あなたと私で『約束』する幸せなエピローグ
「スーちゃん、いつかまたゲームの中で会いましょう」
「うん、ヤクソクね! わたし、お姉ちゃんにまたあいにくるから!」
「ええ、また。必ず!」
2人で小指を絡めて笑い合った。
――そんな出来事から、実に二週間が経過しようとしていた。
◇
あれから……私は秋学期の研修旅行を無事終えて、文化祭に忙しいリアルの行事をひと通りこなすことに集中していた。
スーちゃんとめいっぱい遊ぶということを、しっかりと研修旅行までに終わらせることができて重畳だったと思う。
おかげさまでお花の基礎を学びなおすための研修旅行も集中することができたし、京都旅行もその分満喫することができた。研修旅行のほうはあいにく、リアライズしているアカツキ達を連れて行くことはできなかったけれど……その分いっぱい写真を撮って、家に帰ってから思い出を話して聞かせてあげたりしたので彼らにも楽しんでもらえたと思う。
1人と2匹で並べた写真を囲んで話すのも楽しかったし、そこに妹達が乱入してきたのもいい思い出だ。お母さんからはちゃんと研修してきた? なんて苦笑いで言われてしまったけれど。大丈夫!! ちゃんといっぱい叱られながら学んできたので!!
家族の前でお花を生ける披露会をやるハメになったのはちょっとだけきつかったけれど。あくまで師匠と弟子として見られるから緊張感がすごかったよね。かろうじて合格点をもらえたからよかったけれど。
それよりお花に興味津々になっちゃったオボロが動き回らないようにするのが1番苦労したかもしれない。アカツキはちゃんと妹の腕の中で大人しくしていてくれたんだけどね。落ち着かないオボロちゃん可愛いね。
文化祭のほうもちゃんと準備含めて参加できたし、当日のカフェでは思い切ってコスプレと称してアバターの格好をしてアカツキ、オボロと看板娘をしていたらめちゃくちゃ売り上げが良かったから、大成功をおさめている。
ちなみに衣装は、前に行った仕立て屋さんでこっそりとお願いしてみたところ、バレてしまったけれど実はお爺さんのお孫さんが私のファンだっていうことが判明して気合を入れて完璧に作ってくれた。こんなところにも純粋なファンがいたことに驚きである。ファンサでサインを書いたら泣いて喜ばれたのでいいことをした気分!
さて、文化祭本番ではゲーム内でもマニュアル操作でお菓子作りばかりしているせいか、リアルでもお菓子作りに慣れきっちゃっていてめちゃくちゃクラスで活躍することができた。
その代わり全員に『ケイカ』の配信活動がバレたけど。
まあ、アバターをあんまりいじっていない都合上、元から5割くらいバレていたから誤差だよね。誤差。コスプレしてカフェ店員やってアカツキとオボロを連れていたため、常に盗難防止の護衛がつきつつ、めちゃくちゃ繁盛して忙しすぎて目が回りそうだったけれど……それでも楽しいイベントだった。
そして、ログインだけはしていたけれど、リアルが忙しくてなかなか神獣郷の冒険をやれなかったので、忙しい時期もようやく過ぎたことだしさあやろう! ……ってときに限ってなぜか大型メンテと重なるんだよね。悲しみ。
そんなこんなで海城の一件からリアルで二週間経ったというわけである。
毎日ログインも研修旅行で途切れてしまったし、文化祭準備期間も本番も少し顔を見せに行くことしかできていなかったが、メンテなら仕方ない。
今のうちにということで、ついでに病院で定期検査をすることにした。
なぜだか病院の外にマスコミらしき姿がチラホラ見えていて、迂回しながら病院に入るのに苦労した。確かにここは結構な大病院のほうだと思うけど、なにかあったのだろうか。
アカツキをカバンに入れて、オボロの意思をスマホに入れている状態なのでカメラに映されたりしたらたまったものではない。
検査のほうは予約をしていなかったのでめちゃくちゃ待たされた。まあ自業自得ではある。ちゃんと予約しろってことですね。それでも待たされるのは待たされるけど。
結果、朝からいたのに終わりがお昼近くになってしまったので、疲れて病院内のカフェに寄ることにした。
前にも利用したことのある、あの場所である。
ボックス席の仕切りの向こう側では車椅子だったり、患者服だったりする人達も食事を楽しんでいる風景が広がっていた。
無意識にそちら側に視線が行ってしまうのは、二週間音沙汰のない誰かさんのことが気になっているからかもしれない。
今頃、どうしているだろうか。
ちゃんと手術は成功しただろうか。
あの子は怖くて泣いていないだろうか。
リアルでも元気に走り回れるようになれるのだろうか。
そんなことばかり気になってしまう。
気分はすっかり姉か保護者だ。
前と同じく、なにげなく頼んだホットケーキにバターを滑らせ、ついてきたメイプルシロップを垂らしながら考える。
隣においたあたたかいカフェオレの湯気が空気に溶けていった。
「お姉ちゃん」
反射的に顔をあげる。
カフェの上部についているテレビへと目を向けると、そこにはベッドで応対する可愛らしい女の子の姿が映っていた。
なんの番組かと思ったけれど、どうやら難病の女の子の手術が成功して術後も安定しているという朗報系のニュースらしい。
ドキリと心臓が高鳴る。まさか? なんて思わずテレビを食い入るようにして魅入ってしまった。トクトクと流れたままのメイプルシロップは、とうとう器に入っていた分を全てパンケーキにかけてしまい、お皿の上がすごいことになっている。こんなの、とんだ甘党のすることだ。けれど、手の動きが止まるくらいに、そのニュースは私にとって衝撃的だったのだ。
身に覚えがありすぎて。
「わたしをおうえんしてくれたお姉ちゃんに、いますごくありがとうってつたえたい、です。つぎにあったら、きっとだきついちゃうかも!」
テレビの中で、笑顔で話している子供の表情があの子と被る。
そんなことある? なんて心の中で茶化しつつも、いやここまで条件が合うならもしかしたら……と目を細める。泣きそうだった。
「成功、したんだね。よかった」
まさかこんな形で知ることになるとは。
じわりと滲む涙を拭って、メイプルでひたひたになったパンケーキを切り分ける。カフェオレを一口飲んでから、パンケーキもひときれ食べると染みに染みた甘味が口いっぱいに広がって脳天を貫いた。
「あっま……」
アカツキを連れてきているとはいえ、1人きりのお昼ご飯。
のんびりと甘さに浸っているとき、ガラスの仕切りの向こうから控えめに駆けてくる影が見えた。リハビリ中なのか、走るというよりも、必死にこちらに向かってくるという感じだったけれど。
転んでしまわないかはらはらして思わずそちらを向いた私は、その瞬間手に持っていたフォークを取り落としてしまった。だって、その子は。その子は今しがたテレビで見ていた子供とまるで一緒の容姿をしていたから。
「お姉ちゃん!」
ボックス席を仕切るガラスの向こうで、小さな彼女の口元がそう描く。
なぜ、どうして私が分かるのかなんて疑問は口から出なかった。
彼女の後ろから追ってくる母親らしき姿が焦っているのを見て、私はその場で立ち上がり、ガラス越しに手をついて「危ないからゆっくり歩いて!」と声をかける。私の指示を聞いて、走ろうとしなくなった彼女はそれでもこちらに向かってきて、私の手を必死にタッチしようとガラス越しに手を伸ばす。
料金支払いまでは全て端末注文であるため、基本席の鍵は開かない。だから直接顔を合わせることはできないけれど……それでも彼女は手を伸ばしてきた。
私がしゃがんでガラス越しに目線を合わせると、彼女はゲームの中と全く変わらない表情で笑う。
「お姉ちゃん!!」
「どうして私だと分かったんですか……?」
思わず、ゲームの中と同じように敬語になってしまった。声は届くので、会話は可能だ。周囲の視線が集まっていないかとても気になるが、無視するなんて選択肢は存在していなかった。
「? いろしか、かわらないもん」
「それもそっか」
苦笑いをする。
追いついた母親が彼女を止めるが、私はにっこりと笑って挨拶をした。カバンから顔を出したリアライズアカツキを撫でて肩に乗せれば、あちらもハッとしたように口元を手で覆った。
「あのね、あのね、いっぱいお話ししたいことあるの」
「そうですよね。もちろん聞きますよ」
「うん! あ、それとね! それとね! ……いっぱいありがとう!!」
「ふふ、どういたしまして!」
ガラス越しに小さな手と私の手を合わせる。
笑顔で元気いっぱいの彼女には陰りなんてありやしない。生命力に満ち満ちていて、幸せそうだった。それが嬉しくて、こちらも笑顔が浮かぶ。
「まだリハビリちゅうだから、またいっしょにあそべるようになったら、よろしくおねがいします!」
「ええ、もちろんですとも」
彼女が小指を出したので、私もガラス越しに小指を見せる。
直接指切りはできないけれど、それでも今の私達には十分な『約束』の意思になるはずだ。
「あ、あとね!」
「うん?」
ほっぺたを赤くして、喜色をらこれでもかと表情に浮かべた彼女は言った。
「つぎにあったときにね、かべがなかったら、だきついてもいい?」
「喜んで!!」
なにこの子可愛い。
いつもみたいに表情を崩せば、彼女の母親がなんだか妙に納得したような顔で頷いていた。それだけは解せぬ。
※このあと本名と連絡先を交換し合ったよ。




