闇に隠れる
闇夜の中に一筋の光が縦横無尽に動き回る。
暗殺者のごとく俊敏に動き回り、ヒットアンドアウェイを繰り返すそのモーションのひとつひとつ見てとっても、どれひとつ同じ動きをしているようなことがない。
こちらが攻撃を加えれば加えるほどあちらも対応してきて、こちらの癖も読まれたように動きの変化が起こるくらいだ。私達が後方のNPC組を守るように動いていることが分かっているせいか、そちらをわざと狙うような動きをして被弾や攻撃を受け止めさせる動作を発生させようとしてきているのが分かってしまう。
自動でAIが学習していくとはいえ、ただの魔獣ならどれだけ多彩でも一定のモーションが存在するのに、ほとんどそのようなところが見られない。
異常。
その言葉が思い浮かぶ。
ゲームとしては異常な動きの数々。
ここまで凝ったモーションのNPCが出ることがあるなんて、と謎の感動を打ち震えながら、何度目かにもなる爪の攻撃を扇子で受け流す。
一回受け流すごとにほとんどのダメージを相殺しているはずなのに、8割近く削られているダメージ量を見て焦りが浮かぶ。スキルで即死効果だけは凌げるようにしているけれど、そのスキルだって連発できるものじゃないから、多少の残機が増えているだけにすぎない。
私が守りに徹してルナテミスさんやディアナも攻撃しに行っているが、ディアナも同じくらいの体格があっても真っ白な体だ。月が、月の光が反射して彼女の位置なんて丸見えだ。そう、あちらの『徘徊者』も同じ条件のはずなのに、どうしてかあちらは月の光に照らし出されて身を晒したりしない。
月が――月が徘徊者を味方している。
その事実に、どうしてか嫌な予感を覚える。
「……っ! アカツキ! 太陽になって!」
「カァァァッ!!」
月があちらに味方するのであれば、太陽をこちらも利用すればいい。夜だからって太陽がないわけではないのだ。
体を大きく変化させたアカツキが空に登っていく。その後を追うように大ジャンプした虎が爪先を伸ばして彼の足に引っ掻き傷を残していったが、空に上がってしまえばアカツキを邪魔できるものはいないはず――。
ピピッという音に、嫌な予感がして叫んだ。
「アカツキ旋回して回避!」
「ッ!」
反射的にその場から旋回したアカツキの、さきほどいた場所に雷が突き刺さる。炎に揺れる大きな翼が太陽のごとく周囲を照らして、ようやく虎の位置が把握できるようになると、虎は忌々しそうにアカツキを睨め上げていた。
剥き出しの牙からグルグルと重低音の唸り声が漏れ出す。
怒りを感じるその声に、私はジンとともに駆け出した。
同時にルナテミスさんとディアナも動く。自然に視線が合わさり、挟み撃ちの形になった。ジンとディアナが交互に攻撃を仕掛け、私とルナテミスさんがそのすぐあとに。波状攻撃を仕掛けるようにして避ける暇のないように攻撃を加えたが……。
「うーん、当たらない」
スタッと虎がその場から飛び退って華麗に回避してしまう。
このままではイタチごっこだよなぁと思いつつ、アリカ君やカナタ君を庇う布陣は崩さない。オボロやシズクがあちらにいるから万が一のことはないと思うが……。
「やっぱり人間を避けて聖獣を攻撃しようとしてます?」
今までの魔獣とはかなり違う動きをするので、やはり戸惑いが強い。
そして、アカツキのおかげで姿は見えるようになったもののすっかりこう着状態になったときだった。
後退りをしていく虎の後ろから、巨大な闇色の翼が溢れ出す。
「え!?」
とうとう時間切れかなにかで逃げ出そうとしていたのだろうか? 一見して虎の背中から生えたのだと思った闇色の翼は、よく見ると空間そのものから這い出してきているように見えた。夜闇の中を切り裂いて、いきなり空中から出て来たようなその翼の中に、ゆっくりと後退していった虎が包み込まれる。
そうして翼がすっかり虎を覆い隠してしまうと……次の瞬間には、もうそこには翼も虎の姿も残っていなかった。ただ、月が出ていたはずの空はすっかり月が隠れて夜の色を深くしている。
巨大になったアカツキだけが、私達を照らす太陽としてそこにずうっと君臨していた。
「……さっきの翼、なに!?」
「え、え〜?」
私とルナテミスさんはもう困惑するしかない。
まさかあんな形で退場していくとは思わなかったからだ。なんか黒幕っぽいのがいた!! というテンションだけが残って2人して手と手を取り合う。
け、け、掲示板に書き込まなくちゃ!!
そんなことを言えば、ルナテミスさんに呆れたように「ネラーだにゃ」などと言われるのだった。いやだって仕方なくない!?
「結局……一定時間しのぐだけでよかったんですかね」
「さあ〜?」
そこもまだ分からない。
しかし、大事なのはそこじゃない。
「アリカ君、カナタ君、フレゼアさん。さ、帰りましょう。私達が護衛をするので安心してくださいね」
この子達がちゃんと生き残った。
今はそれだけでいい。
徘徊者についてはこれからまた、きっとネットの集合知がいろいろ議論してくれるだろうから。




