新たなイベント『徘徊者』
「いや〜女子会は楽しかったな!」
あれから、一日中女子会を楽しんだ私は庭で解散後の片付けをしていた。
「あのあの、片付けもせずお泊まりとか……いいんですか?」
「スノーテ、もう蛇ちゃん眠い」
「あ、はいはいおねむですね。背中ポンポンしますからこっちおいで〜」
「お気になさらず! まだこの街に拠点と言える拠点もないでしょうし……」
「確かに、今は宿にお世話になっていますが」
スノーテさんは縁側で蛇ちゃんを膝枕しながら寝かしつけつつ、困ったように首を傾げた。NPCのお家は基本最初から用意されているが、彼女達は古代からそのままタイムスリップしてきたようなものなのでそんなものは存在しない。ご都合主義で用意されるのかと思いきや、今は宿にご好意で置いてもらっている状態らしい。これから活動して出世払いでいいみたいな感じなんだとか。
私はこの子達のお家建てるイベントとかもあるのかな〜と予測しているが、果たしてどうなのか。もしそうなら全力で材料集めるぞ。
それに、しばらくはここに通ってくれたほうが好感度も上げやすいのと……。
「イベント予告も気になりますし……ね」
つい先日、神獣郷の公式ホームページにイベント予告が出た。
私が研修や学園祭を楽しんでいる間に時間は少し過ぎ、もうそろそろクリスマス関係の長期イベントの案内でもやるのかなと思っていたのだが、どうもそういう感じとも違う。その予告は、真っ暗な映像の中にザクザクと草と土を踏む音が響いて、最後に薄汚れて傷だらけな白い虎の姿と、闇の中に光る黄色い瞳だけがこちらを視認し、カメラアングルがブレるような演出で終わった。
謎の予告PVに界隈の人間はざわつき、あまりにも情報量の少ないそれに物議を醸した。その後出たのが文章のほうの予告だ。
――――――
該当の日時より『徘徊者』が出現します。
前触れもなく現れた『徘徊者』は獰猛で一般人を襲う恐れあり。共存者各位は十分にご注意ください。
――――――
それは、予告というよりもリアルでも回ってくる『不審者情報』のような形式で載せられていた。
でも、なによりもざわついていたのはそこではない。
PVに出てくるその姿が……体が薄汚れていたとしても目が赤くなかったことに起因する。
魔獣の特徴は目が赤く、額の宝石がドス黒い色になっていること。
なのにPVの獣の目は赤くはない。それはつまり、魔獣ではないのに人を襲う存在が出現したことを示していた。
そして、『一般人を襲う恐れあり』の一言がなによりも怖い。
だから、なるべくこの子達を私のほうで囲っておいて被害を出させたくなかった。NPCはプレイヤーが殺しても戻ってくるが、じゃあNPC同士は? と言うと分からないとしか言いようがない。むしろ、戻ってこない可能性のほうが高い。なんせ、公式でそんなPVでも出てきたら『過去は変えられないが今を幸せにするシナリオ』が多い以上、その事実は覆らない可能性が高い。
まさか優しい世界を売りにしているはずの神獣郷がこんな予告PVを出してくるなんて……ゾッとしたよね。確かに既存キャラクター達の過去とかで闇の性癖が漏れ出ていたけれど、それが『現在』まで手を伸ばしてくるとは思わないじゃないか。
だから、ちょっとくらい臆病で慎重に行動したほうが良いと判断した。
私は仲良くなったNPCが死んだら泣いちゃうので。
だからリリィちゃんの店まではフレゼアさんも含めてルナテミスさんに送ってもらうことにしたのだが……。
<送ってきたにゃ〜。フレゼアさんはアリカとカナタが迎えに来てたから預けたよ! 三人いるし大丈夫って言われちゃったんだけど、どう思う?>
恐らくルナテミスさんのほうも嫌な予感がしているからこそ、こんなメッセージを送ってきたんだと思う。だから私は、返事を書いてそのまま立ち上がった。
<追跡しましょう>
<りょうか〜い。場所送るから来てね>
「ケイカさん?」
「私、少しだけ出てきますのでスノーテさん達はゆっくりと休んでいてください。最近不審者情報が出回っているので、外にはなるべく出ないようにしていてくださいね」
「分かりました」
すうすうと眠る蛇ちゃんの背を叩きながら、スノーテさんが頷く。
そして、私はレキに二人を見守るように頼んでから四匹の名前を呼んだ。
「アカツキ、オボロ、シズク、ジン、行きますよ」
一番レベルが高く、そして連携が得意な初期メンバーを。
杞憂だったのならいい。むしろそれが一番いいんだ。ただただ成立しているカップルに茶々入れしにいって見送りをするだけ。本当ならそれだけでいい。
まさか数多いるNPCの中から、シナリオに密接に関わったキャラクターが襲われるなんてそんなこと……今までの神獣郷ならありえなかった。けれど、嫌な予感はどうしても拭えない。
「アカツキとシズクは私の肩と首に。ジンは懐に来てください。準備はいいですね? ……オボロ、最大最速で行きますよ」
「ワオンッ!」
頼もしく返事をしたオボロが悠然と走り始める。
だんだんとスピードが上がり、周りの景色がよく分からなくなってきたところで、揺れを感じながら私は目を閉じた。
心配しすぎの徒労で終わればいい。
そんなことを思ったのは、初めてのことだった。
◇
黄色い眼光が暗闇で残像を残す。
「くっそ、しつこい! そっち……! フレゼアさん! 避けるにゃあ!!」
「あっ」
「フレゼアさん!!」
翼が切り裂かれ、純白の羽根が真紅に染まって散っていく。
「カナタァ!!」
血溜まりが広がっていった。
◇
※ ちゃんと助かるから安心して次を待っていておくれ。




