さあ帰ろう、みんなが待つ街に。
ひとまず危機は脱したことだし、改めてメドゥーサに向き合おう。
今は拘束中だからスノーテさんの声も届くだろうし。私とリンデさんの喧嘩を止めるためにわざわざこちらまでやってきてくれたスノーテさんと護衛のスーちゃん達を手招きする。
私はというと、万が一がないようにリンデさんの近くに寄って睨みを聞かせ、銃器の使用を阻害する位置に立つ。
メドゥーサだってここまですればもう、抵抗することはできないだろうってくらいガチガチに拘束してあるからね。1番危険なのはリンデさんって可能性があるから、彼女に対する牽制は大事だ。
「さあさ、スノーテさん今のうちに……!」
「は、はい!」
わずかに緊張したような声でスノーテさんがメドゥーサ、改めてメーサさんに近寄っていき、その耳元に顔を寄せた。拘束が解けたとしても、決して目が合わないように。
耳元に囁かれ、びくりと震える。
そんな、下半身が凍らされ、天井から伸びる糸束で目隠しをされた状態の女性……うん? そう考えると、正直なんかこう。
「ふーん、えっちじゃん」
ボソッとこぼした言葉に、隣で牽制されているリンデさんがドン引きした。
声に出したのは本当にダメだったとは思うが、こればかりはコメント欄もおおむね同意見なので仕方がないと思うの。百合って、いいよね。
「……」
顔を寄せて、そしてゆっくりと両手でその体を抱きしめる。
それから、わなわなと震え、シュウシュウと蛇の言葉を発するその口元に片手の指を添えてうっすらと微笑んだ。
「もう、いいんですよ。もう大丈夫だから、もうあなたが気を張らなくても大丈夫。友達の声を覚えていますか? ねえ――」
そして彼女の口にした言葉に、私は目を見開いた。
「――蛇ちゃん」
まさか。いや、もしかして、あれは……メーサさんじゃ……ない……の?
前提が崩れたことには、さすがに動揺して狼狽えた。だって、回想ではメーサさんの意思で全てを壊そうとしていたじゃないかと。
「ねえ、蛇ちゃん。私が来たからにはもう大丈夫よ。もうあなたが頑張らなくてもいいの。メーサは疲れてしまったのでしょう。あなた達は今、二人で一人だものね。とっても苦しくて、悲しくて、辛くて……憎かったのね」
でも、そうなると納得する。
考察が好きなプレイヤーならば気づく可能性もなくはないが、確信を得られるほどの証拠を得られるかどうかというとかなり怪しい。初手であの『メドゥーサ』に直接答え合わせをしに行く人はまず少ないだろう。
「あの子の憎むものを、あの子の敵を全部やっつけたのね。とっても偉いわ。あなたはメーサを敵から守ってくれただけだったんだものね」
一定のリズムで撫でられる背中。
抱きしめられる前に暴れようとしていたメドゥーサの手は降ろされ、だんだんとスノーテさんに身を委ねるように頭をもたれかからせていく。その反応こそが『正解』の対応であることを如実に表していた。
「お見事……」
私はたとえ無意味でもスノーテさんを助けただろうが、キーである彼女を助けることではじめてこれが判明する『ギミック』と考えると、納得がいく。
声を覚えているか、と言ったか。
なら、やっぱりギミックに気づいたとしてもプレイヤーが彼女を落ち着かせて解決することは不可能だったのかもしれない。正気に戻すことはできたとしても、本当に完璧なハッピーエンドにすることは、きっとできなかったのだろう。
あのセリフは、『友達』だったスノーテにしかできない対応だ。
「ル、る、ルぅ……すの、てー?」
「ええ、そうですよ。スノーテです」
幼い口調で名前を呼ぶ蛇に、彼女が優しく答える。
「ママ、ねてる。こわいの、つかれる、かなしいの、いや。にげたいのに、みんなくるから、あたし、かわり、した。もう、ねてもいい?」
「ええ、寝ちゃってもいいですよ」
「あたし、おきたとき、すのてー、いる?」
「ええ、ちゃんといますよ」
「えあれーも?」
「ええ、もちろん」
優しい言葉遣いの問答に、ひっそりと息を沈めて私達はその成り行きを見守る。リンデもすでに殺す気はなくなったようで、ツンとそっぽを向きながらも彼女達の会話を静かに聞いているようだった。
「おやすみなさい、すのてー、えあれー」
「おやすみなさい。しばらくの安息を」
「ん」
そして、蛇は最後に一言だけ呟いて完全に力を抜いた。
「スノーテ、さん。蛇ちゃんは……?」
終わっただろうと考えて、控えめに声をかけた。
こちらに振り返った彼女は涙に濡れていたが、笑顔で……悲しそうではなかった。まさか……死……? とコメント欄がざわついていて、私も同様にアバターにはないはずの心臓がドキドキとしている。
うるさいくらいのその音に緊張しながら、スノーテさんの言葉を待つ。
「ふふ、そんなに心配そうな顔しちゃって。大丈夫ですよ。本当に眠っただけです。今は同じ体を共有している仲なので、意識の交代が起きていただけのようですね。それもそれで、悲しいことですが……残念ながら、私の知っている技術水準では、不可逆のものとしか言いようがありませんから」
二重人格状態ってことでいいのかな? と一応納得したが、この言いかただと……。
「今の技術であれば、もしかして二人を治す方法が見つかる可能性がある……ってことでしょうか」
ばっとリンデさんを振り返ると、彼女は眉を顰めて「なぜそこで敵であるわたくしを頼ろうとするのか、分かりませんね」と吐き捨てた。
まあそうだよね、うん。普通はそういう反応するよね。
「じゃあ考察班の方々に投げますか……もちろん私も探しますけど、機械技術のほうは畑違いなんですよね……設計図とか見つけても分かりませんし」
リンデさんがなにを言っているんだと訝しげな顔をしていたので慌てて口をつぐんでコメント欄のほうに依頼をしておく。
「方法はこれから探しましょう」
「ええ、そうですね。私達には、これからの時間が……できたんですものね」
しみじみと呟いて、スノーテさんが力が抜けたメーサさんを支え直す。
緩んだ糸束の下からはしっかりと閉じられた瞼が覗いていた。
すうすうと寝息を立てる彼女の体勢はこのままではきっと辛いだろう。
アカツキを呼び寄せて氷を溶かしてもらうことにした。拘束がとければ、そのあとは恐らくスノーテさんがお姫様抱っこでもして連れ出してくれるだろうし。
「リンデさんも、ご協力ありがとうございました」
「よく言うわね」
彼女がしようとした妨害のことだろう。しかしまあ、防げたのだから別にいいだろう。防げずに大惨事になっていたよりは『ご協力』してもらったほうと言えると思う。皮肉だけど。
「メーサさん達の分離をさせたほうが、『消したいデータ』の完全抹消にもなるんじゃありません?」
と、私がせっつきすぎたときだった――リンデさんがキレ散らかしたのは。
あまりにも高速で喋り始めたのでなにを言っているのかを半分以上聞けなかったが、要するに言いたかったことは「こいつらに付き合うのはもう嫌だ。陛下に会いたい」みたいな内容である。ブレない。
「ま、約一名発狂してますが、一件落着ですね」
こうして、私達はようやく城の深層から脱出することになったのでした。
リンデさんは別れをいう間もなく1号ちゃんが2号ちゃんもろとも糸でひっかけて連れて行ってしまったので、その後どうなったのかは分からない。
息災であればいいと思う。
いつか帝国と決着をつける日が来るのであれば、きっと今度は敵対するのであろうから。その日まで。
「スーちゃんはメーサさんの手を握ってあげててくださいね。アカツキも懐に入ってあげてください。あったかいほうが良いでしょうし。オボロは前を。シャークくんは後ろの護衛をお願いします。まだ罠がないとは限りませんからね。ジンは……肩に乗ります? 分かりました、おいでおいで」
さあ帰ろう、みんなが待つ街に。
「これから帰る街が、スノーテさん達の新たな居場所になります。歓迎しますよ!」
「楽しみです! あ、帰りはうちの子に乗って行きます?」
「同乗してもよろしいのであれば! ちょっとだけ大ウツボさん乗ってみたかったんですよね」
「ーーーーー!!!」
「あー、うちの子がダメって言ってるので並走する形でお願いします」
今回のシナリオのオチは嫉妬しちゃう可愛らしいシャークくんだったみたい。
神獣郷のコミカライズ24話後半が更新されております!
次はピニャータイベント……というところですが、コミカライズは今回の24話で最終回となります。
初のコミカライズ化でしたがこれまで応援してくださった読者の皆様、ありがとうございました!
小説は今後も更新するので、そちらではよろしくね!!
次の更新は恐らくゴールデンウィーク後となります。
なんせゴールデンウィーク、全て休みなしなので。いつもの木曜日も休めず、最近遅れ気味なのもあってさらにドンみたいな状態なので苦しく……本当に申し訳ないです。
なにかあれば活動報告を作成するので、そちらでご確認くださいませ。よろしくお願いします!




