狂気の配信【猫の吸い方】
モフモフが足りない。
スンっとした顔で私は、『緋羽屋敷』と名付けたホームの縁側にいた。なお、緋翼屋敷でないのは語感の問題である。『ひわやしき』のほうが言いやすくてね。
さて、最近の私と言えばイベント用キャンディを集めるために奔走し、新モーションの練習と開発、動画撮影をして過ごしていて、さっぱりと休んでいないのだ。
ゲームで遊びに来ているのにやめどきも見つからないし、なんなら現実ではちまちま片付けている夏休みの宿題が山ほど残されている。現実逃避に勤しみたいところだけれど、そろそろ宿題もやらないとヤバイ。
おかしい、エンジョイ勢なのにどうしてこんなに忙しいんだろう?
それに数万もの人がいるのにイベントで二桁順位を保っている。たまにサボろうとすると四桁くらいまで一気に落ち込むのだから、イベントを走り続けなければこれは保てない。
ユウマなんか一桁順位だし。
あの廃人め……って私も人のこと言えないか。
いっそ順位を保つことにこだわらず、一日ずっとこの子達と戯れて遊べばいいのでは?
へたに、日課でピニャータを倒し続けているからどうしても順位がチラついてしまうのだ。ならきっぱりやめればよろしい。
「というわけで、今回は『猫の吸い方講座』をしますね」
多分このときの私は気が狂っていた。
いや、モフモフのことになるといつものことだとかそういうことは言ってはいけない。ただ、このときは輪にかけて気が狂っていた。
にっこにこの笑顔で大真面目に『猫の吸い方講座』を配信し始める私。
コメントでいくつか「大丈夫?」「誰かお医者さんはいらっしゃいませんかー!?」なんて文字が見えたが、気にせず続ける。
「それでは皆さんご一緒に。まずは背中から。すうっと吸って頬ずりしてみましょう。これができない子は、先に警戒心をとくなりマタタビで釣るなりしておきましょうね?」
「みゃー!!!」
なにごとやら抗議するように鳴くジンを抱き抱え、背中に顔を埋める。それだけで柔らかい毛が頬を撫で、甘い清潔な香りで包み込まれるような錯覚に陥った。
背中の次は腹、そして尻尾を手で包み込むようにしてするっと撫で、腰のあたりをトントンと軽く叩いて撫でる。ジンからはありえないほど甘えた声が出て、若干抵抗していた力が緩む。その隙に柔らかい肉球を私の頬にぺしっと触れさせてぷにぷにを堪能。
ジンがとろっとろになるまで五分もかからなかった。
『狂気の配信』
『俺達はいったいなにを見せられているんだ』
『麻薬の禁断症状かなにかかな???』
『うちの子で試そう』
『おいやめろ』
『やめたげてよぉ!』
「えへへ、ジンのお腹モフモフですねぇ」
「み、み、みい……」
もはやジンは抵抗することもできずにもみくちゃにされる。
「オボロ達はどうですか?」
視線を己の相棒達に向けるとさっと視線を逸らされる。オボロは尻尾を股の下に挟み込み、アカツキは器用に翼を広げて「やれやれ」みたいなポーズ。
シズクは我関せずで就寝中。
「みゃ〜!」
狂気の『猫吸い一時間配信』となったその枠は、ジン一匹の被害だけで終息した。
「う、ダメですね。ソロプレイでのんびり愛でながらじゃないと禁断症状が出るようです。ごめんなさい」
そして翌日、ジンに土下座する私の姿があったのだった。どうやらソロではなく、二人行動で自由にできなかったことが原因みたいだ。どんだけぼっちが好きなの。
「もう一回吸ってもいいです……?」
「ふしゃー!」
しばらく肉球の跡がほっぺたについていたとかなんとか。
どうしてこうなった……???




