとこっとんはスピードがかなり早い。私達より手際が良いのはお店をやっているからでもあるのだろうか? なんかもう、無心で餅をついて、こねて、ついて、こねてを繰り返してすぐにでも餅が作れそうだ。
そうして時間が経ち……ユウマが暇を持て余して自分の子達とキャンプセットをその場で出し直してくつろぎ始めた頃。
餅が出来上がった私達はそれぞれ頑張ってこねた餅を千切って丸め、思い思いに皿に盛り合わせ、きなこや黒ゴマ。あんこなどをよこでお好みでつけられるようにしたセットをいっぱい作って魔王様の前に差し出した。
なお、魔王様もずっと浮いているのが疲れたのか、もうすでに地面に降り立ち翼を畳んでこちらを見つめていた。
「わたくしどもの舞はいかがでしたでしょうか! さあ魔王様。これはわたくしどもが作りました絆の結晶。どうかご賞味ください! お月見と洒落込みましょう!」
『いかがって言われても、なあ』
『アカツキの餅つき可愛すぎた』
『ぺち……ぺち……ぺち……』
『なお隣は』
『ゴッ! こね! ゴッ! こね! ゴッ! こね!』
『リリィ達のほうが手際良かったな』
『まあ、翼じゃこねるのもつくのも厳しいし……』
『敬語使ってるようで使えてないケイカちゃん良すぎる』
『エレガントヤンキー隠せてないぞ〜』
『これなんのための作業だっけ? おやつ?』
『魔王様に認めてもらえるかもらえないかの瀬戸際ダゾ』
やかましいコメント欄は置いといて……沈黙を守っていた魔王様が行動する前に、隣に控えていたエンサンがひょいっと団子をひとつ摘み口に入れる。
「……ふむ、もんだいございません」
「そうですか」
あっ、もしや毒見?
目の前で作ってたのに……いや、餅は持ち込みだから毒見はあったほうがいいのか。ふーん、なるほど。多少悲しくはあるけど、高貴な神獣だし警戒するのは当然のことではあるよね。
魔王様はエンサンの言葉にしばらく考え込むようにしてからそっと顔を下げる。大きなクチバシで小さなひとつの団子をつまみ、白い素の団子が飲み込まれていく。
「……」
自然と息を飲んで見守った。
「…………」
ごくり、と飲み込む自身の音が聞こえる気がする。
「………………」
さあ、どうですか! 美味しかったですか!?
「あ、もしかしてひとつじゃ味は分かんないですかね。どうぞそこに盛られてるお団子は全部いっちゃってください! 魔王様の分ですので!」
「……………………」
『コメントに困ってらっしゃるだろ!! やめてさしあげろ!!』
『陽キャにぐいぐい来られるコミュ障の気持ち考えてみろよぉ!!!』
あ、それはごめんなさい。
私もそれ苦手だしな……。




