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【漫画単行本4巻発売中】神獣郷オンライン!〜『器用値極振り』で聖獣と共に『不殺』で優しい魅せプレイを『配信』します!〜  作者: 時雨オオカミ
『秩序の獣は月見て吠える』

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フレーバームービー『糸の舞踏』

 ◇


 映像は夜。

 月が煌々と主張する中、赤色と白色が交差する。


 いつもよりもさらに派手な赤色のドレスを着たリンデルシアは一切その場を動かず、ムチを振るっては赤色の残像を残して空間を引き裂いた。


 薔薇の花を逆さにしたようなふんわりとした動きづらそうなドレスだ。背中が大胆に開いて、しかしドレスの隙間から長い足と高いヒールが覗いている。

 まるで舞踏会にでも出るのかというドレスはしかし、彼女のムチさばきの邪魔にはならない。いや、動きづらいドレスでさえなお、華麗に動くことのできる彼女がすごいのかもしれない。


 無数に張り巡らされた糸の間を潜りながら白い毛並みの『徘徊者』が跳ね回り、赤い残像を残すムチの攻撃をなんとか回避する。


 おどろおどろしい紫色の炎を所持しているカンテラから断続的に出現させ、虎の行く先を狭めるようにしているのは2号ちゃんだ。ときおり糸に着火させて紫色の炎が走るように虎に向かい、焼き切れたものを操作した1号ちゃんが主人と同様にムチとして振るう。新たに繋ぎ直された糸の包囲網は時間を経るごとに切れ、新たに繋ぎ直されることで形を次々と変えていく。


 一歩も動かないでいる彼女はその美貌に薄らとした笑みを浮かべ、ただ楽しそうにその場で体勢を変えながら虎を狙う。相手は捕食者の虎であるというのに、さながら彼女は狩人のようにムチを狙いすまし、ときおり太ももに装着してある銃を抜いては銃撃を交えて虎の息の根を止めようと動いていた。


 赤いドレスがひらひらとひるがえる。

 激しい動きにかかわらず、その場でくるくるとダンスでもしているかのようにリンデルシアは息ひとつ乱さず虎を翻弄していた。動かずに踊り続けるのは必ず彼女を狙いに行く攻撃をすると分かっているからだろうか。

 どこか聞き覚えのあるクラシックのアレンジが常に鳴り響き、危険な舞踏を強制的に続けようとするリンデルシアに、虎は苛立ったように尻尾を地面に打ち付ける。


 虎が飽きて他所に行こうとする素振りを見せれば、その度に拡大した糸の包囲網が縮小して彼を捕らえにかかる。糸に接着することはないが、どんどん増やされる毒蜘蛛の巣の中に囚われた虎は退路を絶たれて低い唸り声をあげた。


 とうとう彼女達を包み込むように張り巡らされた糸は繭玉のように積み重なり、一定の広さが保たれた閉鎖的な戦闘フィールド……いや、舞踏場が完成する。月明かりさえさえぎったそのフィールドに、一度足を止めた虎が周囲を見渡し忌々しげに吠えた。

 クラシックアレンジがそこで終焉を迎え、辺りは静かになる。


「面倒なことをする」


 男性の声でつぶやいたその言葉に、リンデルシアはますます笑みを深めてムチをくるりと手の内に戻した。


「だって、そうしなければあなたは逃げるじゃない。そうでしょう? 意地っ張りなリチョウ」


 話しかけたリンデルシアの言葉に虎は動揺したように大きな体躯を揺らして後退りをする。


「いかにも、我はリチョウである。しかしなぜお前が分かるのだ? 我の姿は完璧にケモノとなったはずだ」


 繭のフィールドの中ではお互い逃げられず、他に話を聞くものもいないと思っているからだろうか。疑問を投げかける彼にリンデルシアは高らかに哄笑した。


「あっはははは! 嫌だわ、リチョウ! だってわたくし達、同じときにお城に入ったお友達だったじゃない! あなたのその声を聞いて分からないわけがないわ!」


 心の底から馬鹿にしたような、鼻で笑いながら吐き捨てられる言葉に虎は苛立ったように尾を打ち付ける。バチバチと電撃が地面を這い回り、一直線にリンデルシアまで向かっていったが、その電撃は彼女が高いヒールを地面に打ち付けることでバチンッと音を立てて消し飛ばされる。映像の中で舐めるようにフォーカスされた足元のヒールには、どうやら1号ちゃんの糸がおしゃれに巻きつけられていたようだ。もしかしたら絶縁体にでもなっているのかもしれない。


「くだらない研究にお熱になっている間に、わたくしがあなたよりも上の立場になってしまったから逃げ出したかったのでしょう? わたくしのこと、と〜っても見下していましたものね!」

「我はただ、己を評価する者にのみこうべを垂れるだけだ。我は才ある者故に!」

「だからって、見下していたケモノにも尻尾を振る猫ちゃんになるの? おかしいわね! 猛獣使い(わたくし)を見返したかったあなたが可愛いケモノになっちゃうだなんてね? 本末転倒ってものじゃないかしら? あ〜おかしい! 笑っちゃうわね!」


 リチョウの言葉にならない怒りは人の言葉を成さず、獣の吠え声となって響いた。


 お話の中のリチョウは一匹のケモノとなってから後悔をしていたが、どうやら彼は違うようだ。傲慢なケモノとなったあとも、己が正義だと信じて疑わない彼は牙をカチカチと鳴らしながら今にもリンデルシアの首筋を嚙み切りに行きたいとばかりに足踏みをする。


「まったく、なにをしているのかと様子を見に来てみれば。これでは見込みはなさそうね。逃がしてあげるから、さっさとお逃げなさい? 可愛い子猫ちゃん」

「グルルルルッ、ガァッ!!」


 リンデルシアの隣に待機していた1号ちゃんが糸を引けば、彼の真後ろの包囲網がほどかれて出口が現れる。しかし、電撃を身に纏ったリチョウは怒りに我を忘れたように彼女へひと息で飛び跳ねて行った。

 彼女がムチを手に持って納めているのを目視したうえでの電撃を利用した神速の攻撃だったが、彼の行動を予想していたらしいリンデルシアが楽しげに笑ってそれよりも早くムチを下から突き上げるように振るった。


「ガァッ!!」


 目元をムチで引き裂かれ、彼の纏っていた電撃が飛散する。

 飛び散った攻撃は1号ちゃんが糸の盾を作ったことにより、リンデルシアに一筋たりとも傷つけることなく消えていった。


「臆病な猫ちゃん、お逃げなさい。せいぜい上手く騙して甘い汁を吸わせてもらいなさいな。うふふ、手ひどく捨てられないといいわね」


 目元に傷跡をつけられ、血をだらだらと流した一匹の虎が出口まで吹っ飛ばされていく。そして、月明かりの下に転がり出た彼は月光の柱に照らされると、その場から消えてしまった。ワープのエフェクトが出ていたため、月の魔王の元へ帰還させられたのだろう。


 繭の中での出来事を魔王が知ることはない。


 ◇


 ――しかし、プレイヤーには開示されてしまう。



 ストッキンさんに取得したフレーバームービーを見せてもらって、私は無事にドン引きした。


「リンデさんの今回の衣装、薔薇みたいなふんわりドレスで素敵だったのは嬉しいんですけどねぇ。あ、あとこの曲どっかで聞いたことがあるような気がするんですけど、ストッキンさん分かりますか?」


 私が尋ねると、ストッキンさんはある動画を再生する。それは音楽の教科書に載っているような有名なクラシックまとめ動画のひとつである。やっぱりクラシックの一種だったみたいだ。


 確かにこれだ。ゲームアレンジされていたけれど、曲調はそんなに変わらない。少しおどろおどろしく、最初は不協和音ではじまる曲。


 タイトルは……死の舞踏。


 なるほど、フレーバームービーのタイトル名が糸の舞踏だった理由がはっきりした。私、最初はこのタイトルのこと「いとのぶとう」って読んだけど違ったんだね。


「あの、ところでこの映像。私も所得できたりとか……」

「追憶してくればいいんじゃないでしょうか? 条件は夜に追憶することですが」


 私はそれを聞いてひじょうにしょっぱい顔をした。

 だって、ねえ? 


「明日の夜も用事があるって分かっていて言ってますか? それ」

「なら、しばらく我慢するしかないですねぇ」


 経緯の詳細はまさかのフレーバームービーから分かったが、彼をどうにかしないといけないのは確かだ。この場合、彼の思惑を月の魔王にも理解させることが大事なのだろうか……月の魔王が利用されてると知ったら、太陽の神獣はお怒りになるだろう。


 リチョウが人を殺してしまう前に対処しなければ、彼を見守っているらしい月の魔王にも取り返しのつかない罪と傷がついてしまう。そうなる前に解決するのが理想だ。


 山月記のリチョウはいつのまにかウサギを食い殺してしまっていたらしい。なら、やっぱり心配なのはリリィということになるけど、少々考えが飛躍しすぎだろうか?


 ま、なにはともあれ明日から囮作戦、頑張ろう! 


「ところでリンデさんめちゃくちゃカッコよかったですよね!? 敵ながら優雅で華麗で、あんな大人の余裕を持って舞いたいですね〜私も!」

「ケイカさんはそのままでいいと思いますよ」

「なんですかその目!?」


 生暖かく見守る保護者の視線を受けて、私は盛大に抗議の声をあげるのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] ああ。 「その声、我が友李徴(子)ではないか」 がひとり歩きして、ネタ化してタイトルが忘れられている事も多い山月記か。
[良い点] リンデさんのバチバチ悪役ムーヴ ケイカさん限界化してそう、する。
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