炎を纏う宝剣
「ザクロ、私だけの宝物。君の望んだ進化の姿を見せて」
「ぴゃあう!」
にっこりと笑う彼女と額を合わせて、舐めるような炎に包み込まれる。
それでも、決して熱くはなかった。
柘榴色の火炎がよりいっそう燃え上がり、足先から順に炎の竜巻が彼女の全身を包みこんでいく。
「くるるっぴゅるるるおおおおん!」
ごおごおと音を立てて吹き上がった炎は大きな火球に収束し、ザクロがその中から高い声で鳴き声をあげた。
中心に向かって渦巻いている炎の中からはじめに翼が、蝶々の孵化の瞬間のように炎の繭の上部から突き出した。折りたたんだ翼が天に伸ばされ、その先で感覚を確かめるように翼についたかぎ爪がピクリと震える。
そして炎が中心の身体に吸収されていくように、あるいは繭を割って誕生するように手足が、尻尾が、ツノが、頭が炎の壁を切り裂き現れた。
頭にはティアラのような立派なツノを、そして口には宝石が散りばめられた口に巨大な剣を咥えていて、瞼を閉じていたザクロがゆっくりと目を開く。爬虫類には本来存在しない分厚い瞼の下から美しいガーネットの瞳が姿を表す。
そして、直立していた彼女は少しばかり長くなった首を振って口の中の剣を持つ感触を確かめたのか、横向きに剣を構える。
「ぐううう!」
くぐもったひと鳴きのあと、彼女は見事な一回転を決めながらその宝石剣をひと払いした。すると身体に纏わりついていた繭の殻だった炎が切り裂かれ、キラキラと周囲に舞った。
全身を舐めるように覆った美しい炎鱗が翼や胸元を飾りつける宝石に反射してさらに美しく、その場に立つのは美麗なワイバーン。
尻尾の先にも大きな炎が灯り、口先の剣を咥えた横から炎でできた舌がちろりと出てきて、ザクロは私を見つめてお茶目に笑う。
「くるるるるるぅ、ぴゅるるるるる!」
随分と凛々しく格好良くなったけれど、どうやら鳴き声は相変わらず可愛いままみたい。
手足首辺りと尻尾の先にザクロの名前の通りの色の炎が灯っている。相変わらず全身には宝石が散りばめられているから、目がガーネットになっていることとかも変わらないけど、なんというか……より存在そのものが宝物っぽくなった感じがした。
ツノがティアラみたいになっているからそこにも宝石がはまっているし、女王様かお姫様か、見た目はそんな雰囲気が強くなったかな。
「るるる〜」
ザクロが駆け寄って私を抱きしめに来る。うん、性格はあんまり変わってないみたい。甘えんぼうさんだ。なんだか見た目は威厳が増したけど、中身はお子ちゃまなのは一緒らしい。そのほうが嬉しいけどね! だって私、ザクロが大人っぽくなって私に甘えなくなったらショックで泣いちゃうよ。絶対子離れできない。うちの子達に親離れするなんて言われたら多分縋りついて駄々こねるもんね。
「おめでとう……おめでとうザクロちゃん!」
「くぅるるるる……」
ザクロは自身の胸元にある大きな宝石に手を触れる。心臓の位置に大きく埋まった宝石の中には彼女の名前と同じ色の灯火が宿っている。ときおり白い蝶々が舞うように飛んでいるその中を覗き込めば、ザクロは鼻先で私をつついて切そうな表情をした。
ザクロとともに世界を見たいと言ったあの聖獣の魂は、きっとこの中にいるのだろう。胸に手を当てたまま笑うザクロが翼の先についた指先で私に手を伸ばす。なにを言いたいのかは、なんとなく分かった。きっと、気持ちは一緒だ。
「この子の分まで綺麗な世界を見ましょう。みんな、一緒に!」
彼女の大きな爪を掴んで握手する。そうすれば、嬉しそうにザクロはぶんぶんと大きく手を振った。その反動で私が振り回されるけど、こんなの可愛いものだ。また、この世界で楽しく旅をする理由ができた。
その場のみんなでザクロを囲んでおめでとうのシャワーを浴びせる。特に私は誰よりも大きな声で祝福の言葉を伝えた。
「くぅ……」
前よりも大きくなった身体では私の手が頭に届かないと分かっているからか、ザクロが首を下げて私の目の前に鼻先を突きつけてくる。分かってるよ、これがしたいんだよね?
「はい、いいこいいこ。本当におめでとう、ザクロちゃん」
鼻と鼻を一瞬突き合わせて鼻キスだ。普段はパートナー同士でやってるところばかり見るけど、たまにはね!
ザクロと喜び合いながら、さっとディスプレイを呼び出して彼女の種族がどう変わっているのかを確認する。
果たしてザクロちゃんの種族は……く、倶利伽羅龍王!?
なんかすごいやつだってことは知ってるけど、詳しくは知らないので同じディスプレイで倶利伽羅龍王についてを調べる。
不動明王の化身で……宝剣に黒い炎の龍が巻きついている姿で表される、と。な、なるほど? 鱗の色は黒じゃなくて赤だけど、宝剣を持って炎を纏っているところとかは確かにそうだ。
それに……八大龍王関係でシズクとお揃いでは?
シズクの善女龍王は、正確には八大龍王の娘の名前らしいから、本来なら同僚の娘みたいな立ち位置? でもこのパーティだとシズクのほうが古参で、ザクロは末っ子だから……って、そんなこと関係ないか。
この世界だとモチーフにはされてるけど、種族は種族だもんねぇ。ザクロちゃんの鱗も黒じゃなくて赤のままだし。
そんなことをつらつら考えていると、いつの間にかすぐそばに太陽の神獣がのしのしとやってきていた。
「二人ともおめでとう、君達の往く旅に太陽の加護があらんことを」
太陽の神獣が間に立って私とザクロの頭をぽんぽんと撫でる。でっかいウサギさんだからこそできることだろう。一人と一匹でちょっと照れてしまった。
「今更でしょ」
「それでも照れるものは照れるんです〜!」
呆れるユウマに言い返し、なんだか羨ましそうな顔をしているリリィと一緒にユウマの手を掴み、引っ張り込む。太陽の神獣は快く私達全員を順番に撫で回してくれた。よし!
「それじゃあ、月の神獣のことを頼むね。なにか進展があったらその懐中時計をまた使うといいから」
「はい!」
「あの子が力を貸していると分かっているから、こっちも遠慮なく力を貸せるし……しっかり加護をあげるから怪我はしないと思う。ちゃあんと見守ってるからね」
「ありがとうございます!」
「ところでなんだけど」
急に真剣そうな顔をした彼に、私まで真剣な顔をしてしまう。もしやなにか重要なことを話されたりする?
「お別れの前に、君の作ったお菓子をもう少しお土産にもらってもいい?」
「……も、もちろん!」
お約束のようなズッコケかたをするところだった。




