お互いに拗らせすぎていませんか?
「……ストッキンさん、レッグって今種族はなんですか?」
ぱらり、ぱらりと本のページをまくり、視線を落としたまま質問する。
向かい側では、薄い色素の瞳で『神話図鑑』を速読する変態紳士。ストッキンさんがいるのだ。
「ヤマネですね」
「ヤマネ……あと三月ウサギがいれば完璧ですね」
「なぜです?」
ストッキンさんが笑って机に肘をつく。
図書館に差し込む光が彼の下に影を作り出し、影も同時に同じポーズを取った。なにも不思議なことはない。ない……けれど、視線が吸い込まれる。
確か、ユウマの狐さんは影の中に一匹潜んでいたな。
……いや、そんなまさかね。
「ケイカさん?」
「いえ、なんでも。あなたが帽子屋っぽいからでしょうかね」
「んー、ならケイカさんはアリスでしょうか?」
「ご冗談を。こんなバリバリ和装のアリスがいてたまるものですか」
ヤマネといえば眠りネズミだ。いつも寝ていて、ときおり寝言のように叫ぶだけ。レッグは普通に起きているようなのでまったくそうは見えなかったけれど、確かにポケットの中にいる白ネズミはそう見えないこともない。
偏見だけど、ヤマネというと眠りの状態異常でも使ってきそうだ。めちゃくちゃ搦手を駆使してきそう。
ぱらりとページをまくる。
「イベントはやらないんですか?」
「イベント中のほうが人が少ないでしょうから。ケイカさんも似たような理由では?」
「否定はしません」
ゆるっと上を目指しているだけで、別に一番になりたいわけではないからね。優先順位は相変わらず『聖獣>>>>その他』だ。
ぱらり、ページをまくる。
太陽の登る街……これか?
ええっと、北のほうをずっと行くと、フィールド切り替えがあって山がある。その山のてっぺんは太陽の街として三本足の小さなカラスを神獣として祀っているらしい……と。
こういうのだよ! これこれ!
やはりというかなんというか……アカツキがソル・クローラという名前のカラスになったときからそんな予感はしていたんだ。この街に行く必要がありそうだ。
太陽に一番近い山、そこで修行し、人々を癒し、苛烈な炎と蹴りを持って悪を追い込んだ。今でもその伝承が残っており、街では定期的に神獣の巫女を選出し、守護者たる神獣に歌や踊りを一晩中捧ぐようにしている……と。
日の出までカラスの聖獣と共に神楽舞を行い、感謝と信仰を捧げるお祭りだ。選ばれても辞退することは可能。この巫女になるための資格はカラスをパートナーにしているということと、しっかりと信頼を得ていることが条件だ。
街の人間でなくとも、この舞手になることはできるし、なんなら職業舞姫でなくとも一晩中神楽を捧げ続けることさえできる体力さえあればいい。
「日の出……」
思い出すのはアカツキがミズチ戦で進化したときのことだ。
あのときも、進化したときは日の出直後だった。あまり運命とかは信じていないけど、ちょっとした縁は感じるので嬉しい。
「ああ、やはりアカツキくんは八咫烏ですか?」
「ええ、そうなるでしょうね」
太陽とカラスと言えば、当然のことながら思い浮かぶのは『八咫烏』である。三本足のカラスであり、太陽神とも言われるし、太陽神の御使いと言われることもある。
サッカーの象徴にもなっているように、蹴りに特化しているアカツキにぴったりだ。
絶対これだとは思っていたけれど、神獣進化への条件がなかなか掴めなかったこともあって、どうやったらなれるのかと模索中だった。まさかまだ行っていないフィールドの街に行く必要があるとは。
「そうだ、レッグはなににしたいとかあるんです?」
「擬人化したらいいなあ……と思っていたんですけどねえ」
「それはありえませんね。公式で決まっていますし」
「ええ、とても残念です」
「なにをいっているんですか。私がいるじゃないですか?」
笑顔で視線を向ければ、視線と視線がかち合う。
沈黙。へにゃりとだらしなく笑った変態紳士が「そうですねえ」と言う。ちょろい。
「わたくしめはケイカさんに贔屓してもらえますと、名声も得られますし、結果的に商売繁盛に繋がりますから我慢する必要もありませんから。ケイカさんだって、わたくしめの『腕』は必要でしょう?」
「自分の利用価値をよくお分かりで」
笑みを浮かべたままに視線を本へと戻す。
またページをぱらりとまくった。それでもなお、ストッキンさんは楽しそうに語る。
「利用し、利用され合うのもある意味信頼ですよ。無償の愛なんてものより、よほど信頼できるのではないでしょうか? タダほど怖いものはないですから」
「ひねくれてますね。無償の愛とやらにロマンとか、トキメキはないんですか?」
「ないです。だからどうか、俺を利用し尽くしてくださいね、ケイカさん?」
顔を上げた。色素の薄い瞳がうっとりとこちらを見つめている。
彼の一人称がわたくしめから俺に変わっていて少し驚いてしまった。けれど、「そうします」とだけ答えて平然と本を読む作業に戻る。そういうものもあるだろう。ゲーム内の紳士然とした態度とスレッドの態度はかなり剥離しているから、切り替えがはっきりしているんだろうなあ。
やべーやつに好かれてしまった。
でもこのタイプの人は周りに好きなものをそれとなく布教していくバイタリティがある場合が多い。ならそれも利用させてもらうだけだ。
私と、私のチャンネル。
アカツキ達が有名になって、好かれて、愛されて、高みへと登るために。
「仲良くしましょうね」
「ええ、もちろん」
裏に色々と含みつつ、静かな図書館で交友を深めていく。
まあ、こういう関係というのもある意味面白いのかもしれない。
ここまで濃いキャラにするつもりはなかったんです(言い訳)でもギャップっていいよね。
恋愛はありません!!!(大声)




