朱色のおいぬ様
……我慢してたけど、言いたい。
大変美形な狗楽の人間姿は、別にいい。美しくてお似合いだ。ひまわり畑には致命的に合わないし、多分一番似合うのは彼岸花の花畑だよなとは思わないでもないけど。それは、いいんだ。
でも。
こ、こ、声!!
聞けば聞くほど声が可愛らしいロリ声すぎて! 脳がバグるんだけど!?
さっきは犬の姿で声かけられたからまだなんとかそういうこともあるか〜で済んでたけど、人型がこんなに美人な大人のお姉様なのにロリ声! 圧倒的! ロリ声! 一瞬目の前の人が喋ってるって脳が認識できなかったんだけど!?
本当に脳がバグる……神獣郷の声優キャスティングこわ……なにこれ……こわ……。
こんなん青少年の性癖がねじれてしまいますよ!!
頭の中では大変に混乱してしまっていたが、握られたリリィの手が不安そうに揺れたのでハッとして頭を振る。そうだ、私が動揺しているとリリィが不安になってしまう。冷静に! 冷静にならないと……! いやでもあとで絶対叫ぶ。これは確定事項だ。おのれ運営……! 許さない!!
そして、衝撃的すぎた声の次に思ったのがこれである。
うわ、運営……人間にしっかりと化ける聖獣も出してくるの!? 天邪鬼とかケルベロスだけじゃなくて!? だ。
着眼点がオタク君で大変申し訳ない。
天楽はまだ擬態スキルであって、本来の姿を幻覚で誤魔化しているだけみたいな設定だったはずだけど、こちらの狗楽はどう見ても変身している。掲示板が荒れそうだな〜なんて内心で思いつつ、しっかりと動画は撮っておく。そこに抜かりはない。そもそもこのひまわり畑に入った時点でも録画はしていたし、後追いがそう簡単に発生しないようにチャンネル登録者限定公開で配信中でもある。
案の定コメント欄は変身する狗楽にいろいろ言っているが、一番大きなのは性別論争である。彼か彼女か分からないけど、狗楽の見た目で性別はどちらなのか推測する人たちでコメントが埋まっているため、一瞬コメント欄を映して読もうとすると大変に画面がうるさい。人間って醜いね。
ケルベロスさんやら天邪鬼の前例がちゃんとあるものの、女性っぽい見た目の聖獣で擬人化されるとなんか……一線超えてる感あるもんね。なんでだろうね。それでもプレイヤー側には意地でも擬人化進化はほとんど実装されないんだから運営さあ……ってなるのも仕方のないことだと思うの。
さて、運営に対する文句もここまでにして、まずはこの状況をどう切り抜けるかだ。なにか目的意識があって話しかけにきているとしか思えないんだけど……まずはそれを確認しよう。
「こんにちは、狗楽のひと。案内をどうもありがとうございます。ところでなのですが、君は私達に襲いかかってきたりはしますか?」
皮肉以外で回りくどくするのは苦手だ。
私の言葉にコメント欄でツッコミが入って、隣にいるユウマのジト目が突き刺さるが気にしない。繋いだままのリリィの手が強張るが、その手をさすってあげながら真っ直ぐと狗楽を見つめる。
すると、彼女はその場でコロコロと可愛らしい声で笑い始めた。
「くくっ、ははは! 随分と素直な娘よの! よいぞ、吾もそのほうが話が早くて助かるわ!」
黒い蝶々が周囲に群がっている美形の狗楽は、そうしてひとしきり笑ったあとに私を見つめてきた。真っ黒な瞳がホラー的な意味で本能的な恐怖心をくすぐってくるけれど、内心の恐れはなんとか抑え込んで静かに次の言葉を待つ。
戦闘が始まることも加味して繋いでいないほうの手は扇子に添える。ユウマも半歩だけ私達の前に出てマントの下の剣に手をかけていた。
ざわりざわりと黒い蝶々が忙しなく狗楽の周囲を飛び回る。
その姿からはどことなく、敵意みたいなものを感じていた。
「良い良い、お前達もそういきり立つな。吾は襲いかかるなどということはせぬ。そこな女子は怯えておるようだが、安心するがいい。狗楽が復讐の代行者なのだという噂は所詮噂でしかないが故に」
そこでようやく、リリィの手から力が抜けた。狗楽の周囲に飛び回る黒い蝶々達も、心なしか静まったように見える。
そして、勇気を振り絞ったようにリリィが狗楽に声をかけた。
「ご、ご無礼をお詫びいたします」
「良い良い。未知のものに警戒心を持つことは弱きものの生きる知恵だからの。寛大に許してやろうぞ」
「ありがとうございます……!」
「ふむ、それにな。無闇に襲いかかることはないが、此奴らと苦楽をともに生きているというのは当たっているのだ。人間の推察する力は実に面白いものだな」
おっと……案外フレンドリーかも?
ホラーじみた黒目しかない瞳を閉じてにっこり笑う姿を見せるくらいだ。本当に敵意がないらしい。そもそも、狗楽は迷っていた私達を案内してくれたのだから、最初からやっぱり友好的だったのだろうか。
「それになあ、見たか? お前達。そこの男子は弱き者を守ろうとしておった。強きものが弱きものを庇う心意気は大変気持ちが良かったぞ! 女子のほうも警戒心を怠ることなく対峙しておったな。吾も母犬であるが故。小さきを守る姿はなによりも美しく愛いと思うものよ」
じ、慈母かなにか……???
「えっと、その。狗楽、さん?」
「ふうむ、吾のことはおいぬ様とでも呼ぶがよい。名を持たぬものでな。三ツ首の坊やには朱の犬や、朱の君と呼ばれておるわ」
「分かりました! そ、それじゃあ朱の君で!」
そういうネーミングかっこいい〜から好き!
ちょっと恥ずかしいけど、頑張って呼んでみたらにっこりと微笑まれた。慈愛……!
……って一瞬スルーしそうになったけど、三ツ首の坊やってもしかしてケルベロスさんのこと? えっ? ……突っ込むのはよしておこう。今度家にお邪魔したときにでも話を聞こうかな。あのプライドエベレストお坊ちゃんケルベロスを坊や扱いするとかすごくない?
「それで、その、朱の君はどうして私達を案内してくださったのでしょうか? 魔獣になってしまった子達の、魂と……ともにおられる、んですよね? 失礼だと思いますが、迷っているところを親切に助けてくださったのが不思議で」
「ふうむ、ひとつだけ訂正を要求するぞ、小娘。魔獣に『なってしまった』と形容するのはこのもの達に相応しくない。魔獣となることを選んだもの達故にの」
「ご、ごめんなさい……」
「しかし、答えてやろう」
おいぬ様は私達の背後を見ると、自身の周囲に飛んでいる黒い蝶々に手を差し出してその先にとまらせる。たくさんの蝶々をまとってあっという間に黒い塊になってしまった腕は大変恐ろしく見えるが、彼女? は当たり前のようにそのままの状態でこちらを見た。
「吾はこのもの達と苦楽をともにし、美しいものを眺めながらその魂が安らぐまでともに生きる存在。子らの鎮魂のために、全国行脚をしておるのだ。ときには今のように人と関わることもあるが、基本的にはゆったりと旅をしているのみ。お前達も、心が傷ついておる時分に、良きものもおると言われて関わりを持たされようとしても煩わしく思うであろう?」
それは確かにそうだろう。人間不信になっている人に、悪い人ばかりじゃないよと無理矢理人と関わらせるのは余計なお世話だ。なるほど、だからおいぬ様へ綺麗な景色のある場所を旅して、魔獣の魂が安らぎを得るまで同じ苦楽を共有しながら生きてるってことになるのか。
「復讐は魂を焦がして擦り減らしてしまうもの故、吾はその方法をとらぬ」
「それじゃあ、私達を助けてくれたのは……」
おいぬ様の視線が、やはり私達の後ろに向いた。
そこにいるのは、もちろん私達のパートナー。腕の中におさまったアカツキを撫でながら見つめると、目を細めて彼女……多分、口調からして彼女だと思う……は、うっすらと笑う。
「その懐中時計は、はじまりのものが持つはずの品。さては盗んだのかと考えて観察しておったのだ。お前達のその様子だとありえぬだろうがな」
一瞬緊張したが、ほっとして肩を撫で下ろす。
「して、そうなるとそれは譲り受けたものということになるであろう? 奴からの紹介であるならば問題なかろう。お前達の友も、随分と幸せそうにしておるわ」
腕の中のアカツキと目が合って、背後に視線を滑らせると可愛く首を傾げてニパッと笑ったザクロちゃんとも目が合う。それに笑顔で返してまた視線を戻した。リリィも腕の中のこっとんに顔を埋め、そしてユウマもさらりとこの場にいるパートナーを撫でている。彼の一番最初からいるパートナーは馬だから、後ろから首をぐんと差し込んできて頬擦りしてきてきるみたいだ。強めの絡みかたに慌ててる声が漏れていて、思わず笑ってしまう。
「吾は浄化された魂の運び手として、あの塔に尋ねにきた故に。お前達が太陽の奴へ目通りが叶うよう取り計らってやることもできるぞ」
「ほ、本当ですか!?」
おいぬ様の頭の上にいる白い蝶々に、彼女の視線が向かう。
なるほど、あの白い蝶々は遺恨などが全て安らいだ浄化済みの魂だったらしい。
もしかして、最終的に太陽の神獣によって送り出されないと魂が還れないのかなあ……その辺は要考察だろう。考察板への投下許可を思考入力で出しておいて、話の続きを促す。
こういうとき、ユウマはやっぱり私に交渉を投げるので大変忙しい。いいんだけどね! ロールプレイは私のほうが得意だし。適材適所だ。
「だが、タダで通してやるわけにもいかぬ。分かるな?」
そっ、そんなまさか!?
「ゔっ、お金なら!! 皆さんからの応援でもらったものがたっくさんあります!! ぜっ、全部持ってってください!! 路銀は欲の権化ですものね!! じょっ、浄化しなくちゃ……!」
「なにを勘違いしておるのかは分からぬが、路銀は置いていかなくとも良いぞ。そのような身を切るような顔をしなくとも良い」
ちっ、違った! 勘違いの暴走恥ずかしすぎる!!
「くく、お前達に頼みたいのは演武よ。吾とひとつ勝負をしてくれぬか? 共存者の演武は人と獣の和を魅せるものだからのう。たまに見るくらいならば良い心の安らぎになるであろう。お前達が勝てばこのまま案内人を務めてやろうぞ」
うおあー!! 相手が冷静だからこそ余計にさっきのやらかしが恥ずかしすぎるぅー!!
でも、まあ、おいぬ様の言いたいことは分かった。
「……ちゃんとルールを用いた勝負ですよね?」
「もちろん。お互いに死ぬことはない。ただの余興であるが故に。これは試練だとでも思ってくれれば良い」
「承知しました。その提案、受けましょう」
「ふうむ、良い顔だ。美しく舞ってくれよ? 赤毛の小娘」
可愛らしい声でそう言って、おいぬ様はでひどく好戦的な笑みを浮かべた。
キャラ原案の友人にこの見た目でCV丹下桜さんのイメージと言われて脳がバグりました。
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