徘徊者の目的
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人間は誰でも猛獸使であり、その猛獸に當るのが、各人の性情だといふ。
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無事に里まで三人を送り届けてから私達は自分達の住む街へと戻ってきた。
先ほど確認したところ、ネットのイベントページでも更新があったみたいで、そちらでは『徘徊者』の撃退報告や、目撃情報みたいなのが載せられている。なんとなく、不審者情報が出回って指名手配をみんなで共有しているみたいだなと思った。
そこにはさっそく天楽組の話しただろう内容がある。目撃情報と襲撃の被害者達は、大抵がどこかしら負傷しているようだ。いまだ死者こそ出ていないが、それも時間の問題だと思わせるような描写になっている。どうやら、翼がもがれたカナタ君の負傷はその中でも軽いほうだと知ったから。あれで軽いほうとか、絶対おかしいよ。
「掲示板によると、襲撃を防げなかった場合も被害者は重症状態で生き残っているようです」
「一応殺さないようにしてるのは神獣郷運営の優しさだろうにゃあ〜。普通のRPGだったら犠牲のひとつやふたつ出てそうだよね」
「それはそう」
イベント情報の載っているところでは、神獣郷運営の裏にいる人達が本気出してきたと噂しているようだ。今までもチラチラ見え隠れしていたし、キャラクターの過去関係で露骨に見えていたが、今回こそ表のもふもふ教信者を押さえ込んだメンタルリョナラーがイベントを主導していると思われているようだ。私もそう思う。
「ただいま帰りました〜」
「おかえりなさい」
「あれ、スノーテさん起きていたんですか?」
「心配でしたので……」
ルナテミスさんと二人で緋羽屋敷に帰ってくると、布団でメーサさんを寝かしつけたあとのスノーテさんがこちらを振り向いた。少しばかりクマが刻まれた目元ににっこりと笑みを浮かべている。私達を心配してくれていたのか。
「怪我はしちゃってましたけど、ちゃんと無事にみんなを送り届けることはできましたよ。安心して寝てください」
「……はい、そうですね。分かりました。おやすみなさい」
「おやすみなさい」
あるいは、屋敷を守る主人がいない状況に不安を持っていて守護者となっていたのか。あの一件で私のことは信頼されているけれど、屋敷そのものが外からのなにかに安全とは限らない。そう思っているのかもしれない。
プレイヤー目線なら屋敷が安全だということが確信できるけれど、NPCはゲームのご都合なんて知らない。だから、万が一を考えて眠れなかったのかもしれない。
布団に抱きしめ合うようにして倒れ込み、寝た二人のそばに寄ってその髪を手ですく。それでも起きないので、糸が切れたように深く深く眠ったようだった。それだけ私の姿で安心してくれたというのなら、これほどに嬉しいことはないだろう。
「とうとう魔王の片鱗のようなものが見えましたが、どう思いますか? ルナテミスさん」
「ふつーのイベントしかしてなかったけど、やっと話が進むのかにゃーって感じ。魔王の影薄かったもんね」
「ここから一気に情報の暴力でも来るんですかねぇ」
話し合いながら、軽く情報整理をしてお互いにログアウトすることにした。
イベントページを見て思ったことは、やはり共通していたみたいだからそれもストッキンさんやユウマに情報共有することを選ぶ。
襲撃で負傷したのは、やはり共存者に助けられたり、仲の良いNPC達のようだったから。徘徊者の目的はプレイヤーが仲良くしているキャラクターを攻撃することだと推定できる。相手が魔獣でない故か、プレイヤーを狙わないのが結構厄介だ。今まではプレイヤーを積極的に狙ってくれたから、避けてその隙に攻撃をするということができていたのだ。他者を攻撃しに行かれると、敏捷が低い私にはとても対処しにくい。
「しばらくはNPCといるとき数人で行動したほうがいいですかね」
「そうかもね〜。明日と明後日はミー来れないから、ストッキンかユウマに連絡しとくといいにゃ」
「分かりました」
徘徊者の現状の目的はNPCの襲撃だろうが、その背後にいる魔王の目的が分からない。魔王は人間が嫌いでも、同族には危害を加えないと思っていたんだけど……徘徊者は同族を狩ろうとしているし、本当にどういうことなんだろうか。
魔王の目的はまだ知れない。
そもそも、あの闇色の翼が魔王だったのかすらも実は確定していない。
分からないことだらけの中、新たなイベントが本格的に幕を開けた。




