襲撃イベントにて
叫びが聞こえた。
悲痛な叫びが。
延々と流れている通知音を無視して前を見据える。
もうすぐ、もうすぐ。
「グォウ!」
オボロの目が鋭くなる。
血の匂いだ。プレイヤーの精神衛生上、この世界ではそんなものほとんど再現されていないが、聖獣や神獣達はそれも感じ取ることができる。
だから、見下ろしたときにきゅうっと細まったオボロの目を見て悟る。もう怪我人がいるんだ。
そして、ひたすら走るオボロの背に捕まって私も目を細めた。
まだ遠い。まだ遠い。
そして、地面に白く散らばる羽根が見えた。
「アカツキ、先に行って!」
「カァ!」
弾丸のように飛んでいったアカツキが羽根を燃やして攻撃モーションに入る。
向かう先にいるのは、暗闇の中でも美しい真っ白な猛獣の姿だった。
猛獣が尻尾を揺らしながらバチバチと雷撃を仕向け、ルナテミスさんがうずくまった里組の前で攻撃を弾く。けれど、一人で技をさばける量ではなく、彼女も少なからず体力を消耗しているようだった。
しかし、白い猛獣を前にして似た姿をしたディアナも負けじと咆哮をあげて襲いかかる。二匹の獣がもつれあって噛みつきあい、電撃を迸らせる。だが、殺さないようにしているディアナとは違い、猛獣のほうはどう考えても本気で殺しにかかっている様子だった。体躯はディアナよりも猛獣のほうが大きく、頭を押さえつけられて胴を噛まれた虎姿のディアナが、尻尾を鞭のようにしならせ、後ろ蹴りを入れることでようやく攻撃から逃れる。
そんな繰り返しだ。
さすがにボロボロになっているディアナと、ルナテミスさん。そしてその後ろで庇われている里組のようすが目に入ったとき。
私の頭に血が登ったのが分かった。
「カナタくん!!」
擬態が解けて鶴の姿に戻っているカナタ君の腕が……いや、片翼が根本からごっそりと切り落とされていたのだ。こればかりは激しい怒りに見舞われても仕方がないと思う。
とにかく私は怒りのまま猛獣とやりあっている場に乱入し、扇子で一撃を加えにいった。
「オラァッ!!」
しかし、猛獣はひらりと避けてせせら笑うように喉を鳴らす。
その反応はまるで、何人来ても同じと嘲笑っているかのようだった。
「くっ、深追いは禁物ですよね」
カナタ君達を私も庇って立ち、ルナテミスさんに視線を送る。
「散々メールしたのに無視したにゃー!」
「すみません、それより急ぐべきだと思って」
「それはそうだなあん。救護要員連れてきた?」
「もちろんです」
肩からシズクが飛び降りて、フレゼアさん達に支えられながらぐったりとしているカナタ君の側に近づいていく。大丈夫、シズクはヒーラーだ。彼女ならどんな怪我だって治せる。焦るな。きっと助かる。だって最初からルナテミスさんがここにいてくれたのだから。死ぬことはない。きっとこのイベントの目的は「襲撃」そのものだから、最悪な事態にはならないはずなんだ。
そうやって自分の心を沈静化させつつ、相手を見据える。
大丈夫……うちの子を信じろ。シズクならやってくれる。カナタ君は助かる。絶対に。いや、「助かる」じゃなくて「助ける」か。必ず助ける。
「ジン! 電撃押さえられます!?」
「なあん!」
凛々しく返事をしたジンが駆け出し、雷が迸った。お互いに雷属性ならばそこまでダメージを受けたりはしないだろうという判断だ。ジンが受けて立ち、上空からアカツキがちょこちょこと妨害行為と攻撃を加えていく。しかし、それらも見事にひらり、ひらりと回避されていく。力強くしなやかな体が跳び上がった。
猛獣の姿が月明かりに照らされ、暗闇の中に浮かび上がる。
煌めく純白の毛並みで上空のアカツキに向かった――虎はガチンと歯を打ち鳴らす音をたてて落ちてくる。間一髪のところで攻撃をアカツキが回避できたのだ。けれど、まさか上空にいるアカツキを真っ先に殺しにかかってくるのは予想外だった。
上からの攻撃がうざく感じたとか? ちょっと分からんでもないが、モーションが普通の魔獣と違って困る。だって、普通の魔獣なら人間である私やルナテミスさん、それかフレゼアさんを狙うはずだから。
恐らくフレゼアさんはそういう理由で狙われたのだと思ったけれど……なぜだか虎はアカツキを殺しにかかり、ジンには地面にクレーターが発生するほどの腕の攻撃で襲いかかる。すぐそばに私達もいるのにだ。ヘイトコントロールができているといえば聞こえはいいが、これはさすがにちょっと予想外だ。
「しゃるる!」
シズクの声に軽く背後を振り返る。
翼はくっついていないが、出血を抑えることには成功したみたいだ。カナタ君達の周囲だけ癒しの雨が降っている。あの中にいれば、いずれはきちんと取れてしまった翼もくっついて回復するはずだ。
いや、今すぐには無理かもしれない。
「イベント……ですもんね」
しばらくは欠損状態になることを覚悟しておくべきか? 片翼の鶴になっちゃったらちょっと可哀想だけど、それはそれでしんどい展開は嫌いじゃない。
いつか治ることを祈ろう。
ところで、目の前にいる虎だが……。
「これがイベント告知の『徘徊者』ですよね? なーんか、違和感があるような……」
ヘイトが向かう方向といい、モーションといい、姿といい、なんだか違和感がある。
「おっと」
ガチンと扇子と爪がぶつかる音が響いた。
そうやって攻撃を受け流したりしていると、近くに立ったルナテミスさんがこちらを向いた。
「まだ気づいてにゃーの?」
「……なにがですか?」
心底不思議そうな彼女に聞き返すと、ルナテミスさんは呆れたように目の前の白虎を指さした。
「あの子、魔獣じゃないよ」
その言葉で背筋がひやりとして、まさか……と言葉をこぼす。
けれど、改めてよく見れば確かに虎の瞳は赤くはなかったし、額の宝石も黒く染まっていない。
「それって、聖獣なのに人間を襲ってるということですか!?」
初めての事態に、私は思わず叫んでいた。
6月15日にいよいよ神獣郷オンラインのコミック4巻発売です! コミックのほうは4巻で最後となり、ちょっと寂しいですが神獣郷のことを今後ともよろしくお願いします!




