繭玉
超巨大だったエアレーはスノーテのスキルにより普通のウツボサイズとなり、彼女の腕にまとわりついた。
エアレーのシルエットはしっかりとウツボのそれだが、尻尾から石化が進行していくということもないので、蛇判定はどうやら受けていないらしい。龍もアウトだったので、シルエットだけで判断するなら細長い蛇判定になってしまうんじゃないかと思っていたわけだけど……魚類だからだろうか。
まあしかし、安心はした。
この城内では蛇に近い聖獣が不利であるため、彼女達が呪いから逃れられたのは良いことである。メーサ……メドゥーサ戦での切り札みたいなところがあるからね。呪いの影響下にあったら時間制限が発生して大変だったかもしれない。
「手を繋いで行きましょうか」
手を差し伸べると、おずおずと躊躇いがちに綺麗な手が重ねられる。少し照れたように笑みを浮かべる目元と口元で、見た目よりも幼い印象を抱いた。そんな片手とは反対側の腕には、私が手を繋ごうと言った瞬間に抱きついてきたスーちゃんがいる。
二人とも精神的に幼い部分が強そうなので私が一番のお姉ちゃんである。両手に花とはこういうことかな? 思わず私自身もにやけてしまった。
嬉しそうな二人とは違って私だけ「笑み」じゃなくて「にやけ」なのが災いしたのか、コメント欄で一人だけ笑いかたが汚いとかオタク君の顔とか純粋な二人に囲まれる不純とか散々なことを言われているが、知ったこっちゃないね。
ほらほら、百合歓迎のコメントとかもあるし!! 汚い高音がなぜか似合うエレガント舞姫とか不名誉すぎるコメントはスルーの方向で。
主人公ムーブしてなにが悪いんじゃ!! シナリオ受注してるのは私やぞ!! このシナリオ内では私が一応主人公でしょうが!!
「スーちゃんはまだ時間的に大丈夫そうですか?」
「うん。ママからいいよって言ってもらってるよ。たいちょーがわるくなったら、きょうせーてき? にログアウトしなくちゃいけないって言ってたけど、今のところだいじょーぶ」
チラッとコメント欄を見ると、赤色のスパチャ枠で「むしろ好調なくらいなので楽しませてあげてください」という言葉が流れていった。私がそう読み取れたというだけで、実はものすごい誤字まみれなスパチャ文だったのだが、多分意味合いはこれであっているだろう。
同じく色つきで流れてくるスーちゃんに対する応援の言葉や、私自身への応援の言葉。からかいやスノーテ達に対する推しコメント。チャンネル登録した人のお知らせと……なんというか、時間がある今だからこそ流されているんだろうなってコメントが多い。
私はそのコメント達にスパチャ文読み上げをしつつお礼を思考入力で打ち込んで行き、ウインクで送信する。実際に読み上げなんかをしないのは、変な文を自分で読み上げてしまったとき、スノーテ達にドン引きされないようにである。無意識的にスパチャ文を読み上げているときって、たまに変な文章も読まされることがあるからね。仕方ないね。つまりコメント達の前科のせいです。反省してね? なんて文も打ち込みつつ、お礼を重ねていく。
戦闘に入ってしまったらこういうのできなくなっちゃうからね。
「おねーちゃん、どこに向かってるの?」
「検証班の皆さんが入れなかった扉ですね」
そこに、メーサがいるはずだと私は告げる。
すると、きゅっと右手を握り込まれた。やっぱり、いくらすごい巫女さんだからといっても、変わり果ててしまった友達と再会するのには緊張と恐怖が付き纏ってくるのだろう。それは仕方のないことだ。私だって、きっとたくさんの人を殺してしまった友達を正気に戻しにいくとなったら…………ううん、きっと、怖くてそもそも迎えに行ける気がしないなあ。
やっぱりスノーテ達はすごいよ。
「検証班によるとその扉以外は問題なく探索できたようなので、恐らくその場所がボス部屋になっているという結論に達しています。もしかしたら、その先がシナリオ受注者にしか行けないダンジョンの続き……という可能性もなくはないですが、そうだった場合はこのダンジョンの探索がもう少し延長することになりますね」
どちらにせよ、行ってみないと分からないのだが。
静かな城の中。
水音だけがぴちょん、ぴちょんとときおり響いてくる道中。
三人で並んで歩き、己のパートナー達に囲まれて辿り着いたのは、明らかに特別な場所を表すような大きな扉だった。
「皇帝への謁見の間……のようです」
スノーテの言葉にそうなんだ、と返す。
扉に書かれている不思議な文字が彼女達の時代の文字であるらしい。プレイヤーには読めない文字なので、検証班や考察系のプレイヤー達がこれらの文字を収集して読みかたを解読しているということは知っていた。
ということは、彼女に文字解読を手伝って貰えば神獣郷独自の文字を全て解読できちゃうんだろうなぁ……あとで紹介してあげるか。
ま、ぜんぶ終わってからになるけど。もちろん、早々に連れて行かれたら困るから、私がスノーテ達にこの世界の案内を済ませてからね。コメント欄にそういう意味合いの言葉を書き込んでから扉に手を触れる。
すると、扉の中心が禍々しいほどに赤く光って、自動でそれは開いていった。
重々しい音が響かなくなり、開き切った扉を手を繋いだままくぐる。
「油断しないでくださいね。相手は石化能力を持っています。なるべく視線は下に……」
そして、違和感。床に白いなにがが見えて、今しがたくぐってきたばかりの扉のあるほうを振り返る。
アカツキが灯り代わりに羽ばたいて炎を散らし、背後の壁を照らし出す。
そこには、多数の蜘蛛の糸が張り付いた痕があった。
そして、壁に張り付くように半円になった繭のようなもの。糸の三割ほどが石化したその姿に絶句する。
咆哮が響く。
甲高い蜘蛛の鳴き声。
ここまで切羽詰まったようなあの子の……1号ちゃんの鳴き声は聞いたことがなかった。
声を頼りに見上げると、天井に張り付いた大蜘蛛が縦横無尽に動き回り、撹乱の動きを見せている。
……リンデの姿は見えない。
つまり。
恐る恐る、私は繭玉に近づく。
そして、その中を覗き込み――足元が石化し、目を閉じている彼女を発見した。
コミカライズ23話後半が更新されております!!
とうとう四匹揃いましたよ!!




