リリィちゃんは忙しい
「アカツキは会いたいよね、やっぱり」
「カァゥ」
その場には幼馴染しかいないからと、普段の調子でアカツキに話しかければ肩の上でもっふりと脚をしまって丸くなっている彼が、軽く鳴き声を返してくる。
公式で太陽を冠する神獣。
同じく、太陽をルーツにしたヤタガラスのアカツキにとってはぜひとも会いたい存在だろう。クチバシをもふもふの翼に突っ込んで羽繕いをしながら、片翼を広げて見せる。真っ白な翼の内側はときおり炎のような赤色の煌めきが波のように現れる。その美しさをほう、と息を吐いて眺めて指先を埋もれさせた。柔らかい羽の内側があたたかく、私の指先を包み込んでいく。
太陽の神獣も、その毛並みはあたたかいのだろうか?
そんな、ちょっと邪な考えが脳裏を過ぎる。
「ケイカ……失礼なこと考えてない?」
「へっ!? そんなことないですけど!? 太陽の神獣ももふもふに手を突っ込んだらあったかいのかなとかしか考えてませんよ!?」
「圧倒的に不敬で笑うんだけど。あのね、たとえ相手が人間じゃなくても初対面で許可も得ずにもふるのはね、セクハラなんだよ」
「え!?」
思い返すのは、はじめてログインをしたあの日のこと……ホウオウさんに、初手で抱きつきましたね、私。あれもしかして不敬だったーーーー!?
密かに衝撃を受けている私を見て、ユウマがなにやら「こいつ前科あるんだな……」みたいな顔をして顔を覆った。いや、まあ、その……そうだね。
「ブレない精神性だよね。いつも通りで幸せそうだからなによりだと思うよ」
「後方彼氏面みたいな目線で言うのやめてくれません?」
「分かったから、その子止めてくれる?」
私が嫌そうな顔をしたせいか、足元を這っていたプラちゃんがユウマの体に尻尾を巻き付けて持ち上げている。真顔で嫌そうにするユウマは、プラちゃんが危害を加えることはないだろうと思っているからか、余裕そうだ。確かに私がそういうのはさせないし、賢いからこの子達は人を意図的に傷つけることなんてないけどさぁ……いや、PK鯖のプレイヤーなのに反射で攻撃してこないだけ、かなり理性的ってことの証明になるのだろうか。バリアがあるからこっちの鯖では傷つけられないとはいえ、反射で手を出しちゃう人もたまにいるようだし。
「プラちゃん、そのままついでにそいつ運んであげてください」
「きゅぅるるるる!」
「え」
尻尾で掴んでユウマを背中に乗せたプラちゃんは、そのままツタ植物で彼にシートベルト(強制)を施し、そのままずるずる前進し始める。そして、私のほうはというとザクロの腕翼に掴まり、その場でジャンプする。そうすることで私をお姫様抱っこで持ち上げたザクロが張り切ってそのままドスドスと目的地に向かって歩き出す。飛ばなくてもザクロに乗せてもらえば歩幅的な意味で早いのだ。
そうして着いたのは、ホウオウさん達と謁見する前にも来ていたリリィのお店。ああしてホウオウさん達にも許可を得たことだし、やっぱり私としてはリリィを連れていきたい。
この太陽の神獣への謁見する権利は、私達プレイヤーだけのものではなく、NPCの……この世界で『生きている』人にもあるべきだと思ったから。
「リリィ〜」
「あっ、ケイカさんとユウマさん! さっきぶりですね……! おやつですか?」
他のNPCの接客をしていたリリィが振り向き、注文品のメモを持ったままこちらに駆け寄ってくる。NPCの男の子が一瞬ユウマを見て憤怒の顔になったけれど、私を見て、リリィを見てから穏やかな顔になった瞬間を見てしまい……私はどんな反応をすればいいのか困って苦笑いをしながらリリィを迎え入れる。
男にリリィの接客を奪われるのはよくないけど、百合は許容範囲内なんですかNPC君。
「リリィ、接客中だったんじゃないんですか?」
「いいんです! 注文をとったあと、お話を持ちかけられてしまって……断りきれなくて困っていたので」
NPC君さぁ……。
「そっか〜、可愛いと大変ですね!」
「お褒めの言葉ありがとうございます〜。それで、今度はおやつを食べに来たんですか? いつものお気に入りのやつ出しましょうか? あ、それとアカツキ君達のお顔を再現したパンをファンとして作ってみてるんですけど……出来を見てほしくって」
「いや、おやつを食べに来たわけではな……なんですって!?」
あれー!? リリィにここまで好かれてたっけ!? って少々混乱しながら、彼女の背を押してレジのほうへ向かう。レジは自動で客をさばいているが、それはそれ。注文をとったものは運ばなくてはならないだろうし、ひとまずそれらを終えてから……と思ったからだ。
ちなみに、さっきのNPCにはリリィの背を押しながらこっそりとドヤ顔を披露する。
「NPC相手に仲良しマウントするとかマジでやってる?」
「ノリに決まってるでしょうが」
ドン引きしたユウマがついてきて、二人してレジに。
「リリィさん、僕ら食べにきたわけでも、冷やかしにきたわけでもないんですよ。あなた自身に用があって、話がしたいんですけど」
そうして、話が進まない私達を見かねてかユウマのほうが話を進める。彼の言葉にリリィは少し考えるようにしてから、「それってお話だけで済むものでしょうか?」と答えた。なるほどね、そこは大事だ。
「話は内緒のものだから他の人に聞かれたくはないかな」
「ユウマ、誤解を生みそうなこと言わないでくださいよ。どちらにせよ、リリィが良ければ一緒に来てほしいところがあるんですよね。冒険のお誘いみたいなものです」
ユウマの言葉を引き継いで、一番重要だろう「冒険の誘い」についての話題を出す。この話が出たことで、リリィは「ちょっとそこまで行こう」だけで済むような話ではないと察したらしく、きゅっと唇を引き結んで真剣そうな顔になる。
「……でも、今ちょっと忙しいんですよね」
それから困ったようにリリィが肩を落とした。
確かに自動でレジができるとはいえ、少しお客さんが増えてきている。その中に私のファンが紛れているのは確認済みだが、明らかにNPCも増えている。いや、というかこの増えかたおかしくないか? と思い始めたところだった。
テラス席のほうでNPC同士の軽いトラブルがあったようで、あたりが騒がしくなる。
「あっ」
パタパタと慌ててリリィがそちらに向かう。
そして、謝り倒して二人のトラブルを解決していく彼女に、レジの側にいたこっとんが心配したのかぴょんと跳ねて向かっていった。
明らかに増えた客とトラブル。
困っているリリィ。
思わずユウマと顔を見合わせた。
もしかしてこれって?
「仲間にするためのミニイベント……とかでしょうか」
「そうかもね」
同意を寄越したユウマに、私は忙しそうに動き回るリリィの元へ。
「あっ、ごめんなさいケイカさん。ちょっと今は忙しくて、先ほどのお誘いは難しそうです……また誘っていただいても?」
「それなんですけど。ねえ、リリィ」
「はい?」
また誘いに来てもいい。忙しくない時間帯を狙えばいいだけだ。でも、それじゃあ、おもしろくないよね?
「私達、お店を手伝いますよ。短時間のアルバイトとして雇ってみるのとか、どうです? 私は特にそういうの得意ですよ?」
「……そ、そうまでしてするお話があるってことですよね? もしかしてすごく重要なやつです、か?」
「ええ、とびっきりの話です。太陽の神獣の関わる、とっても重要な」
その言葉を聞いた途端、彼女は目を見開く。
彼女は少し迷うように目を泳がせて……けれど、すぐに胸の前できゅっと手を握ってこちらをまっすぐと見つめてきた。
彼女の足元からジャンプしてきたこっとんが、その腕の中に飛び込む。
それから、金色の可愛らしいふわふわツインテールを揺らして首を振り、差し出していた私の手を握った。
「お手伝い……お願いしても、いいですか?」
「もっちろんです! 何度でも言いますが、私達そういうの得意ですから! ねえ、みんな?」
私の言葉に、いっせいにうちの子達は頼もしく鳴き声をあげた。
ザクロなんかガッツポーズをして答えているし、プラちゃんもツタを伸ばしてなんでも待てるよ! アピールをしている。アカツキとシズクも手はつかえないが、手伝う気満々で声をあげた。
そんな私達に、ユウマ側のパートナー達も声をあげる。
「そ、それじゃあ手伝ってもらっちゃいましょうか!」
喜びの声をあげたリリィがルンルンで私の手を握ったまま、バックヤードへ通じる扉に向かう。おっと?
案内されたバックヤード。
置いていかれたユウマを気にしていると、私の手を握ったまま彼女がぐいっと顔を近づけてくる。あれ〜、おかしいな。なんとなく、ぐるぐる目をしているような気がするんだけど。
「うふふ、あのですね! ケイカさんには一度着てみてもらいたくって……わ、私とお揃いの服なんですが、どうですか? 一度見てみたかったんです……!」
そう言って出してきたのは、リリィとお揃いのドピンクなエプロンドレス。白とピンクで構成された、ゆめかわウサギモチーフのふりふりなやつだ。
えっ、これを私が!?
リリィならともかく、普段和装の私が!? これを!?
「え、あの……」
「似合うと思うんです! 可愛いと思うんです! ねえ、ケイカさん。アルバイト、してくれるって、言いましたよね?」
私は、彼女の圧に負けてその場で頷くことしかできなかった。
リリィとお揃いのふわもこ桃色ウサギエプロンドレスを着ること、決定である。
可愛いけど! 確かに可愛いけどさ〜!!
「ケイカさんのヘアアレンジもさせてくださいね! 一度その長い髪を遊……アレンジしてみたかったんです! やった! ありがとうございますの!!」
許可してないのに許可したみたいなノリになっちゃった。
どうしよう。彼女達NPCも、元の性格を踏まえたうえで交流により会話データとかから成長していくらしいし……この子をこんな風にしてしまったのは私である。責任が重い。
「ユウマさんはどうしましょう。女の子用しかないんですよね。白黒の違うカラーくらいしかなくって」
いやあるんかい、じゃなくって。
「ユウマも女装させましょう!!」
「えっ、いいんですか?」
「いいですよ!! 私が許可します!!」
これは全力で巻き込むしかないでしょ!
自分の知らないところで女装しながらのアルバイトが決まった幼馴染に、メシがうめぇ!! っとなる私なのだった。幼馴染のささやかな不幸はおもしろければおもしろいほど私が楽しいので!!
実はYoutubeに神獣郷オンラインのコミックをボイスコミック化したものが公式で出ています!1話と2話が現在出ております。わりとイメージ通りだったのでぜひ読者の皆様も視聴してみてね!!




