向日葵の指す道へ
「うあーーー、おつかれさまでした〜」
「お疲れ様」
画面の中にイベントクリア! の文字が浮かび上がった瞬間、私は脱力しきっていた。変わらずプレイヤーのお客さんは入り続けているけれど、リリィが素早く商品の売買をレジで自動に行うシステムに変えてから私達のほうへとやってくる。
最初からやれよというのは野暮だ。あくまでさっきのは彼女をパーティに入れるために必要なイベントだったわけだから。ゲーム的な都合ってやつだよね。楽しかったから別にいいけど! それはそれとしていっぱいお金もらっちゃったんだけどこれどうしよう……また天楽の里に寄付して発展レベル上げようかな。
「お二人とも、ありがとうございました! とっても助かりました〜」
「それはよかった。これでひと段落ついたのかな」
「はい! 自動レジはさっきお二人が頑張ってくださった時間分、アイテムで霊力を補充しきることができたので、しばらくは大丈夫です」
「充電みたいなもの?」
「そうですね〜」
ちゃんとシステム的な理由がある……だと!?
ユウマとリリィの会話に衝撃を受けていると、リリィがさっそくと言って私達の手を取って歩き出す。それを追ってこっとんが彼女の肩に飛び乗り、私達のパートナーみんなもついてくる。終わりを察した他プレイヤー達が手を振ってきたので、ザクロちゃんが手を振り返してメロメロにさせていた。いいぞ、サービスが上手になったねザクロちゃん! もっとメロメロにしてやりなさい!
ぞろぞろと移動して本題に入る。
まあカクカクシカジカってやつだけど、リリィには簡単に「太陽の神獣に会いに行く」ことと「ホウオウさんと原初の共存者アインから謁見するために必要なアイテムを譲り受けた」こと、「その謁見に誰か仲の良い人を連れて行ってもいいと言われた」ことなどを説明する。すると、リリィは随分とキラキラとした目で「本当ですか!?」と興奮気味に食いついた。
「やっぱり憧れですか? この世の昼を司る神獣様……」
「もちろんです! それに、この子と同じウサギの神獣だって言いますから……憧れも憧れです!」
「なるほど〜」
尋ねれば、そう返ってきて納得する。
ロップイヤーなこっとんちゃんも、ふんすふんすとしながら彼女の肩の上でなにやらアピールしている。どうやらもちろん憧れです! とこっとんなりに主張しているみたいだ。
「そんな貴重な旅路に私を誘っていただいても良かったのですか?」
けれど、急にシュンとして彼女が俯いてしまった。こういうところは控えめというか……卑屈というか。
基本的には明るいリリィだけれど、根本的なところで自信を持とうとしても持てないというか……そういうところがたまに顔を出してしまうよね。一度精神的に追い詰められたことのある人は、回復したように見えても時間薬で回復しきることは難しい。こういうところ、ちょっとリアルかも。
「リリィだから誘ったんですよ」
ただ一言。
事実を言えばいい。
足を止めていたリリィは、その言葉でまた歩き出す。顔を上げて、少し頬を染めて喜びを隠しきれないといったように。
「ありがとうございます……!」
一番最初にシナリオで関わったからこそ、最も信頼しているNPCは彼女だ。なんなら現実世界にリリィのおはようアラームとかほしい。切実に。商品化しないかな。すぐ買うのにな。
それと、これは内緒だが彼女が一番心配だからという理由もある。
あの虎がプレイヤーと関係あるNPCを襲撃しているのは間違いないし、振り翳している『秩序』もどうやら様子がおかしい。一度罪を犯した彼女は、二度、三度と狙われないとは言いきれない。
……それに、そんな彼女が太陽の神獣に受け入れてもらえたら、それこそ真の心の救いになるんじゃないかと思う。今でも、彼女はこっとんにずうっと罪悪感を抱いたままのようだから。たとえ表面上は気にせず仲良くしているように見えても、小さくない罪悪感が残り続けている。それは仕方のないことだけど、私のシズクに、こっとんに、そして一度人間を見限りかけた太陽の神獣にさえ赦されたならば……人間はやり直せる。共存するために、心を入れ替えて歩み寄ることができることの証明になる。勝手な正義を振り翳してくる相手にはうってつけのNPCだろう。もちろん、贔屓目に見ても彼女はすごくいい子だし、単純に友達だから誘いたかった比重も大きいけれど。
「それじゃあ、この羅針盤に頼って旅でもしましょうか!」
「はい!」
「……うん、ちゃんと話はまとまったね。よかった。僕も歓迎するよ、リリィさん」
私が手を差し出すと、ユウマも手を差し出した。イケメンにしか許されないごく自然な動作に私はチラッとユウマのことを見たけど、彼はなんでもないようにしている。
リリィは私達の差し出した手を交互に見てから、そっとその上に自分の手のひらを重ね合わせてはにかんだ。あまりにも可愛くて手を繋いでなかったら抱きしめていたところだよね。
羅針盤代わりの懐中時計をカチリと開いて、真っ直ぐ前に向いている向日葵の茎部分を追って視線を上げると……。
「え?」
「いつのまに」
「な、なんですか!?」
目の前に広がっていたのは一面の向日葵畑で、私達はその中の一本道に立ち尽くしていた。
カチン。
反射で懐中時計を閉じると、視界が揺らいで煙のように目の前にあった向日葵畑と道が消えていく。
「ケイカ?」
「っあ、すみません。つい驚いてしまって……」
慌ててもう一度懐中時計を開き、時計の針となっている茎を追う。
しかし、今度は先ほどの道が現れることはなかった。
「んんん?」
茎の向きはさっきと一緒だが、あの自己主張の強い向日葵畑は現れない。
もう一度カチンと閉じて、また開いてを繰り返しても示す向きは一緒だが幻影のような畑が現れることはなかった。
「ケイカ……」
「も、もしかして、私、やっちゃいましたか!?」
まさか確率イベント!?
呆れたようにこちらを見るユウマに焦ってカチカチと懐中時計を開けたり閉じたりする人になった私はその後もずっと、確率イベント発生のためにその場から1ミリも動くことなく……リリィをめちゃくちゃ待たせることになってしまった。
ユウマなら別に待たせてもいいけどリリィを待たせるとか万死じゃん。
無事に向日葵畑の道が現れるまでリトライして今度こそ進めるようになったのは、出発を宣言してから二十分後だった。




