囮作戦開始の前夜
「ええと、今日はここで囮作戦をやろうと思います」
太陽の神獣の元に行ってから、さらに日を改めた夜。
やってきたのは比較的街に近いが、夜景が拝めるくらいの森の手前……といった場所だ。リリィに囮をやってもらえることは決定したが、はじめから一人にするのはそれはそれで心配なため、この辺りで一度キャンプをして野営に慣れてもらおうとういうことで私達もキャンプの用意をしている。
「わたしは、毎日この辺りに来て夜を過ごせばいいのですよね?」
「そうそう! リリィがなにか探したいものとかがあるのなら、それを探しに遠出するのもいいですよ。私達もついていくので!」
「なるほど……それなら、自家栽培しているベリー系も増えてきたので、土が欲しいです。うちの子がもっといい土が欲しいとおねだりしてきたので叶えてあげたくて……」
「ああ、前に捕まえにいった子ですよね?」
クワックベリーという種族の子だ。トサカのように植物がわっさわっさと生えていて、そこに実るベリーがとってもレアなアヒルさん。そういえば結局ニックネームは聞いてない気がする。いつも店内にいるのってこっとんとリリィだけだからなあ……。
私が関わってスカウトは成功しているものの、公式で決まっている彼女のパートナーはウサギのこっとんで、あとから仲間になった子達は基本、護衛イベントをこなすか、レベルでお店の使える範囲が増えると開示される……みたいな感じになっているらしく、そもそも彼女がこっとん以外を連れていると知らない初心者も最近は増えている。私のリスナーはもちろん知ってるわけだけど。
NPCってオープンワールドだとその辺の調整大変だよね。彼女がまだ悪いことしてるときの段階だと当たり前のようにこっとん以外の仲間なんていないし。ちゃんと追憶機能でお店解放してる人ならそのうち知ることになるんだろうけど。
まあ、その分私が知らない間に他の人の護衛クエでさらに増える可能性もあるわけだ。
「連れてきたりはしていないんですか?」
「えっと、危ない目にあわせるわけにも行かないので……みんな、あまりレベルを上げてあげられていないんです」
ああ、連れ出すことがなかなかできないからか。なら、なおさら今はチャンスなんじゃ? と思ったのでリリィに提案する。五匹いて、一匹だけお留守番させるのが忍びないのであれば、二匹ずつパーティに入れて連れてきてみてはどうか? って。ほら、現地にいたほうがクワックベリーもどんな土がいいのか自分で見られるわけだし。
「な、なるほど……確かにそうかもしれません。それでは、少し羽根を伸ばしても……?」
「もちろん、私達は護衛のためにいますからね! ね? ユウマ!」
「え!? あ、うん。ケイカもキャンプ広げるのやりなよ」
「あ、はい。すみません……なんか一人で用意させて」
「大丈夫、自分とリリィさんの分しかやってないから」
「そりゃそっか。急いで準備します」
呆れられている気配を感じたので、急いで自分のキャンプセットを設置した。マニュアル操作での設置じゃないと中にいろいろ置けないので、しっかりテントも自分で張る。多分これをやっているから現実でもいけると思う。こういうものの設置に関しては力の数値は関係ないので、もしかしたらリアルでやる場合は重さとかでひいひい言うことになるかもしれないけど。
ユウマのほうも設置が終わって、リリィはリリィで召喚用の道具……彼女の場合は手鏡らしい……を取り出して召喚し始めている。今日連れてきたのは件のクワックベリーと、ムームーパンだ。
「いいかな、探索は明日の夜から。リリィさんは、昼間はお店があるからね。本格的に稼働するのは明日の夜だから、今日はキャンプで野営する練習。一回か二回はやったことあるだろうけど、一応ね。ケイカが過保護だから」
ユウマの言葉に肩にいるアカツキがうんうんと頷いて、レキお爺ちゃんが「慣れとは……大事なものよ……」とフォローらしき言葉を口に出す。でもこの場合ちょっと傷口に塩というか、フォローされても余計に刺さるっていうか……。
よく分かっていないらしいジンはテントの中ですでにおやすみ三秒していて、索敵役として来ているオボロは耳だけピンと立てて伏せをしている。
ユウマのほうはいつものメンバーだね。カルマに、パトリシアに、あうんちゃんとアビスだ。テント設営が終わった瞬間、苦言を呈してきていたユウマは無邪気なアビスに飛びつかれてぶくぶくとその身体の中に沈み込んでいった。愛情表現が重い。物理的にも。すんごい沈むじゃないですか。
「むっちー、もっさ、こっち来てください。覚えてますか? ケイカさんですよ」
なんか可愛い名前ついてる〜!
どうやら牛のムームーパンをむっちー、アヒルのクワックベリーのほうをもっさと呼んでいるみたいだ。こっとんといい、リリィは感触で名前をつけてる疑惑が湧いたな。
彼女のパートナー達をスカウトした現場にいたのは確かに私なので、手をあげてアピールすれば「ああ! あのときの人!」みたいな反応をされる。あのあともみんなの作る製菓には大変お世話になっています。拝んじゃおう。
「それじゃ、このまま森でいい土を探しながらレベル上げと行きますか!」
「はい、よろしくお願いします!」
リリィと話し合って、さっそく出かけようとユウマに声をかける。
すると、彼はなにやら掲示板を開いて眺めていたみたいで、生返事をしてから……慌てて私を引き留めた。
「ケイカ、ヒノモトの街辺りでリンデルシアの目撃情報があるけど……新衣装で」
「え!? ……っ、……!! ………………わ、私はっ、リリィと、予定が…………っ、あるので!!」
「今すごい葛藤したでしょ」
そうだけども!!
「あの、わたしはあとでも別に……別の土地でも土は探せますし」
「クワックベリー……もっさは、どこの土がいいとか、希望があったりしますか?」
「くわっ? くわっく、ぐわぐわ〜」
「はじめて……出会った……あの場所の……土が、良いと……」
「通訳ありがとう、レキ」
こういうとき、レキがいてくれると本当に助かる。
まあつまり、場所が違うのでリンデさんの新衣装見に行くことはできないんだけども。悔しくない、悔しくなんてないから! 今日はリリィに付き合うし、しばらくは彼女の護衛をするって決めてるし。
「…………くっ………………ストッキンさんとルナテミスさんに写真を撮ってきていただけるかだけメッセージ飛ばして聞いてみます」
「諦めきれないんだね」
「うるさいですね、そうですけどなにか!? 推しの新衣装を見られないなんて血の涙流しますよ本当」
「ケイカさん……?」
「ん、大丈夫です。ストッキンさんが見てきてくれるそうなんで」
爆速でメッセージの返事が来たの普通に怖いな。
まあ、私の要望に動いてくれるのはありがたいことだし、リンデさんの衣装をこっそり写真に撮ってきてもらうとして……私は最高の土探しだ。
「レキも土は欲しいですよね?」
「そうさなあ……庭のためにも、良い土は貴重だ……」
「分かりました。それでは、土探しツアーです!」
「……太陽の神獣のところにあったひまわり畑の土分けて貰えばよかったんじゃないの?」
ぼそっと聞こえた言葉に「確かに」と思いつつも、私とリリィは樹海を目指して歩き出した。3人分のキャンプセットのお留守番はユウマだ。今日はあくまで囮作戦前夜なので一緒にいても構わないはずだし、明日からちゃんと徘徊してる虎対策を取るから今は楽しもう。
――ストッキンさんがリンデさんの新規フレーバーシナリオを取得して、どうして私はその場に行かなかったんだよ!! と発狂することになったのはこの数時間後の出来事だった。
後悔は先にできないとは久々に思った出来事である。
なるべく早めにフレーバーテキストのみの更新をして、次に繋げたいところです。




