苦楽をともに歩もう!
「ひとつ、互いに吾の術によって結界を複数張る。ふたつ、結界はひとつひとつが破るために必要な属性がある故に、それらを用いた演武により衝撃を与え、破壊すること。みっつ、互いの結界を先に引き剥がした者が勝者となる。よっつ、演武の場は狗楽の術により特異な状況となるが、どのような状態かは始まってからのお楽しみよ。良いかえ?」
指を一本、一本立ててこちらに条件を示してきたおいぬ様に首肯する。
狗楽の術。それは海楽の音楽や天楽の二撃必殺のような特殊スキルのことだろう。狗楽……苦楽がいったいどのような効果を持つのかは分からないが、他のと同じように一癖も二癖もあるんだろう。始まってから開示されるらしいし、よくよく考えながらやらないとね。
「分かりました」
「吾が狗楽であること、よくよく心得よ」
おいぬ様が滑るように移動して距離を取る。
私のそばにいたユウマやリリィ達は離れ、観戦する態勢に入った。恐らく、選ばれた私が代表者一名として試練を受けることになるのだろう。あくまでこのシナリオをメインで受けているのは私だからだ。
ユウマが試練をやるとするならもっと条件が厳しそうだし、私が選ばれてよかったのかもしれない。だって、ユウマって普段はPK鯖にいるから、私よりも本来は試練を受けるべき人だと思うから。魔獣を殺したこともあるだろうし、プレイヤーの共存者のこともPKに対しては襲撃して殺したりしている。不殺を掲げている私よりもよっぽどおいぬ様の連れている魂達に厳しく当たられそうだから。
だから、私で良かったのだ。
おいぬ様に見つめられながらパートナーのみんなと並び立つ。
「ひとつ、よろしいでしょうか?」
「許可する。如何に?」
「すべての属性を揃えていたほうがいいのでしょうか? 今のメンバーですと、足りない属性がありますので……」
「吾も決して意地悪をしたいわけではない故に、今のお前達に超えられるであろう試練しかせぬよ」
「……そうですか。では、このままのメンバーで」
パーティ的に雪属性、雷属性がいないわけだが、それでもいいということらしい。確かに、皆スキル構成で少しは自分と違う属性のスキルを持ってはいるが、雷は完全にいない。正確には、シズクの一目連時代から持ち越しされている、嵐を呼ぶスキルで雷が落ちることはあるが、あれはフィールド効果みたいなものなので意図して当てられるものでない。どちらかというとランダム要素だ。バリアを破ること前提で考えると、ランダム効果に頼るのはちょっと避けたかったのでそれが必要になるくらいならザクロかプラちゃんをジンと交換しようとしていたところだ。
おいぬ様本人にああ言われるということは、ここで交換するのはむしろ悪手。交換したらその時点で好感度みたいなのが下がると考えたほうがいい。なら、このまま行くか。雪属性だけなら自分の扇子でも対応可能だし、難点の雷は本人から今のままでも大丈夫って言われてるし……なんらかのギミックがあるにしても、考えれば突破できるようになっているのだろう。
なら、あとはあれこれ戦闘前から考えるより、いつも通り行き当たりばったりでやってみせるのみ!
「僕らで開始の合図をしようか」
「うむ、気がきくな小僧。助かるぞ」
様子を見ていたユウマが進言しながら私達の間にやってきて、腕を上げる。その腕がおろされたときが戦闘開始の合図だ。説明されて、素早くスキルを使えるように扇子を取り出して構えた。いつもの戦闘スタイルだ。
扇子を開いておけば、一気に熱気と冷気が空中に舞っていく。晴属性の扇子と雪属性の扇子はいつまでもいつまでも私の相棒とも言える。今度、ストッキンさんに全属性分の扇子でも作ってもらおうかなとか考えてたけど、この二つの武器が私とともに苦楽を歩んできた相棒であることに違いはない。だから狗楽戦にも相応しいだろう……なんてね。
「よろしくお願いします!」
「お手柔らかにの」
視界の端でユウマの腕がおろされる。
瞬間、おいぬ様が不敵に微笑んだ。
「『苦楽をともに歩こう』ぞ。その身、ついえるそのときまで」
あまりにもゆったりとした所作。そして詠唱。
なのに一歩も動けなかった私達の足元から大きな彼岸花が咲き出して透明な膜を張る。私達自身が彼岸花の精霊にでもなったかのように、大きな花の真ん中に足をおろしているような立ち位置。張られたバリアの色は虹色に輝いてから朱色に変化した。その術は私達だけでなくおいぬ様自身にも適用される。大きな彼岸花の上で微笑みながら、彼女はその場に立って動かない。
おかしい、お互いに攻撃してバリアを削り合う試練じゃないのか?
確かにただの試合だと演武とは言い難いかもしれないけど……まさか舐めプされてる? 余裕綽々の表情で待っている彼女に思考を巡らせる。接近すると罠が待ち構えているパターンも存在する。そもそもがカウンタータイプの戦闘スタイルという可能性もある。
攻撃を全部アカツキ達に頼ることもできるけど……。
今回、私には機動力がない。オボロがいないから、他の子に乗せてもらうのもありだけど……全部頼りきりにするのは魔獣の魂達からの心象が良くない気がするんだよね。
自分でも動かなければならない。攻撃を任せるのは多分悪手。相手は演武って言ってきてるんだから、自分も少しは動くべきなんだろう。それにしても、本当になにもしてこない。睨み合いをしているわけにもいかないし、こっちも相手が待ってくれている間にやることをやっておこうかな。
目を閉じて、そして開く。
覚悟は決めた。私の行いに全てがかかっているんだろうがなんだろうが、いつもとスタンスは変わらないから。
「参ります、神前舞踊――『蝴蝶の幻』」
まずは即死用のバリアを追加で張り、次に……え?
自分に蝶々のエフェクトが集まって即死無効効果のあるバリアが張られる。しかしそれはおいぬ様のほうもそうだった。あちらはなにもしていないのにもかかわらず、黒い蝶のエフェクトが出てバリアが追加で一枚張られる。
疑問が浮かんだものの、続ける。
「『疾風の舞』、《泡沫の舞》……え、なんで」
自分を含めたみんなの敏捷を上げ、状態異常無効化のバリアを張り、と続けたところで、ようやくそのおかしさに気がついた。
おいぬ様にも同じように舞の効果としか思えないステータス上昇エフェクトが現れ、泡のエフェクトが現れてバリアが張られていく。
なんで? どうして? その疑問がぐるぐると頭の中に巡り、手が止まった。
アカツキが私の肩まで飛んできて、頬をつっつかれて正気に戻る。
「言ったであろう? 苦楽を共に歩もう……と」
おいぬ様が手元に召喚した毒々しい色の彼岸花を口にする。
その途端、お互いに泡が割れるようなエフェクトが現れて状態異常無効化のバリアが消えた。
「うそっ、うそっ!?」
もうひと束、おいぬ様が彼岸花を口にする。
そうすると、視界が明滅し一気に体が重くなる。急いで自分のステータス表示を見てみれば、見事に毒状態。
「あっ、アカツキ!」
「カァーーーッ!」
早く朱色……晴属性のバリアを割ってしまおう。
ぶっつけ本番でもなんとかなるだろうと思っていた気持ちに焦りが生まれた故の指示出しだった。その姿に舞姫らしさはないだろう。観戦中のユウマが何事か叫ぶのが聞こえたけど、やる気になったアカツキの行動はそのまま実行されて火球がおいぬ様に襲いかかる。
「くく、青いのう。小娘よ」
晴属性の火球がバリアに当たり、空中に拡散する。
おいぬ様の朱色のバリアが壊れる瞬間、私の目の前でも朱色のバリアが粉々に砕け散った。
それを見て彼女の本質。
そして試練の厄介さをこの身を持って理解させられる。
「苦楽をともにって、そういうことですか……! 意地悪じゃないだなんて絶対嘘ですよねこれ!」
「くくく、この結界は技を使うものの悪意を反射し、己に降りかかる効果も全て苦も楽も通す故の狗楽よ。さあ、どうする? 小娘。吾の試練は難しいぞ」
なんか親切だなと思ってたら……!! いや、冷静になれ。おいぬ様は、今の私でも攻略できるということを言っていた。ということは、なにかしらの攻略法は存在するわけで……でも、デバフもバフも共有で、ダメージも共有とかどうすればいいんだこんなの!!
お互いのバリアの数は一緒なんだから、同時にバリアが全部消えたらクリア? いやでもそんな簡単なわけないよね。
「ち、ちなみに……バリアが同時に無くなった場合はどうなりますか?」
「試練は失格とみなすのう」
「うっ、ぐっ」
つまり、バフデバフ・ダメージ共有状態なのに、バリアを少なくとも一回は相手の術を出し抜いて多くダメージを入れなければならないというわけで……ほ、本当にどうすればいいのこれ!?
アカツキ達は? 全員ダメージ共有だとすると誰かがダメージを受けるたびに向こうもダメージ入ったり……いや、でもそんなパートナーに捨て身させるような戦法が正解に設定されているはずがない。
やっぱりいろんな検証しながら、この結界がどんな仕様なのかを確認していかないといけないかな……幸い、バリアはどうやら20枚近くあるみたいだし、いろいろと試す余地はありそうだ。
「くくく、悩め悩め若者よ。この程度の試練、打ち破ってみせよ」
くっ、煽ってくるし!! わりと性格悪いぞこのおいぬ様!!
メリークリスマス!(遅刻)
今夜までに番外編のほうでもクリスマス記念のssを公開する予定です。そちらもよろしくね!!
年内の本編投稿はこれで最後となります。
読者の皆様、本年はありがとうございました。
来年もよろしくお願いいたします!
良いお年を!




