※一度やってみたかったが正解です
もごもご、もごもごと口を動かしながら巨大なアビスがまずいものをずっと口に含んだまま飲み込めないような顔でこちらを見てきている。
なんだかそのまま拘束状態にしているのは可哀想だったのでユウマを見ると、首を振られた。この状態でいったん拘束を続行するつもりらしい。微妙な顔をしたアビスが高めの鼻声できゅ〜ん、きゅ〜んと鳴き出す。と同時にアビスの口の中からバチバチと電撃が発生するが、目を丸くしたアビスは逆に興奮して口の中で含んだものをコロコロと転がし始めたらしい。はじめてパチパチする炭酸系お菓子を食べた子供みたいな顔だ。可愛いからいっか〜。もともとあらゆる攻撃に対してかなり強い防御型というのかな? そういう感じだったけど、さらに雷属性耐性でもつけてるのかな。
「第二形態とかあると思います?」
「……なかったら雑魚すぎるような」
「辛辣で草」
ゲーマーにこう言われるとは、リチョウさんったら愛すべき中ボスクラスかもしれない。じゃあ大ボスがあるのか? っていうと違う気がするが。
リリィは心配そうにアビスのことを見上げている。
想定していたのはリチョウを捕まえれば月の魔王を召喚するか、心配して駆けつけてくるくらいのことはあるだろうと思っていたのに未だそれがないことかな。月の魔王がいなければ今回の解決にはならない。あちらの陣営にリチョウが存在して、お門違いな正義を振りまくのが問題になっているのだ。これ以上リチョウが悪さをしていても月の魔王の人間に対する心象が最終的に悪化するだけで終わってしまう。リチョウのことを早めに伝えないとその悪化具合は更に増していくことになるだろうし……。
「んー、これ以上の解決策が思いつかないですね……あんまり視聴者さんをお待たせするわけにも、いけないでしょうし。え? いつもグダグダしてる? そ、そんなことはナイデスヨー……んじゃ、安価でもしますか!」
「は?」
真っ先に目に入ったコメントは『正気か?』だった。
次々に視界に入ってくるのはユウマと同じく『は?』という反応。リリィだけは安価ってなんですか? と疑問符でいっぱいのお顔で首を傾げていて大変可愛らしい……というのは置いといて、安価についてである。
本来ならちゃんねる掲示板などで行う、指定された未来のレス番号で記載されたことを実行する、みたいなちゃんねる系伝統芸である。スレ主が「次に行く街どこがいい?」などのお題を出し、未来の番号を指定。その番号に近くなってきたら他の人達でそのお題に沿った回答を書いていき、指定された番号を当てた人の案が『絶対に』実行されるというものだ。どんなにふざけた回答でも安価は絶対というルールがあるのでやらなければならないという遊びだね。
今なら「拘束しているリチョウを今後どうする?」または「魔王を呼び出す方法」といった具合だろうか。ちゃんねるじゃなくてコメント欄でやるのでコメントランダム選出のモードでも入れればいいかな。ちょっちゃと設定して〜。
「お題は『魔王を呼び出す方法』でいきましょう。コメントルーレットちゃんを入れたので、ハッシュタグ『#魔王ちゃれんじ』をコメントに入れてからご回答ください。集計は今から十分間です」
『アビスちゃん可哀想で草』
『よくやるわ』
『なんで安価?』
『めんどくさくなったに一票』
『じゃあ俺は一度やってみたかったに一生』
『人生を捧げるな』
『誤字ぐらいいいだろ!!』
『とんでもない誤字してるやついて草』
『案外本気かもしれん』
『十分か〜、その間どうする?』
『リチョウばりばり怒ってるんだけど』
後ろを振り返ると困った顔をしたアビスの口の中で電撃がばりばり。
うーーん、でもさすがにアビスに可哀想か……別にリチョウがヨダレだらけになってても私は構わないけれど、アビスはユウマのとこの子だもんな……。
「拘束できそうなものって他にありましたっけ?」
「レキがいるんだから、最初の予定通りぐるぐる巻きにして氷の檻に入れておくとか」
「私達が密猟者みたいじゃありませんか?」
「いや犯罪者を捕まえるために来てるんだから合法」
「そうかなあ……」
ちなみに「一度やってみたかった」が正解です。
レキが微妙な顔でこちらを見上げてくる。目を閉じているのでいつものお爺ちゃん顔なのは変わらないが、絶対なにか言いたげだ。多分唾液まみれの虎を捕まえるためにぐるぐる巻きにすることについてちょっと抗議しようかどうか悩んでいる顔だろう。お爺ちゃんにこういう顔をされるとちょっと私的にはつらい。
「アビスに水槽の中に吐き出してもらって、全身丸洗いしてから拘束しますか?」
「そもそも拘束だと引きちぎられたりしないかが心配だな。レキだけに負担させるわけにもいかないし」
「わたしも協力します。ツタならうちの子も操作できますから」
「それなら拘束して水槽の中で洗浄。穴を開けて水を抜いてから氷で修復して檻の中にぽい、ですかね?」
「そうだねえ」
『俺らの安価よりヤバい提案をするな』
『それって、水攻めって、コト!?』
あーあー、聞こえなーい。
さて、とういことは最初の罠と同じく水球を作って外側だけ凍らせ、上に空いている穴からツタで拘束したリチョウをドボンして洗浄。拘束状態のまま水槽に穴を作って水を抜き、足がつくくらいになったら穴を塞いで上部の穴もツタを切り離して拘束したリチョウを閉じ込めてから塞ぐ、と。空気穴は作るけど、氷はかなり分厚くして体当たり程度では壊れないようにすればよしと。
だいぶなんかこう……いや、なにも言うまい。
『虎は泳げるしいけるいける』
『中身推定おじさんな人間なんだよなあ』
『人間だったらなおさら泳げるだろぉ!?』
『研究者って運動できると思う? このプライドエベレストなリチョウが???』
『うーーーーん、泳げなさそう(偏見)』
『泳げないだろ』
『無理そう』
『溺れてるみたいな動きしそう』
『虎ならともかくリチョウは無理』
『でも泳げないこと認めなさそうwww』
『虎の身体に慣れぬだけだ! 普段なら泳げるわ!! 我を舐めるのでないぞ小娘!! とか言いそう』
『言いそ〜』
散々な言われようだが私も泳げないに一票。
『というか、これってあまりにもやってることがアレすぎてワンチャン魔王に見られたらこっちが悪者になる気がするんだが』
『やってることが悪役すぎる』
……確かに!!
閉じ込め案は罰になったので、結局唾液まみれのままレキとリリィのクワックベリーこともっさ君にツタで拘束してもらうことにした。二匹とも嫌そうな顔はしているが、さっきまでの提案があんまりにもあんまりだったせいか、今度はどちらかというとリチョウに対する憐憫のほうが勝ってそうな感じがする。
「それじゃあいきますよ、ユウマ」
「ん、アビス。解放してあげて」
「てぃ〜・りり!!」
でろん、と真っ黒な深淵の中から真っ赤な舌が伸ばされる。その上に乗せられた一匹の虎は今まさに死の淵にいるような様相でぴくぴくと体を痙攣させながら分厚い舌の上で倒れたまま動かない。そのまま舌を引っ込められて巨大な怪物の晩餐か生贄にでもされそうな絵面である。えっ、というか大丈夫これ???
「逃げ場のない口の中で雷の大放出をしたせいか、自分で麻痺してるみたいだね。あと、ついでに多分SP切れかな」
「ええ……」
アビスはちょっと悲しそうな顔でリチョウを落っことすと、自分の舌を前足で押さえた。きゅーんきゅーんと火傷したらしきあとをユウマに見せて治療されている。
落っことされたリチョウはどうにかレキ達がキャッチしてくれたが、拘束するむでもなくなんかノックアウト済みっていうか、自滅済みっていうか……まあ、拘束はしつつ、回復もさせてあげるか。しょうがないし、このままじゃこう……。
「魔王様に誤解されてしまわないように回復しませんと」
『スリーアウトすぎる』
『一見したらお前らが犯罪者』
『後ろめたく思ってる時点でアウト』
やっぱりそうですよね?
まだ一応安価の集計時間もあるし、お茶するついでに回復用のお菓子作って食べさせるか……。
『証拠隠滅を計り始めててもっとだめ』
『この状態で魔王呼び出しの方法を!?』
『もうこのまま月の光の下にでも捧げとけば駆けつけてくるんじゃね? (鼻ほじ)』
『集計する意味ある???』
まあ、こっちには天下の太陽の神獣に認められたっていう証拠もあるわけだし、神獣纏っていう絆を見せつける手段もあるわけだし、リチョウが危険だったから捕獲せざるをえなかったという事情をくんでくれることを祈ろう。タブン、ダイジョウブ。
『#魔王を呼び出す方法 自称臣下をボロ雑巾にして放置する』
『#魔王を呼び出す方法 魔王様! 廃品回収しに来てください! と叫ぶ』
『最悪すぎる』
『#魔王を呼び出す方法 焚き火を作って丸焼きにする準備をして脅す。魔王様ー! 早く来ないと臣下を食べちゃいますよ!!』
『#魔王を呼び出す方法 リチョウ自身に呼ばせる』
『ランダムにコメント拾うやつ、お願いだからまともなやつを拾ってくれ……俺のケイカちゃんが犯罪者になる』
『ああん? 誰がてめーのだ』
『喧嘩はやめろ、ここは私のってことで』
『は?』
『どうどう落ち着け、ここはユウマくんのものってことで』
『あ?』
「僕を巻き込むのやめろよ!!」
なんかまたくだらない争いしてる。
私は私のものです。さて、十分経つ前にリチョウの意識を復活させておかないとね……。
そうして私は、コメントを横目に体力回復と気絶状態解除の食品を使った料理を作り始めるのだった。
コメント達と元気にレスバをしてるユウマを見ながら、なにをしてるんだろう? と首を傾げつつ手伝ってくれるリリィちゃんは天使です。コメント見えないだろうから、それこそユウマがなにと言い争いをしているのかも分からないのに変な人だと思わないあたりが本当にいい子すぎる。リリィちゃんには好物も作ってあげるからね。
「リリィちゃんの好物も作ろうね」
「本当ですか!? それなら、皆さんをモチーフにしたクッキーが焼きたいですわ!」
「天使すぎる。もちろんいいですよ、いっぱい作りましょうね」
こんなに可愛い子に勘違い天罰を理由に襲撃してくるとか見た目が虎じゃなかったらもっと許されない所業だったぞリチョウ氏。自分の見た目が虎でよかったね。私、その状態だとちょっと絆されそうだから……元々空回りするヴィラン好きだもんね……。
気絶回復効果をつけた骨つき肉型クッキーを虎の口に無理矢理ねじ込み、私は若干しっとりとしたその毛並みを思う存分まさぐった。これも虎のときにしかできないことだし……と言い訳しながら。唾液でしっとりより、じっとりかもしれない。このおっきい猫ちゃん丸洗いしてふあっふあにドライヤーして仕上げたいな……欲望が……。
『#魔王を呼び出す方法 汚い虎を見つけたので虐待してみた(いじめる×手厚く歓迎する⚪︎)』
随分お待たせしました!!
安価の決定についてですが、一応ラストので決まっています。ですが、こちらのコメント欄ではなくTwitter(X)の私、時雨オオカミ宛に「@shigureookami」のメンションと「#魔王を呼び出す方法」のタグをつけて投稿していただければランダムでいくつか次回の賑やかしコメントとして流れる可能性があります。
いつもの視聴者参加型企画ですね!
お一人で何回でも投稿して構いませんが、通知を荒らさないよう、複数提案がある場合はひとつのタグにつき3個ほどの回答を投稿するようにお願いします。あくまで賑やかしになるので選ばれるかどうかは確定ではありません。大喜利みたいな感じでもあるので、面白そうなものは流すかも?
というわけで、期限は一週間ほど。
一応この章とリチョウの今後は決まっておりますので、あとは執筆時間をなんとかとって続きを書くことを頑張りますね。
次回もお楽しみに!




