それぞれの選択
太陽の祭壇で、飛び回る白い蝶々達。
大きなうさぎの姿をした神獣は太陽を背にして耳をピンと伸ばす。そして、はっきりとした声で私達に語りかけた。
「どうかこの子達のために祈っておくれ、優しい共存者さん達」
凪いだ視線に、私達の体が自然とお祈りをするような動作を取る。ゲームによる強制的な体勢の変化だったけど、手を合わせる動作のあとは特に強制されているわけではない。だから、手を合わせたままでいるかどうかはこちらの意思によって選択できた。そして、私達はそのままでいることを選ぶ。
すると、手を合わせたままだった私の左手にある紋章が淡い緋色の光を帯び、座ったパートナー達の額の宝石からも光が溢れ出てくる。その、丸い蛍火のような光が私達からそっと離れて太陽の神獣に向かっていく。
祭壇の上にひらひらと集まった蝶々を前に、ふわふわ飛んで行った光を浴びた彼は嬉しそうに笑って光を纏う。
「……そして、君達の思い出を教えて。どうか、彼らの旅路に幸あらんと」
思い出すのは、みんなとの旅路。
優しいだけじゃないけれど、大好きなストーリーや私達だからこその物語。
きっと太陽の神獣がこの世界に光をもたらさなければ、共存者という道を与えなければ存在しなかっただろう思い出。
こういうとき、大事なのは感情移入だ。だから、この世界に確かに存在する太陽の神として、私は彼に感謝を捧げる。
思えば、アカツキの最初の大きな進化は太陽がなければ存在しなかった。
私のアカツキ。大空を掴んで飛べる翼を、私のために望んで手に入れてくれた。
所詮ゲームの世界だから、死んでやり直しでもいいやと思っていた私に諦めないでと太陽を背にして助けに来てくれた最初のパートナー。
衣装とお揃いの緋色の翼が太陽の光を浴びてキラキラと光っていた。偉大で、とっても頼りになって心強い、素敵な姿になってくれることを望んだ私のパートナー。
オボロも、シズクも、ジンも、レキも、プラちゃんも、シャークくんも、そしてきっとこれからザクロも。みんな私のために進化することを選んでくれる。
無理矢理闇に染められても私の声を聞いて、進化をしたシズク。
パートナーじゃなくたって、ユールセレーゼ達やホウオウさんはあの豪華客船のときに駆けつけてくれたし、NPCでも友達がいっぱいできた。
現実世界にだって、今私のパートナーはやってきている。
思い出を振り返って、微笑む。
そうだ。
――みんなとの絆はいつだってこの世界の太陽に見守られていた。
ありがとう。
このゲームへと出会えた感謝を込めて祈る。今まで育成ゲームしかしてこなかった私の人生を変えてしまうような、そんな素敵なゲームに。感謝もお布施も、いくらでも注ぎ込めるくらいには大好きなこの世界に。
優しくない、苦しい思いをしてきたであろう魂達に少しでも幸せな未来が待っていますようにと祈る。
横を軽く見やれば、みんなそれぞれの思いを胸に祈りを捧げていた。
私達から現れた光の珠が太陽の神獣に吸収されていく。
そのたびに彼は真っ白な光に包まれて、そして。気がつくと彼の姿は変わっていた。変わらず存在する紅色の隈取が細かく、多くなり、より神様らしく。そして、王様のような光で編まれたマントを羽織って笑っている。
「ありがとう。十分すぎるほどの想いを受け取った。これからもボク達の愛するこの世界を、どうか好きでいてほしい。さあ、天へ昇ろう。君達の旅路に幸あらんことを」
大きなウサ耳が頭の上で柔らかく丸を描く。
すると天から光の柱が降りてきて、白い蝶々達はその中に次々と飛び込んで行った。光に飛び込むとき、生前の姿なのだろう聖獣達の形がうっすらと浮かび上がり私達に向かって優しく吠えたり、お辞儀をしたり、尻尾を振ったりとしながら。
一匹、二匹と天へ還る蝶達を見守る。
そして最後の一匹になったときだった。
白い蝶々の姿から変化し、淡い炎でできたような龍がこちらへ歩み寄ってきた。そして、龍はまず私の前に立って頭を下げると、次に歩みを進めてザクロの前で立ち止まる。
『わすれていたものを おもいださせてもらった ゆえに どうか あなたたちのたびじを そばで みさせてほしい』
ザクロと見つめ合う炎の龍に思わず前に出かけるが、ザクロの気の抜けた制止の声に立ち止まる。決めるのは、どうやらザクロ自身のようだ。
「ぴゅるるるぅ、ぴゃう……くるるるる?」
『わがちからを まとって どうか あなたの ちからにしてほしい。それだけで わたしは こころがやすらぐ だろう』
炎の中から覗く金色の目がザクロを優しく見つめる。
ザクロは宝石の目故にどこに視線を向けているのか分かりにくいはずだけれど、それなりに長い付き合いになっている私にははっきりと理解できた。ザクロは横目で私を伺い、目の前の炎龍を見て、頷く。
そして、炎がザクロに向かって歩み寄り、二匹が重なり合う。
炎を纏ったザクロが歩き出し今度は私の前に立つと、予感していたものが目の前にポップアップした。
――――――
聖獣判断の進化が行われようとしています。
許可をしますか?
――――――
断る理由なんて、あるはずがない。
優しく見守る太陽の前で、私はメラメラと炎を纏うザクロの前足を躊躇いなく取った。炎の中に手を入れているのに不思議と燃えず、心地よくあたたかい温度だけが伝わる。
「ザクロ、私だけの宝物。君の望んだ進化の姿を見せて」
「ぴゃあう!」
にっこりと笑う彼女と額を合わせて、舐めるような炎に包み込まれる。
それでも、決して熱くはなかった。




