親友のところへ
「あーコメントが涙に沈んでますね……とても分かる」
ビィナとスーちゃんをまとめて抱きしめた私は、その肩越しにコメントを眺めていく。その中に『これわんちゃん、スーちゃんの手術する医者も見ているのかな・? 医者も頑張って……』なんて確かに! と思わせるものもあった。
スーちゃんがゲームをしているということは、医者の許可のもとにプレイしているっていうことだろうし、把握している医者が生配信を見るのは難しくても、アーカイブで確認している可能性だってあるだろう。
『スパチャコメントの中にあるあの辛うじて読めるけど、ぐちゃぐちゃしたコメントてスーちゃんの身内……?』
「だったら、素敵な場面を見てもらえたことになりますねぇ〜。よかったねスーちゃん。スーちゃんの勇気を出すところ、ママが見てたかもしれないって!」
「ん!」
ちょっと照れたように頬を自分の手でむにむにしながら、スーちゃんが返事をした。お母さんに見られてたと気づいて恥ずかしくなってきちゃったらしい。格好良かったと思うけどなあ。
「ビィナ、これからもよろしく。ここのシナリオが終わったら、しばらくスーちゃんは大変だと思いますけど、私も応援してますから!」
こくりと頷いたビィナが急に私の腕の中からいなくなる。びっくりして思わず立ち上がってしまうと、そこには先ほどまでの高身長が嘘のような大きさになったビィナが佇んでいた。
毛皮のドレスの中からゆらゆらと伸びた長い三本の尻尾を見る限り、現在の姿が本来の大きさなのかもしれない。
尻尾を足にしていたみたいだけれど、もしかして本来の足は短めだったりする? ドレスが床に広がっていて、大きさの合わない服を着ているようなアンバランスさがある。こじんまりしていて、正直とても可愛い。尻尾が身長をカサ増しするシークレットブーツのようになっているんだろう。
「この大きさならスーちゃんが抱っこできそうですね」
「ほんと! ビィナかわいいー!」
さっそくビィナを持ち上げたスーちゃんがこちらを振り向く。めちゃくちゃ長いドレスはくるくると「おくるみ」のようにビィナに巻かれ、こちらも長すぎる尻尾はギリギリ地面に引き摺らないように、ビィナ自身がくるんと巻いて浮かせている。
抱っこされた状態でもスーちゃんの背中をぽんぽんしたり、頭を撫でたりすることができるみたいだし、絵面が圧倒的「可愛さ」に全振りしている。自然と私の手はスクショを撮っていた。無意識だった。可愛さに魅せられた末に自制という文字が頭の中に浮かぶ前に行動をとってしまったらしい。スーちゃん……恐ろしい子!!
「素敵な友情ですね。これが、現代での共存の形……」
声に気づいて振り返る。
そこには、静かに私達を見守ってくれていたスノーテとエアレーがいた。
昔々、聖獣達が差別され、意思のない奴隷のような扱いをされていた時代でも絆を繋いでいた二人にとって、現代のこんなにも小さな子が当たり前のように自分のパートナーと仲良くして、しかも聖獣のほうが人間のために進化を選ぶなんて……きっと奇跡を目の前で見たようなものだ。
「スノーテさん」
「すみません、涙ぐんじゃったりして……」
「いいえ、嬉しいですよ。だからこそ――」
ひとつ、区切って一人と一匹をまっすぐと見つめる。
「あなた達にも、私達の世界を見てほしい。もちろん、二人だけではなく、この先に待ち受けているメーサさんにもね」
私達の街を案内しますよと言いながら、手を差し伸べる。
スノーテさんを助けて、そしてエアレーも今回で助けることができた。だから、今度は最後の一人……メーサさんを助けに行こうよという意思で。
彼女は、ゆっくりと私達を順番に見ていく。私の肩にとまるアカツキを。私を乗せて大活躍したシャークくんを。エアレーの足止めに貢献したオボロを。ジンを。そしてスーちゃんとビィナ達を。
「案内人、引き受けてくださるのですか? 私達、現代では世間知らずでとても面倒臭い存在だと思うのですが」
少しだけ躊躇っている彼女に、即座に頷いた。
「問題ありません。だって、二度目ですからね! 古代の人に街案内をして、私達の世界を自慢するのがすっごく楽しい! ってことは知っているんです」
そして、躊躇って彷徨わせている彼女の手を、強引に両手で掴んだ。
ぶんぶん振って笑顔を向ける。そうすれば彼女は、ぎこちない微笑みで返してくれた。エアレーに鼻先で押されて、よろよろと私達に近づいた彼女にスーちゃんも正面から抱きつきにいった。
どうやらエアレーのほうは、私達の意見に賛成みたいだ。
「エアレーのほうが潔いかもしれませんね! 目覚めたばかりで色々戸惑っているかもしれませんが、別に現代人の私達に遠慮することなんてありません。皆、同じ『共存』して生きていく人ですから」
「……はい。はい!」
スノーテは泣きそうな表情をしていた。
いや、もしかしたら泣いていたのかもしれない。
けれど、たとえ泣いていたって海の中だから、その涙は水に溶けて決して見ることができない。見せたくない涙は見せなくても済むから、この環境はある意味最高だったのだろう。
「さあ、先に進みましょう。あなたを待っている、親友のところへ」
「……はい!」
手を離す。
そして私とスノーテで、スーちゃんを挟んだ三人隣り合って歩き出した。
「あの、ケイカさん。スーちゃんさん」
「ん?」
「わたし達とも……お友達になっていただけますか?」
控えめに見上げてくる彼女に、私はもう一度満面の笑みを見せた。
「なに言っているんですか、もうお友達ですとも!」
「わたしも!」
スーちゃんと二人で「ねー?」と言い合えば、スノーテは心底嬉しそうに笑った。
ここにもう一人加えるまで、あと少し。
コメント欄の内容を採用させていただきました。ご応募ありがとうございます!




