雨上がりの太陽
「ところであの〜、雷属性はなしだったような気がするんですけども〜」
そういえばとばかりにおいぬ様に話しかけてみれば、彼女はニタリと牙を見せて笑った。
「使わぬとは言っておらぬであろう。吾の言の葉で思い違いをしてもらっては困るぞ。お前達に対絶対に対処ができぬならば、使わぬ。それだけのことよ」
「つまり、運要素があるとはいえ雷属性の攻撃ができなくもないからバリアも使うってことですか……なんともまあ……」
「くくっ、これでもまだ甘かろう!」
「そ〜ですね!」
雷が落ちる。
今はランダムなそれに当たってもバリアでダメージとして入らないから気にしなくてもいいけど、光って見えづらくなるからちょっと邪魔かもしれないと思えてきた。だが、雷のバリアが張られるたびに雨を降らすのも二度手間だしなぁ……とそのまま続行する。雷を伴う雨の中、こうなると見学している外野が一番大変かもしれないけどそれは我慢してもらうしかないね。動画を撮っておいてもこれじゃあ見づらいかも?
「スキップしますよシズク」
「しゅるるるる」
シズクが私の手をするすると伝って大口を開ける。そしてガブリと噛みつけば、月属性の攻撃で両者のバリアが破られた。
自傷でバリアを割ればとりあえず段階を飛ばすことができるものの、これじゃあ勝負はつかないしなぁ……などと思っていたら、チャンスが来た。
私達の周囲に展開された赤いバリアを確認して、すぐにアカツキとともにおいぬ様に近づいていく。晴れ属性のバリアならば扇子の火の粉もあるし、アカツキも火の粉を撒きながら移動することくらいはできる。意図した攻撃でなければいいというのなら、そういった手段で間接的にバリアを割らなければならないわけだ。ただ、わざわざ接近して技を放った余波を当てるとなると『意図して』技を当てたことになりかねないし……やっぱり、ここはいつも通りに私達の優雅さで誤魔化すのが成功ってことじゃない?
「さあさあ寄ってらっしゃい、見てらっしゃい! 人と獣の息の合った素晴らしい演舞をご覧に入れてみせましょう!」
指先で呼び寄せたザクロもこちらへやってくる。アカツキとザクロなら晴れ属性が入っているからうってつけだ。
「雨にも負けぬ大きな太陽をご覧あれ!」
と言いつつ、太陽属性じゃなくて晴れ属性の炎なんだけどね。
私の左右に控えた二匹が私の真似をして片手を胸の前に添えてお辞儀をする。それから左右それぞれが片方の翼を広げて、その軌跡を炎が駆け上った。中央となる私の頭上に集まった炎に向けて扇子を掲げ、その場にできた炎の塊を叩いて弾く。すると、弾けた炎は周囲の雨と混じって降り注ぎ、雨の雫の中に炎の粒がキラキラと舞う光景ができあがる。
私達の呼びかけに素直に答えて近くで見守っていたおいぬ様の袖にそのうちのいくつかの火の粉が当たり、バリアも同時に弾けて消える。
「はっはっはっ、天晴れよのう。その調子で楽しませてくれるな? 小娘よ」
繊細そうなめちゃかわ幼女ボイスなのに、当たり前のように尊大な口調で誉めながら拍手したおいぬ様は、待機している黒い蝶々達に「のう、お前達もそうは思わないか?」と話しかけている。
念のため自分達の周りのバリアが消えていないことを確認し、さっきので間接的な攻撃が通じたことが無事に証明された。私達のバリアはまだ晴れ属性で、おいぬ様のほうは今度は雪属性だ。雪! 雪なら私が使えるからなんとかなる、はず! 雨だったらもっと楽だったんだけどね。
どうやら最初からこうしておけばよったらしい。見学を促せばおいぬ様は素直に寄ってきてくれるから、その状態でパフォーマンスをすれば自然と余波が届く。やっぱり甘々な仕様で助かったと言えよう。
え、これの高難易度があったかもしれないんですか!? 考えたくもないよね。多分サタソ様あたりがそういうのはやってくれるだろう。他人に丸投げである。配信者には配信者の適材適所があるんだからそれでいいだろう。
「そうですか? 楽しんでいただけて光栄です。お次は水と氷の共演! 冷たい雨が柔らかく美しい雪や氷になっていくさまは非常に美しいものですね。どうぞお近くで、美麗なアイスショーをお楽しみください!」
降っている雨粒の中、足払いをするような動きでステップを踏み、両手を広げて扇子をひらひらと舞わせながら頭上に持ち上げ、一気に下に振り下ろすとぶわりと粉雪の軌跡ができる。神前舞踊『椿の撓雪』と名付けた自分の技だ。
本来なら振り下ろすのは攻撃として使用する動作だけど、今回は意図的な攻撃が封じられているため、扇子から出ている雪属性の粉雪を周囲に散らせることにした。こうしていると近くで私の舞を見に来たおいぬ様に偶然当たる可能性がある。偶然当たる位置にいてくれないとバリアは割れないからね。
さらに演舞を続けて雨粒さえ凍らせてみせれば、おいぬ様はいよいよスタンディングオベーション! ……ずっと立ってはいるんだけど、気持ち的にそんな感じで大袈裟に拍手してくれたという意味で……手のひらでそっと落ちてきた氷の粒を受け止めてバリアがまた一枚破壊される。
結局のところ、おいぬ様の試練は変にあれこれせずに私達なりのやりかたで絆を見せれば良いだけだったということに気がついてからは早かった。
風属性のバリアはプラちゃんのアロマセラピー系の香りを利用した風属性スキルをまとって舞うことでクリアし、一匹一匹と丁寧にコラボレーションをしながら神前舞踊をすれば、そのたびにおいぬ様は快活に笑って拍手をしてくれた。黒い蝶々達も、忙しなく羽ばたいていたのに周囲の向日葵達に一匹ずつ溜まって静かに観戦してくれている。
私達のことを信用せず、心を閉ざしていただろう黒い蝶々達の、そんな変化に一番心を揺り動かされるのを感じた。思わず嬉しくなって関係ない小躍りまでし始め、いつのまにか試練とか関係なく楽しんでいる自分がいるくらいだった。
最初に苦戦したのはなんだったのかと思うくらいあっさり、おいぬ様は演舞の賞賛の代わりに拍手をして、意図して触れにいく。
……ん、意図して触れにいく?
「あれ? そういえば、さっきからおいぬ様は意図して触れてませんか? 意図して攻撃したり当たったりは共有されるんじゃ……」
「くっくっくっ、『苦楽をともに歩もう』は吾の力ぞ」
つまり、そもそも本人なら意図して触れる触れないの判定を変えることができるってことか。一方的に苦楽を共有されるのは私だけ……ってコト!?
「良い良い、次で終わりよ。さあ、美しい演舞を最後にもう一度見せてみよ」
最後もまた、太陽属性。やることはほとんど同じだけど、だからといって手は抜かないし、アレンジもきかせてさらに美しい舞を目指して体を動かす。
効果が終了して雨もあがった。
同じようなシチュエーションの中でも雨の中に浮かび上がる炎の輪っかのような太陽と、雨上がりに覗く美しい太陽は趣が違う。
奇しくも太陽を見つめる特性を持つ花達の中心で、アカツキの翼と私の持つ緋扇が光輪を描き青空の下に太陽を描き出した。ひまわり畑に囲まれたステージで熱心に見つめられて悪い気なんてするわけがない。まるで向日葵達が私達の演舞を本物の太陽と同等だって認めてくれているのかと思ってしまうくらいの熱視線。
おいぬ様に張られていたであろう最後のバリアが弾けてキラキラと光の中輝いて散っていき、見届け人だったユウマが声を張り上げながら試練終了の言葉を叫ぶと、薄らと笑みを浮かべたおいぬ様がこちらに歩み出る。
「試練、よくぞ正解を導き出して己らの輝きを見せてくれた。文句なしの合格だと言えよう。よくやった、小娘」
変わらず、ちょっと偉そうな尊大な口調で、けれど確かに親しみを込めた言葉には最大限の賞賛が含まれていることを私は知っていた。これは、そういう言葉だ。
「試練、合格……!」
だから、私達も全身で喜びを表現することにした。
「やったーーーー!!」
アカツキ、シズク、プラちゃん、ザクロ。全員に向かって抱きつきにいけば、ザクロがぎゅっと抱きしめてくれたし、プラちゃんはさらにその周りから尻尾で囲んでくるくると巻きついてくる。私の空いた頭の上で満足そうに鳥の巣を作っているアカツキだってにっこり笑顔になっているし、首にいるシズクは全員と鼻先でちょんとキスをして喜びを表している。私の鼻にもちょんとシズクの鼻先が触れて、ひんやりとした鱗の感触に嬉しくなる。
「おめでとうございます〜!」
「おめでとう。僕が選ばれなくてよかったよ。あんなのやりたくないし」
「ユウマは一言余計!! 応援ありがとうございました、リリィ!!」
もちろん、人間同士でもお互い話して喜びを分かち合う。
「おや、太陽のに会うのにも、理由が増えたな。良いことよ」
私達がわちゃわちゃしている間も微笑ましく見守ってくれていたらしいおいぬ様の周りには、最初は一匹しかいなかったはずの白い蝶々が10匹ほどひらひらと飛んでいた。他の黒い蝶々達もいくらか色が薄くなっているような気がする。
つまり、癒せたのだ。私達の連携した演舞で、暗く沈んだ獣の心を。
その成果こそが、なによりも嬉しかった。
大変お待たせいたしました!!




