暁の灯火
「グルルルル」
「あらあら、久々に見ましたね。魔獣さん」
イベント中は魔獣の出現が抑えられている。魔王となった月の神獣が配慮しているのかどうかは知らない。ストーリーはそこまで進んでいないし、月の神獣がどんな姿をしているのかも分からない。
どんな思いでいるのかも知らない。
どこの国にいるのかも知らない。
魔獣は魔王から遣わされていて、人間を憎んで恨んで襲ってくることは確かな事実だけれど、その心を癒すことができれば元に戻ることができる。やり直すことができる。
憎み合って殺し合うことにはなりえない。その性質は本来とても穏やかで、優しくて、人間の身勝手に振り回されて悲しみに堕ちただけの被害者なのだから。
マイナスの感情に支配され、心と理性が飛んでしまった哀れな存在。
その心に触れて癒し、光のある綺麗な色の世界に連れ戻すことができるのは、太陽を簡略化したような印が体にある私達『共存者』だけ。
「ガウッ!」
木々に紛れて現れた黒い狼の魔獣。久々に見るグレイ・ウルフ首領とその群れだ。今の私なら動かずに片手で対処することすらできるだろう。
人を傷つけ、ときには深く傷つけて殺すことすらあるという魔獣は牙を剥き出しにして唸る。向けられる『憎い』『憎い』『群れを守らなくちゃ』という想いに眉を下げた。
そして頭を下げる。
「お手合わせをお願いします。そして、憎しみに満たされたその心に、どうか私の愛が届きますように」
パン、パンと神社で柏手を打つようにして帯に差し込まれた対の鉄扇を取り出す。
「納めます『緋扇の舞』」
数秒で舞い終えて次へ。
「次、『疾風の舞』」
攻撃力と素早さを底上げする舞を捧げてから動き出す。
群れの中に突貫していくアカツキやオボロ、ジンと共に走りウルフの首元を掠めさせるように『スカウト』の光が宿った扇を打ち込んで行った。
「グアウッ!」
リーダー格のウルフが吠える。
途端に吹雪が狼の周りからぶわりと発生する。スキル『風花の調べ』だろう。オボロがよく使うので攻撃範囲がとても広いことも知っている。
「スキル『暁の灯火』」
右手の扇子を振るう。緋色の羽根があしらわれた扇子から明るい火の粉が波のように溢れ出し、『風花の調べ』の雪と真正面からぶつかり合った。火の粉が雪を溶かして力の相殺が起こり、キラキラとした水滴に変化する。
アカツキの名前が冠されたこのスキル。実は鳳凰さんのところへ一定量のキャンディとアニマ・エッグ・ジュエリーをひとつ納め、聖獣の絆卵を使用した武器がある状態でようやく手に入る、いわゆる『ユニークスキル』というやつである。
神獣にこれを納めることで、それぞれの聖獣に合わせた固有のスキルが誰でも手に入るのだ。それも、スキル名は自分で決めることができるという破格の報酬。
アカツキの名前をそのまま使用しているのは、アカツキの絆卵を使って作ってもらった扇子に宿すスキルだから。
自分自身のスキルスロットは十個までだが、聖獣の絆卵を使用した固有の武器にもスキルスロットがひとつある。ただ自前のスキルとは違って、こちらはスキルの入れ替えが利かないので融通も利かない。
だけど、太陽属性の火の粉が撒き散らされる広範囲技なので不自由することもない。威力もそれほど高くないので魔獣を殺してしまうこともないし。
これがあるからか、PKサーバーでは武器を多数使う人もいるのだとか。殺意が高い。ここは和解して勝利することのできる優しい世界です、殺意を高めるのはやめてください。勘弁して。
私は相殺特化でいいのだ。
「リーダーさんは食いしばりがありますからね」
トン、と足元を蹴ってリーダー格の狼の元へ跳躍。緋色の羽織りがふわりと揺れて風をはらむ。鳥の翼に模した羽織りは、動画で見ればきっと一羽の火の鳥が羽ばたいているようにも見えるはずだ……あとで見返すとして。
一本歯の下駄でウルフの隣に降り立ち、そのまま慈愛を込めてその毛皮を両腕で包み込む。唸るウルフの顔をそっと包み込み、額と額を合わせる。間近に鋭い犬歯が見えてゾッとするけど、目を瞑ってゆっくりと撫でる。
唸り声はだんだんと小さくなり、そしてやがて消えるとコロリと宝玉が落ちた。スカウト成功である。
「くうん」
「よしよし、安心していいですよ」
すりっと手のひらに頭を押し付けてくるウルフに微笑みかけ、撫で回す。
パーティに入れますか? というメッセージが出てくるものの、今は既に四匹揃ってしまっている。
「またね」
だから仲間にすることはできないけれど、宝玉は手に入った。
「オボロ」
「わう」
光となってウルフが消え、宝玉だけが残る。理性を取り戻して逃走した形だ。オボロに声をかけて、宝玉を掲げる。するとオボロの額に吸い込まれて消えた。
レベル28の状態で振れるステータスはこれで全部振れる状態になっている。あとでじっくり振っていかないとね。
「あと二日、ですね」
イベント終了まで、なにごともなければいいのだけれど。
ステータス更新を長らくしていないので、章終わりにでもやりたいなあ。
あれ、文字数食うのに中身が薄くなるから、なかなか入れられないんですよ……。




