もしかして: 短絡的
異変が起きたのは、ちょうどリリィのパーティがレベル50を超えた頃である。
雷鳴。
リリィの短い悲鳴があがり、とっさに庇いに前へ出る。一瞬目を焼くような閃光が起こり、遅れて轟音が響いた。
場所は少し開けていたが、森の中だったのが幸いか私達に雷の影響はないようだった。ゲームの中だからそもそも雷にダメージ判定はあっても死ぬことはないだろうけど、目の前で落ちるとやはり怖い。しかし、雷雲なんてあったか? と疑問に思って舞い上がった粉塵の中を凝視する。バリバリバリと雷が落ちた樹木が縦に割れてゆっくりと倒れていき、半分になった幹を踏みつけにするように真っ白な獣が現れる。
ぐるるると獰猛な肉食獣の唸り声をあげながら雷を迸らせているのは、もちろんリチョウだ。リチョウという名の元人間。リンデのストーリーを見た限り、帝国の研究者だったらしい人。
「悪は滅びねばならぬ、神の裁きを持ってして。しからば神の遣いである我がこの爪と牙を持って貴様の罪を清算してやろう」
もっともらしく、大仰に、それでいて偉そうに顎を斜めに傾けて話し始めたリチョウがバキバキと樹木をへし折りながら地面に降り立つ。……かなり重いのかな、と関係ない感想が頭の中に過ったが私は顔に出さず自分の連れているメンバーを見た。
今日はリリィといるのは変わらず。ユウマも来ており、私の側はアカツキ、シズク、オボロ、レキ。なんとなく考えていた作戦をとるには植物を操れるメンバーが、特にプラちゃんが欲しかったがアカツキは固定だから仕方ないとして……リリィの連れている子達にも協力してもらえれば問題なく作戦は遂行できるだろう。ユウマが連れてる子だとアビスが液体操作系のスキルを覚えられるらしいので水流操作も一時的に覚えてきてもらっている。ここ数日の合宿……みたいな囮作戦を共にしていることでかなり連携も取れるようになっているし、私も足りなさそうな分として水を凍らせることに特化させたスキルを入れているから、作戦に必要な要素的にもきっと大丈夫!
「彼女の罪はもう許されました、それは太陽の神獣さえも認めることです。あなたの勝手な価値観のみでの評定はあてになりません。裁定に私情を入れるなんて言語道断なことですよ。少しは法というものを学んではいかがですか?」
この世界の法律とか、そんな詳しい設定あるかなんて知らないけど……まあ、多分リアルのモラルには従っているだろう。普通は公平な場で私情を挟むのはNGだ。
「貴様ぁ!」
確かに煽ったけど今のでキレるとかマジ? って心情です。
リリィとの交流配信からずっとライブ配信しっぱなしだから、ようやく事態が動いたことにコメントも増えてきている。さてさて、視聴者がいっぱい来てるなら格好良く! 華麗に! 舞姫らしく! 『徘徊者』もとい、リチョウ攻略をしてみせましょうかね!
私はオボロに、ユウマはパトリシアに。そしてリリィは騎乗スキルを頑張って習得したがおがおさんに乗ってその場から散開した。まずは第一の目的。狙いを見定めることから。まあ予想はついてるんだけど。
……リチョウは迷いなく私に向かって突進してきた。
いや、予想がついてるとか言ったけどこれは予想外かな!?
てっきり私なんか無視してメインターゲットのリリィに向かっていくと思っていたんだけど……そんなことはなかったみたい。ド失礼な感想だけど、もしかしてこの人かなり短絡的?
なんか天罰を与える神の執行者的なロールプレイして楽しんでいるところに悪いが、リチョウって厨二病でも患ってらっしゃる……? いや、リンデさんのストーリー見て承認欲求拗らせてるだけなのは分かってるんだけどさ。だからといって優しい神様の元で勝手に自分を正義だとか言いながら襲撃し続けるのはこう……痛い。心が。うっ、これが……共感性羞恥……ってやつ!?
コメントで総ツッコミされてるけど、実際に似たようなことはやらかしたことはありません。なんか……こう、いや、辛くなってきたからこの話はやめよう。リチョウは研究者肌らしいのになんか、アホの子だとでも思っておこうか。頭の良さと情緒が釣り合ってない……って感じなんだろうか。
オボロに乗りながら後ろを振り返る。
早い。
けど、ライジュウよりは早くはない!
ライジュウとも似た虎の聖獣となっているが、なんとなく走りがオボロのそれとは違う。虎と狼だから違うのかもとも思ったけど、そういう感じでもない。オボロが走りながら氷の塊を作ったり、私も炎の粉を風に乗せてまいたりしながら妨害しているが、リチョウはそれらを全て避ける素振りもなく足で踏み越えて砕いたり、噛みついて炎を散らせたり、とにかく一直線に向かってくる。
ときおり初対面のときのように月の光に紛れて姿を消してしまうこともあるけど、結局一直線にこちらに向かってくるからあまり意味があるとは思えない。
避けないんじゃない。多分、避けられないんだ、あれは。
だって氷を踏み砕けばそれだけスピードが落ちるし、炎の粉はしっかりとダメージになっているようで顔を歪めている。
彼は元人間だ。どうやって聖獣の体を手に入れたのかは分からないが、あれを見れば分かる。
彼は、聖獣の身体を使いこなせていないんだ。
「……なら、いろいろとやれることはありますね。でも、まずは最初に考えてた作戦で行きましょう」
騎士よろしくリリィのそばで待機しているユウマに向けてハンドサインを向ける。もしかしたらこちらの動きが早くて見えない可能性もあったが、ユウマなら多分大丈夫。
「ほーらほら! 追いかけっこは苦手なんですか? 正義の執行者ならもっと圧倒的な恐怖でもって悪をねじ伏せるものですよ! それじゃあ可愛いただの猫ちゃんですね? 猫じゃらしでも用意しましょうか?」
「グルルルルガァァァァァッ!」
リチョウがキレて吠える。
初対面時の厄介そうなイメージは、この邂逅ですっかりと覆されてしまった。
視界の端でユウマが走り出した。彼の懐には地面に置いてきたレキがいる。
私と一緒に飛んでいるアカツキは火の粉を撒き散らしながらリチョウの減速を行い、そして私は計画通り……いや、計画よりもゆっくりと、リチョウがついてこれるようにフィールドを回って最終的にリリィの元へと走る。リリィ自身は身を守ることさえできればいい。だからがおがおくんにお願いしてあるのはひとつだけ。
「リリィ!」
「はい、準備できています!」
リリィの懐で「しゅるるる」とシズクが頷いた。
一直線にリリィの元へ駆け寄り、そして追いついてきたリチョウが大ジャンプで踏み込んだ。
と、同時にリリィや私も大ジャンプをする。
視線を向けると、先に周囲へレキのツタで罠を仕掛けてくれていたユウマが見えた。私達が飛び退いたところにリチョウが飛び込んでいき、周囲からはツタでできた籠が一気に真ん中へ向けて収束する。そして、リリィの腕の中にいたシズクが宝石を光らせて水流操作を行って丸く収束してきたツタの隙間に水の壁を張り巡らせていく。そしてオボロの一声で地面から順に水の壁もろともツタの籠が凍りついていき、いける! と思った次の瞬間――リチョウは咆哮した。
雷が地面に向けて放たれ、無理矢理体勢を変えた彼が飛び上がると、その眼下で籠が完全に凍りついて閉じられる。
リンデさんのストーリーを見て思いついた閉じ込め作戦は、失敗だった。
飛び退いたあとにその場から速やかに離れた私達は、籠の上に立って高らかに笑っているリチョウを見つめる。明らかに馬鹿にして大笑いをしていた彼は、そうしてひとしきり笑い終えるとこちらを鋭く睨みつけて、最後にわざとらしく鼻で笑った。
「ふんっ、我が同じ轍を踏むわけがなかろうが! 偉大なる研究者たる頭脳を持った! 我が! 貴様らの策は工程が多すぎて致命的に遅すぎる。残念だったな小娘どもよ!」
うん、まあそこは欠点だなとは思ってたけど、すごく焦ってたうえにもうちょっとで捕まりそうだったあなたに言われてもなあ……って感じもする。言わないけど。だって私優しくて心遣いのできる舞姫なんで!
ドヤ顔をするリチョウがツタと氷でできた美しい籠を踏み壊し、盛大に落ちて慌てて体勢を立て直してるところから作戦は振り出しに戻るのだった。




