よし、バランスをとって私も煽るか
手足はケモ足に、そして髪色に合わせるようにして緋色の犬耳と尻尾が生え、私達は同時に吠え声をあげた。
白い雪のオーラが暗闇の中で強調されるように光り、そして弾ける。
メドゥーサ相手に一発で居場所がバレるというのに、簡略化もせずにこうして神獣纏をしたのには理由があった。
「足止めは氷でもできますが、やっぱり共闘しているのですし糸に任せたほうが早いでしょう! ヘイト管理はお任せください!」
そう、目立つことで自分にメドゥーサからのヘイトを向けさせ、攻撃を回避し続ける……いわゆる回避盾のようなことをしようと考えたのだ。オボロとの神獣纏であれば敏捷値に補正が入るし、それでも間に合わなければオボロに乗っての退避が可能。天井にずっと張り付いている1号ちゃんもできそうだが、自分が1番この役をやるのに適切だろうという判断をした形だ。できるだけダメージを受けそうな役割をNPC任せにしたくない……とも言う。
だって、死なれたら困るし。
でもそれは口に出さない。ある意味リンデさん達のことを信頼していないと言っているのと同義の言葉だからだ。
元から慎重派ではあれど、庇い続けるということはつまり、そうしないといけないほどに彼女達が危なっかしいと思っていることであり、そうなると完全に舐めた態度をとっている状態になってしまう。今ここでリンデさんをキレさせたいわけではないし、プレイヤー特有のこの傲慢な考えは口に出さず遂行するくらいがちょうどいい。口にさえ出していなければ、さすがにリンデさんだって文句を言ってこないから。
「さて、まずは早めに防御スキルから……っとぉ!?」
緑色の視線が通り過ぎて、すぐさまその場から飛び退くと私は蹴り上げるようにしてオボロと同時にスキルを発動した。動揺しているのは口だけである。まあまあこれもパフォーマンスの一種だから……本気でビビったわけではないよ? うん。
「ウオオオオン!」
オボロの力を借りて同じスキルを使い、蹴り上げた部分が丸ごと分厚い氷の壁となって立ち塞がる。次いで来るはずだった赤色の視線は私達に届くことはなく、途中でかき消えた。
「さすがに全部貫通はしてきませんか」
水溜りという、『反射』ができそうなものを味方にしている相手なのだ。万が一氷の壁すら貫通してきてしまったら困るため、念のため氷の壁からも少し離れた位置に退避していたが、氷の分厚い壁は石化の視線に対してちゃんと有効であることが証明された。
これは大きいぞ〜。本来なら検証目的でやるようなことだけど、防御壁が可能と分かればこっちのものである。ただ、あまり防御ばかりしていると攻撃の隙を狙う他の面々にヘイトが向かってしまうため、ある程度こちらからも攻撃を仕掛けていくことが重要だ。
「ま、私には石化なんて通用しませんがね……今のうちに舞っておきましょうが! ――神前舞踊『泡沫の舞』」
懐から取り出した緋色と純白の扇子で舞い踊り、スキルスロットにセットしていた泡沫の舞を使用する。
それからすかさず違う舞いかたをしながら次のスキルを発動。
「――神前舞踊『蝴蝶の幻』」
ヘイト管理をしながら回避盾をするためには、やはりバフの重ねがけは重要である。
氷の壁から抜け出てメドゥーサの周囲でうろちょろとしながら、次々とスキルを使用していく。今笛を吹くのは厳しいので、あともう一つだけ海楽のスキルを使わないバフを追加したいところ!
『走ってるだけだと石化の視線当たらない???』
おっと、さてさてご安心ください視聴者の皆様方。お忘れではありませんか?
泡沫の舞は……。
「状態異常無効ですからね。もはや私は無敵の人!!」
と言った瞬間に、突進レベルのスピードで駆けてきたメドゥーサと肉薄した。のけぞって視線を直接合わせようという試みを阻止し、後ろに向かってたたらを踏む。よし、避け切った。
……と、いったところだった。
突然方向転換するようにして、メドゥーサが大きくて太い蛇の尻尾をぶんと振った。ドラゴン並みのそれに、バランスを崩していた私はもろにあたって見事に吹っ飛んだ。いやー、迅速なフラグ回収どうもありがとうございました!!
近くの壁に叩きつけられ、私の羽織の下からぶわっと一気に蝶々が飛び立っていく。心配をして壁際に集合してきたアカツキやジン、シャーク君に向かってはニヤリと口元を笑みの形にして親指を立てた。大丈夫のサインとして。
「蝴蝶の幻を直前に張っていなければ即死でしたねこれ。間に合って良かった〜」
『言ってる場合か!?』
『それ、確かだいぶクールタイムあるよね』
「いやしかし、オワタ式になってからこそが回避盾の本番みたいなところあるじゃないですか」
『もはやバトルジャンキーじゃんエレヤンこわ』
『ドMかよ』
コメントの流れを追う暇もなく、もう一度迫ってくるメドゥーサを視界で捉えて動き出す。
立て、立て、立て、立て! 早く!
踏ん張って横に避けて、いやそれだと遅いな?
「氷!」
一言で意思疎通したオボロと、扇子を使って再び氷の壁を作り出す。
ドオンと響いた重い音によって氷にヒビが入り、その間に十分時間稼ぎを行えた私が立ち上がって退避する。もちろん相手の背後にジャンプして回り込むという形で挑発し、蛇の髪の毛に一撃入れて気を引くことも忘れずに!
すぐさま私のいる背後に向かって尻尾の払いが生じ、それもタイミングを見てジャンプで避ける。避けゲー極まってますねぇ!!
ときおりジャンプした瞬間、天井から伸びてきた糸による補助で対空時間が僅かながら伸びる。タイミング合わせが完璧な1号ちゃんの活躍は目に見張るものがあった。
「アカツキ、顔面に炎で驚かせて。シャーク君は地面の沈殿。ジンはその瞬間に足元突進で転ばせて。自分は引っかからないようにね」
「カァァ!」
「クォォォ」
「みっ!」
指示に対してノータイムでメドゥーサの顔面に炎を噴射するアカツキさん、マジすごいっす。
一瞬視界が塞がって足を止めたメドゥーサを囲むように地面が沈殿し、さらさらと砂に足を取られてバランスを崩す。さらにその足元……いや、正確には膝裏に向かって紫色の電撃を纏ったジンが突進して突き崩した。
ダイナミック膝カックンにドスンと尻餅をついたメドゥーサに対し、私とオボロでその下半身を凍らせる。
もがく尻尾、髪の蛇。それらをものともせずに天井から放たれた糸束が彼女の目元を覆う。
もしや、スーちゃん達の力を借りずとも目標達成か?
そう思ったときだった。反射的に動いてしまったのは。
――銃声が響き渡る。
メドゥーサの脳天へ続く軌道上。
滑るように差し出された私の扇子に、なにかが当たって弾け飛んだ。ガツンときた衝撃に、腕が少しばかり震えている。
「隙あらばってやつですね。でも利用しているのはお互い様ですし……最後にどちらが我を通すかは、今ので決しましたかね。リンデさん?」
チッと舌を打った彼女は、高慢な笑みを浮かべて「あらごめんなさい、手が滑ってしまったの」とわざとらしく口にした。
はあ〜焦った焦った。
いつもはムチしか持っていないくせに、まさか銃まで所持してるなんて。
そういえば銃器の製法は帝国産のものしかないんだっけ? なら、彼女が持っていてもなんらおかしくはないのか。
一番のチャンスを逃した今、さすがにこれ以上は手を出さないことにしたのだろう。彼女はアカツキに責めるように突っつかれそうになりながらこちらにやってきた。
悪びれている様子はいっさいない。うーん、外道。ド畜生。私が防げたのは完全に運と勘みたいなところがあるので、本当にド畜生。
見せ札のムチと隠している銃っていうのは格好いいけど、今のはちょっと幻滅しちゃったかもなあ。
よし、バランスをとって私も煽るか。
「ラストチャンスでミスったご気分はいかがですか〜? これからこの人を正気に戻しちゃいま〜す。絶対に命を奪わせたりしませ〜ん! 黙ってお行儀よく、優雅に見ていてくださいね!」
「あなた、本当にイイ性格をしていますわね」
どの口が言っていらっしゃる???
私達の口喧嘩は、あわあわしたスノーテの乱入によりようやく終わりを告げるまで続いた。




