ニワトリ大量発生注意報!
「どうしよう……」
私は今までにないほどの窮地に立たされていた。
なにせ辺り一面白と赤。紅白紅白紅白。白いふわふわの丸い体に、ゆらゆらと揺れる赤い鶏冠。独特なコッコッという鳴き声が輪唱するように響いていて、まるで……まるで……。
「ここは天国ですか? 私、死にました?」
『戻ってきて』
『だめだトリップしてやがる』
『こないだの配信といい、ケイカちゃん(頭)大丈夫?』
『我らが舞姫様が今日も可愛い。明日もきっと可愛い』
『真理の扉を開いてるやつがいる』
『ザ・カオス』
『ケイカさんヨダレ拭いて』
視界の端を流れていくコメントにハッとして頬をパンッと軽く叩く。
みっともなく緩んだ口元を引き締めてキリッとした表情を作り、なんとか対の鉄扇を構えた。
『垂れ目でキリッとするのたまらん』
『エレヤンがんばれ!』
『精神攻撃に負けないでエレヤン!』
『優雅に舞って♡』
『舞姫極まってるよ!』
足元を無数に、それこそ縦横無尽に動き回る紅白に視線をやる。
黒豆みたいなつぶらな瞳と目が合う。
「はうっ」
一瞬で負けて胸を抑えながらうずくまった。
「な、なかなか難敵ですね……」
『ニワトリ好きなの?』
『昔のアカツキと重ねてるに一票』
『デフォルメニワトリ可愛いもんな……』
『現在カラスの相棒が複雑そうな顔してんぞ』
『ゆるゆるな顔で陥落されていらっしゃる』
その場所は北のフィールドに位置する場所。
太陽がさんさんと降り注ぐ緑豊かで、あたたかく春めいた素敵な森。『陽光亀の寝床』と呼ばれる、太陽属性と雨属性の聖獣や魔獣が普段多く現れる場所である。
この場所では現在――ニワトリピニャータの大量発生が確認されていた。
「死んじゃいますう……持って帰っちゃだめですか?」
そして、見事に私はその可愛さにやられていた。
ニワトリの攻撃がぽむぽむしていて弱いこともあって体力もあんまり減らないし、これを割るなんてとんでもない! って心境になってしまっている。なんでこんなに可愛いの。
イベント期間も半分過ぎて『大量発生』と呼ばれる現象が実装された。
それはイベントランキングを駆け上がるみんなにとっては、己の相棒と同じ種類のピニャータを大量に倒してキャンディを稼ぐチャンスとなる。大量発生中のアナウンスは定期的にあるが、それがどこかという情報は公式で出回ることはない。
東西南北にざっくりと分けたエリア名と共にその近辺にて大量発生が確認された……というようなアナウンスが行われるのだ。当然人が集まるし、狩りの効率も人が集まれば悪くなる。
アナウンス自体も大量発生が起こってすぐに鳴るわけではないらしく、しばらく経ってからとなるので、それまでに見つけることができれば美味しい狩場となるわけだ。そして、私は偶然その狩場に出会ったわけである。
しかもパーティにいる聖獣と縁が深い見た目のピニャータは、倒せばキャンディのドロップが二倍だ。元は聖獣の厄祓いのために人形を壊す催しなのだから、同じ見た目のピニャータを倒すほうが得なのだ。
故に、アカツキの過去の姿となるニワトリの大量発生はものすごく美味しい。ランキングはもう怖くて見てないから別にいいんだけど、こうして目の前に餌がぶら下げられると飛びつかないわけにはいかないんだよ……。
が、可愛すぎて壊しまくっていると正気度がドンドン削れていくような感覚に陥る。可愛いしか言っていない気がする。可愛いとかいいながら扇でぶっ叩いてピニャータを壊すさまは、側から見ればまさにサイコパス。
「あー、心がニワニワする」
『心がニワニワ: とは』
『何言ってんだこいつ』
ここに天国があったんだねとばかりにうっとりとしてしまう。
あたたかい日射しに、ぬるい風。周りには、あまりにも密集しすぎたために同士討ち扱いになって散らばるキャンディ。天国のような地獄が広がっている。
「……のに」
ぬるい風。それはいつものシークレットピニャータが発生するときの予兆である。
「邪魔しないでください」
パチン。地面でピョコピョコするニワトリに視線を向けたまま、左手で白い扇を広げて頭上に打ち上げた。
「ギャッ」
自分の体力も少し削れて眉を下げる。眉間にしわが寄りそうになって、右手の指で自身の額をくいくいと伸ばす。動画配信中だぞ、笑顔でいなければ。
悲鳴の上がった方向を見れば、そこにはダメージを受けて転がるキャメレオンの姿。樹上から狙っていたのは、シズクがずっと上を見ていたからなんとなく分かっていた。
器用値極振りであり、攻撃力も普通のプレイヤーより劣るだろう。できることといえば、器用に攻撃を受け流して力の方向を変え、相手が自滅するように仕向けることくらいである。
樹上から落ちてきたキャメレオンの攻撃を扇で受け止めて力を逃し、地面に叩きつけられるように誘導した。それでもキャメレオンを一撃で倒せるまでにはならない。もうレベルも30あるのに……。
力不足を感じながらも、自分は回避と受け流し、そして相殺に重きを置いているのだからと言い聞かせる。
地面に叩きつけられてひっくり返ったキャメレオンには、オボロとジンがじゃれつきに行った。じきに倒されるだろう。
だから私はニワトリの大群をもっとよく見るためにしゃがみ込む。
「ねえ、やっぱり持って帰っちゃダメですか?」
ダメですか、そうですか。残念です。
コメントで受け流し技術が異常であること、自覚がないのか、あれは天然でやっているのか……という議論が繰り広げられている。
私はニワトリに夢中で、それに気づかないふりをしてひたすらニワトリピニャータを抱き上げていじくり回す。
うーん、強いて言うなら、分かっていてやっているってことになるよね。リアルだとそれほど運動神経に優れているわけではないのだけれど、ゲームで体を動かすのはかなりやりやすい。
そういう適性でもあるんじゃないかなと予測を立てているわけだけど、口に出せば謙遜ではなく嫌味になりそうだから言わない。
それに天然を装っておいたほうが、ほら、動画的に見栄えもあるし。
小悪魔的考えのまま微笑んで、私はニワトリを抱きしめてピースをする。
その瞬間、アカツキが腕の中にいたニワトリピニャータを思いっきり蹴り飛ばして倒してしまうという放送事故が起きたのだった。
「……嫉妬でしょうか」
アカツキは怒っていて目を合わせてくれない。
猫の吸い方なんて書籍、本当にあるんですね(震え声)
感想は全て読ませてもらたっております。
お返事できずに申し訳ありません。今からやると、返信したかたにメッセージがいっぱい飛ぶことになるので、返信はいたしません。そのかわり、質問などされたときは後書きで一緒に答えます。




