太陽の象徴が在るところ
「太陽の神獣について、訊きに来ました」
見上げる。
こちらを眺める彼らの瞳は互いを行き来して、そして頷いた。
「それは、なぜかな?」
「お二人はすでにご存知かと思いますが、なにやら不審な聖獣が現れるという噂があります。私達は先日、その聖獣らしき者に会いました」
「うん、被害報告は多くあげられているね。君達も会っていたの?」
「はい」
アインさんが質問をして、私が答える。この会話には、澱みなく答えなければならない。そんな気がした。信頼はされているだろうが、事実確認は大事だ。今、私はそれをされていると考えていい。
「姿は?」
「白い虎です。かなり大柄でした。襲撃を受けたのは天楽の里のアリカ、カナタ、フレゼアの二羽と一人です。私達とお茶をしたあと、帰り道に不安なので友人の一人が送っていったところ襲撃に遭い、私へ連絡が来ました」
「ほう、交戦はしたのか?」
ここでホウオウさんも口を出してくる。
なので、今度はホウオウさんのほうを向いて頷いた。
「急いで現場に行くと、暗闇の中で光る目が見えました。けれど、目は魔獣の特徴である赤色の瞳ではありません。それから、毛は目立つ白色なのに不思議と闇に溶け込んでしまって動きがなかなか見えなかったので厄介な子でしたね。まるで月が味方しているみたいに上手く虎の姿を隠してしまって……それで」
言葉に続くように、今度はアインさんが「魔王の影を感じた……ってところかな」と話す。私はそれに頷くと、お腹のところに手を重ねて丁寧に頭を下げる。
「私、ケイカはこのたびの騒動には魔王が関連していると考えています。ですから、少しでも多く魔王のことを知りたいと思いました。お二人ならば魔王のことを深く知るだろう太陽の神獣について教えていただけるのではないかと」
こういうとき、ユウマも話してくれればいいんだけど……まあ、なんというか彼は私との付き合いでイベントに挑んでいるようなところが少しあるから、積極的じゃなくてもいいか。
普段はPKあり鯖にいるからNPCを狙う襲撃犯が現れたところで……みたいなところがある。それを考えると、あり鯖の人達ってゲームのイベントを楽しむことってあるのかな? って心配になる。ずっと自分達だけで完結してたりしない? そういう人は対戦ゲーに移ればいいのに……と、いけないいけない。神獣郷厄介オタクみたいなこと考えてる場合ではなかった。
「確かに、我らに直接訊くよりは、会ったことのある片割れ本人に訊くほうがよかろう。我らも茶を飲みながら魔王についてを聴いたことこそあるものの、一度も会ったことはない。故に、詳しくはないからのう」
「そうだね〜、愚痴と惚気をいっぱい言ってたよね? 僕らなにを聞かされてるんだろうってずっと思ってたなあ。仲良くなれたのは良かったんだけどさ」
「お前が余計なことばかり口に出そうとするから、我は大変迷惑であった。太陽の神獣を落ち込ませれば太陽がまた暗闇に隠れる故に」
「あったあった! 太陽をちゃんと元に戻してくれるようになるまで太陽が出っぱなしになったり暗闇になったり、いろいろおかしくなってたよね。情緒不安定だったから、安定するまで一緒にお友達として暮らしてさ」
「厄介なやつだったのう」
「君にも将来太陽の力を持つ神獣になるからってすごい絡んで来たよね」
「……大変だったのう」
アインさんとホウオウさんが向き合いながらつらつらと楽しく語っているが、先に言いたいことを言っておくことにする。
「なにそれ詳しく!!」
「ケイカ、必要なのは太陽の神獣の居場所であって、お二人の思い出話じゃないよ」
「クソが! こういうときばっかり口出ししてくるんじゃねーですよ!!」
「丁寧語取れてるよ。エレガントな舞姫(笑)なんじゃなかったの?」
「私はもうエレガントヤンキーでいいって開き直っているので!! なにも問題ありませんねぇ!!」
とにかく、太陽の神獣についてだけは少しだけ知ることができた。結構面倒くさそうな性格をしているという点で。ま、でもこの会話がなにかの手がかりになったりするかもしれないし、性格さえなんとなく分かっていればコミュニケーションをとる際に気をつけることができるから有用な情報だろう。
「貴重な砂糖を二つも使いおってからに」
「あれは僕悪くないよ。あとそれ、二つじゃないんだよね。追加で二つ入れられたから全部で四つ」
「なに? だから我が紅茶を作る際には毎度天候が荒れておったのか」
「今更気づくなんて……」
あれ? というかもしかしてこれって……。
チラッとユウマを見ると、さりげなく録音機能を起動していた。
どうやら、いつのまにかヒント会話のフラグを踏んだらしい。普通のゲームならヒント会話だけ延々ループするような感じのやりとりがアインさんとホウオウさんとの間で続いている。
「あやつは甘いものが好きだったが、我らはイチから料理を覚えるしかなかったのう」
「いや〜、まさか太陽のない真っ暗闇の世界を数年旅して、ようやく居場所を見つけたと思ったら空腹で倒れてるだなんてさすがに笑いそうになったよね」
「あれは笑わなくて正解だったぞ。きっと笑っておったら二度と門の内側には入れなかっただろうて」
「それもそうかも! あと、塔の近くの畑仕事手伝ったり……」
「あったのう。やたらと手伝わせてきおったわ。その代わり、手伝って渡されたトウモロコシは美味であった」
「旅で鍛えたスキルのおかげでスープだけは作れたからね、コーンスープを一緒に作ってるところを見て滞在を許可されたんだよね」
「共同作業で湯を沸かしたりしていたからかの。彼が我らを共存して生きる者として認めてくださったのは」
「そうかも〜。僕らの歴史が、太陽の神獣の前で舞い踊って共存して生きていることを示した……ってなってておもしろかったよ」
「歴史というものはお綺麗にまとめたほうが良いからの」
待て待て待て。
あれ、もしかして私が憧れていたあの神獣郷のPVって……捏造……? そんな、馬鹿な……!!
地味にショックを受けている私の背をユウマが叩く。
ヒント会話はまだまだ続いていたので、ちゃんと覚えておかなければならない。ええと、甘い紅茶が好きで……と心の中で内容を反復していく。
「あやつはニンジンで作った甘いケーキを特に好んでおったが、野菜で甘いものを作るのは我らにはちと難しく……アインに頼り切りになってしまったのう」
「彼のせいで料理スキルがだいぶ磨かれた気がするよね〜」
ニンジン……やっぱりウサギさんだからだろうか。
そんなことを思っていると、なんだかハッとした様子のアインさんがこちらを見た。どうやらヒント会話は終わったらしい。
「ああ、ごめんごめん。つい昔話に花が咲いちゃって……で、彼の居場所だったよね?」
「あ、はい。お教えしていただければと」
答えて、隣のユウマを見る。ちゃんと録音はできていたみたいで頷かれた。パートナー達を見ても、ちょっと長い会話に飽きてきている以外には問題なさそうだ。目のあったアカツキが翼で胸をトンッと頼もしげに叩いている。
「うん、君らなら信用できるし……いいかな。それじゃあ、君らにこれをあげよう」
ホウオウさんの隣から飛び降りて来たアインさんが、ふわっと私達の前に着地する。そして、前に出て来た彼が手を突き出したので、反射的に私も手を差し出した。
私の手のひらのうえにチャリ……と鎖に繋がれた懐中時計のようなものが置かれる。
「アインさん、これは?」
「それは羅針盤代わりだよ。開いてごらん」
「はい……あっ!」
懐中時計のようなそれは、開いてみると時計の針がヒマワリの花の形でできていた。花から茎までの形で針の代わりみたいになっている。けれど、どうにも現在の時間とは合わないように見えてならない。
「時間が……合わないようですけど」
「もちろんだよ。だってそれは時計じゃないからね」
「じゃあ……さっき言っていた、羅針盤……ですか?」
彼はにっこりと微笑んで頷くと、私の開いた懐中時計にトンッと指をさした。
「このヒマワリの針が寄っている方角に進むんだ。そうすれば、太陽の神獣が住んでいる太陽の塔に辿り着くことができる。これはね、彼が僕らに持たせてくれた迷子にならずに辿り着くためのアイテムなんだよ!」
「それでもアインは迷うがな」
「それは言わないでよ〜」
相変わらずのやりとりに笑ってしまうが、しかしひとつ気になることがある。私は懐中時計をそっと撫でながら、アインさんを見上げた。
「いいんですか? お二人がもらったものなのに」
すると、一人と一羽は顔を見合わせて花が綻ぶように笑う。まるで、なんの気負いもないみたいにして。
「必要なものを必要な人に渡すことは先輩として当たり前のことじゃないかな? それに、君らは僕と同じだろ?」
「……きょうぞん、しゃ」
「そう、獣と生きていく。獣と同じ時間を生きると約束した共存者。僕らが始まりって言われているだけで実際にはもっと昔から、大勢の人達が獣と共存して生きたいと願ってたことは、もう分かってるよね」
疑問系ではなかった。
思い出すのは、ペチュニアさんとシルヴィ。そして、メーサさんやスノーテさんとエアレーのこと。帝国の、獣は道具だと断じる思想が強い時代でも獣とともに生きようとして悲劇に見舞われた人達のこと。
アインさん達が旅をして、隠れてしまった太陽の神獣に人間はまだ捨てたものではないと最初に示しただけで、獣と人間の共生関係は元からあったのだ。
「だからね、これは次世代の後輩への餞別ってところかな。そろそろ彼に会える人間がいてもいいと思うし……なにより、寂しがってそうだからね」
優しくそういう彼に頷く。
それから、寂しい。ウサギという点でひとつ思いついたことがあって口を開いた。
「あの、もう一人……連れていってもいいですか」
「君が信頼するに足ると思った人なら、いくらでも」
彼は誰かを問わずに許可を出す。まるで誰を誘うのかが分かっているかのように。
そう、私が思い浮かんだのは、同じくウサギを連れた少女……リリィ。
「ウサギは寂しいと死んじゃうよ〜ってよく言ってたから、遊びに行ってあげてね。君らなら退屈しないだろうし!」
「ええ、もちろんです。絶対に楽しませてみせますとも!」
彼と握手をして、大事に大事に懐中時計を懐にしまう。
そうすることで目の前にウィンドウが開いた。
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イベントクエスト: 「向日葵が見つめる先へ」を受注しました。
クエストクリア条件「太陽の塔へ辿り着き、中へ招かれる」
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