好きにしろって言葉は実質デレなのでは?
「お断りします」
「はい、契約成立……ええっ!?」
てっきり断られないと確信を持っていた私は、ぱしりと叩かれた手を見つめて声を上げた。ツンとした表情でこちらを見上げる彼女の冷たい瞳は、まるでいつもと変わりやしない。
しかし、唖然とする私に向かってリンデさんはなおも言葉を重ねていく。
「けれど、借りは返します。あなた達の邪魔はしないでいてあげるわ」
最大限の譲歩を提示するように。
「……だから、わたくしの行動を止めようが、止めまいが、どう振る舞おうともお好きになさい。ただし、あなたの采配によって戦況が変わると心得るように」
軍人のような覚悟と意思の強さを感じさせる瞳が、私を鋭く見つめて言葉を切る。そして、それから彼女は「もう話は終わった」とばかりに立ち上がった。
カツリと高らかに鳴るヒールブーツの音が暗闇の中、響き渡ったような錯覚に陥る。耳に直接打ち付けられたかのような、そこを話の区切りとするような衝撃を伴った音だった。
ああ、いい音響使ってんなとか、どうしてもアニメを見ているような感覚が自分自身に付きまとう。これがアニメや漫画なら、きっとリンデさんの足元だけが大写しになって、今の音が大袈裟に戦闘開始の合図として描かれていたのだろう。これがVRゲームでなく、一本道のゲームだったらそれこそ戦闘開始時の演出かなにかだったかもしれない。それくらい印象の強い靴音。
あー、これがもしかしたら、あの人になら踏まれたいかも! と思ってしまう心理なのかもしれない。
優雅にその場から離脱し、戦場に向かう姿は大人の余裕が窺えた。あれは私の獲物だとでも言うように、私達をさっさと置き去りにして。
さっきまであんなにピンチだった癖に! そんな事実をも忘れさせるような、傲慢で、強欲なほどに堂々とした姿は、一周回って格好良さを感じさせる。
シナリオ『悪役との奇妙な共闘』……なるほど、確信を持って共闘とは言えないかもしれないが、奇妙な共闘……ではあるかもしれない。あのシナリオ名はこういうことだったのか。
共闘と言っても、いいのか。
公式に許可を得たようなもので、自分の口元がニヤけているのがよく分かる。
好きにしろって言葉は実質デレなのでは? と思いかけたが、いやいやこれくらいでデレとか言ってたら悪役好きに殺されるなと思い直す。デレではないけど、最大限の譲歩って感じがしてとてもいい。
そもそもリンデさんには誰かに対してのオタク心を発揮する部分において、同族嫌悪を抱かれている状態が一番好きなのである。私、それに関してだけはドMなので。
でもそれはそれとして、悪役からの「好きにしろ」セリフはオタクの大好物です。ですよね? 皆さん。いやー、まったく。
「まったく、リンデさんは! これだからリンデさんは!! ラブ!!」
そして弾けるように走り出した。
リンデさんがこちらを振り返ってすごく嫌そうな目をしていた気がするが、キャラからの蔑むような目もこの場合は同族嫌悪抱かれてる特権と言えるし、結構いいもんだなとポジティブに捉えておく。
「スーちゃんはひとまず私達の動きをよく見ながら立ち回りの仕方を覚えて! スノーテさんは万が一があるのでしばらく繭玉で待機! メーサさんの力が強い以上、回復できる場所を確保していることが重要です。その場の守護を頼みます。メーサさんに声を届けられそうになったときは迅速に連れていきますので、油断はなさらないように!」
私に司令塔を任せてもらえるならばと、走りながら指示を出していくことにした。
リンデさんは聞いてくれないだろうけれど、こちらの行動を邪魔せず、そして借りは返すと宣言してくれている部分を信頼することに迷いはない。嫌っているからといって共闘を蹴るような人ではない。口でなんと言っていても、だ。
こういう人は、なんだかんだ言っていても『借りを返す』ことを放棄したりはいないのである。義理堅いからね。
「リンデさん! このバトルフィールドについて現状知っていることをご教授願えますか!」
「ご自分で調べなさいな」
「もちろん、アカツキ達にも調査は頼んでいますよ? でも、ずっと立ち回っていたあなたのご意見も大事ですとも! そんなこと言わずに教えてくださいよ〜! 私、貴重なアイテム使って助けたのにな〜、協力してもらえないと悲しいな〜! あー、悲しいな〜!」
声を張り上げて返事をすれば、彼女は頭が痛い……というような顔をしながらも横目でこちらを確認した。ひいひい並走する私が追いつけるくらいなので、彼女はただ早歩きしているにすぎないが、敏捷値の差が露骨に現れているので配信で見たら恐らくちょっと面白い光景になっているだろう。
そんな私を見て、めちゃくちゃ「うわ……」みたいな顔をして、それから大きな大きなため息を吐いたリンデさんが呟く。
「……ひとつ、わたくしを回復した借りはあなたの好きにさせること。もうひとつ、わたくしの2号を助けていただいたことの借りは……」
耳に手を当て、なにやら真剣な顔で彼女は言った。
「2号ちゃん、テレパスで情報共有してさしあげなさい」
その瞬間、私の頭に直接「はあい!」という幼い子供の声が聞こえた気がした。
「えっ」
いつもは声なんかないはずだけれど、その声が2号ちゃんだと直感で理解する。そして、自動的にアップデートされたマップ情報に驚いた。
配信画面は横によけてあるので、目の前の視界を邪魔しない程度に流れていくコメントしか見えていないが、今の返事とともに視界の右下へこのフィールドのマップが勝手に追加されていた。
マップの凹凸と、そしてときおり水色で表示される水溜りと思しき部分。それから、メドゥーサの攻撃パターンの情報が軽く開示された。メドゥーサの石化攻撃は視線に合わせて緑色の警告視線が当たったあと、赤い視線がすかさず放たれ、それに当たると石化する仕様となっているらしい。予告なしで分かりやすい指標もなく石化の能力が来るような鬼畜仕様では一応ないらしい。
それから、背後からの攻撃には頭の蛇が射程範囲2メートル分くらいは伸びて触手のように対応してくることと、振るわれる腕は怪力であること。また、尻尾による払いも強力だが、尻尾による払いをした後は大きく隙ができることなど、有益なモーション情報がタップすることで見られるようになっていた。
要するに、リンデさんが戦った際に分かったことが全てこちらに共有された形となる。なんだ、共闘する気ちゃんとあるじゃんと思わず感心してしまった。もっと冷たい対応をされると思っていただけに、きゅんとしてしまう。
それだけ2号ちゃんを助けたことが『強い借り』として作用しているのかもしれない。
いやぁ〜、本人は絶対に言わないけど大事にしてますね! 陛下からの贈り物って事実を抜きにしても可愛がってるよね! 特別に思ってるよね! 絶対に本人は言わないけれど! 可愛いね!!
「情報感謝いたします!」
もちろんお礼は欠かさず声を張り上げ、そしてその場でジャンプした。
「アカツキ!」
「カァ!」
足元を貫いた緑色の視線と、次いで放たれる赤色の視線を置き去りにして私は宙に浮かぶ。大きくなったアカツキが私の腕を掴んでひょいっと持ち上げ、迅速な回避行動を可能にしたのだ。
「暴走中のメーサさんにスノーテさんの声を確実に届けるには……」
もちろん、今の激しく攻撃をしてくる状態ではとてもではないが、スノーテさんの声が届くとは思えない。それをできるようにするために必要な行動はというと、一択。
「足止めからはじめて、完璧に行動を封じる必要がありますね」
動きを止め、視線も封じなければならない。
動きを止めるほうなら私でもできるだろう。だが、視線のほうは。
「リンデさん、1号ちゃんの糸で彼女の目を封じることは可能ですか?」
「隙があれば可能よ。あの子にできないことなんてないの」
「分かりました! ご協力いただけるんですね! ありがとうございます!!」
「……」
すごい顔をされてしまったが、それは置いといて。
協力してくれることに同意してもらったから、あとはこちらが全力で隙を作るために奔走すればいい。
「私が隙を作り出します。リンデさんは視線を封じるための指示を1号ちゃんに!」
「わたくしに命令しないで」
「命令じゃなくてお願いですってば! ね? ね? お願いしますよ〜」
水溜りを避け、尻尾攻撃をムチでさばきながらリンデさんがまた嫌そうな顔をした。でも、私に返事はしないのにすかさず1号ちゃんに指示を出し始めたのでこっちの了承も取れたと判断しておく。
さて、足止めのために最善の行動は……久しぶりの、アレだね!
「オボロ、こっちに来てください! 神獣纏……しますよ!」
「うぉん!」
選ばれたのは――オボロでした。
大ウツボでもやったけど、凍らせて足止めは王道だよね!! エアレー戦のときに神獣纏をやらずにとっておいたのが功を奏したようだ。
素早く私の元へやってきたオボロに乗り、いったん安全な場所まで離れる。
それからアニマ・エッグを取り出して掲げた。
いつぞやの演習場から始まり、そしてたまに使っていた口上を頭の中で思い出しながら、そのまま音として転がしていく。全力での格好つけはね、やっぱり大事だからね!
「我が友、六花を宿したる使者。我の手足となり、共に氷上を舞い踊る華となれ! オボロ、――『神獣纏』!」
暗闇のフィールドの中、高らかな遠吠えが辺りに響き渡った。
遅れました!! 久々の神獣纏で書いてるほうもちょっとテンション上がります。格好良く、脳内で思い描けるくらいのバトルを次回しっかり書けたらいいなと思っております。
また、神獣郷のコミカライズ24話前半がコミックポルカ、およびピッコマにて公開されました! ぜひぜひご覧くださいませ!!




