小さな勇気、大きな祝福 後
「わたし、さきのばしにしてる手術があるんだ。それをね、きょうのことで、うけようとおもえたの」
スーちゃんの言葉に、そっかと小さく呟く。
今や配信用のカメラは向き合って立つ私達をしっかりと捉えていた。
横からのアングル。そして、私が手を差しのべて私の目の前に移動させる。こうすれば、カメラの前に立つのはスーちゃん達だけになる。
私の配信だけれど。それでも、このときばかりは、この勇気ある子供の凛々しい顔を映さなければと思った。彼女の真剣な表情に私の心が突き動かされたから。
空中でピアノでも弾くように軽いタイピングをして、コメント欄に固定コメントとして「今だけはしっかりと見守ってあげてくださいね」と入力する。いわれのない批判を彼女が受けないようにと。私の配信を見ている人ならばそんなことをしないだろうとも分かっているが、どうやら未クリアのシナリオをしているために配信の同時接続人数が増え続けているらしいので念のためだ。
私と、背後のパートナー達。
口出しはせず、静かに見守る体勢になっているスノーテとエアレー。
そして、目の前に立つ小さな子供と、その背を支えるように、母親か姉のように手を添えているビィナ。肩に出てきてこちらを見つめるリスのリャッキー。そして、ビィナの逆隣に堂々と胸を張って立つペンギンのアジオ。
フルメンバーに励まされるようにして、スーちゃんはしっかりと自分の足で立ちながらも声を出す。少しばかり震えている声は、今になって緊張してきてしまったからだろう。腰の辺りできゅっと握られた拳をアジオが触れてほぐしてやると、手を繋ぐ。それと同時にビィナとも手を繋いで、「えっと、えっと」と画面に向かって送り出す言葉を探っている彼女の心の支えになっているようだった。
「ずっとね、こわかった。せいこうするかくりつがひくいってきいて」
「怖くないわけがありませんよね。ちょっとした注射だって私は怖いのに」
「お姉ちゃんでもお注射怖いの!?」
「そりゃあそうですよ! 大人だって注射が嫌いな人はいますよ、ねえ? 皆さん」
次々とコメント欄で肯定の言葉が流れ出す。それをしばらく眺めて、スーちゃんは安心したように笑った。
「こどもっぽいかなって……思ってた」
「そんなことはありませんよ」
それに、子供なんだからそんなことを気にする必要もない。でも、案外このくらいの年頃になったお嬢さんはそういう面を出すことを「恥ずかしいこと」だと思ってしまうようになったりもするし、そういう感じだろう。言葉に出してくれただけでいいことだ。
「ほんとはね、しっぱいしちゃったらって思ってこわかった。せいこうして、元気になってもママはわたしのそばにいてくれるかな、とか。しっぱいしちゃったら、きらいになるのかなとか、かんがえちゃってね、やだやだってワガママ言ってた」
「……怖いよね」
「でもね、お姉ちゃんがお魚さんのためにがんばってるとこ見てね、きっとお医者さんもお姉ちゃんみたいに、わたしのことをおもってがんばってくれるのかなっておもったの。しゅじゅつするほうもきっとこわいんだろうなってこともわかったの。だから、こわくても、がんばってみようって」
「うん」
案外、子供はいろいろと考えているものだ。
まだ幼いからよく分かっていないだろうと大人が思っていても、たくさんのことを考えて、考えて、結論を出そうと頑張るものだ。少しばかり自分にも覚えがある。子供だからと侮られて親がなにかをやらかすとき、子供はそのことを忘れないし、ずっと引きずることもある。子供は親を映し出す魔法の鏡みたいなものだろう。
それを思うと、スーちゃんの親御さんはいい人なんだろうなってこともよく伝わってくる。だって、こんなにもいい子に育ったのだから。それに、長時間の配信もしっかりと見ているようだし、ね。
賢い子だからこそ、手術に対する恐怖が人一倍だったんだろう。
詳しい病状なんかは分からないけど、成功率が低いと言われれば怖気づくのは大人も同じ。
だから、この決断をこの年齢で下せることはすごいことだ。
「えと、だからね、きょうは、えと……」
「ゆっくりでいいですよ」
「うん。あのね、お姉ちゃんのはいしん、いっつもたのしくみてたんだよ。それでね、いっぱいこころのこもったおうえんをされてて、それでがんばれるお姉ちゃんをみててね、いいなあって……その、おもったの」
「コメントを?」
「うん、わたしね、かおもみえない、いろんなところのひとがおうえんしてて、それにちからをもらってにっこり笑うお姉ちゃんがだいすき!」
「嬉しいことを言ってくれますね〜」
にぱっと笑う彼女に思わず口元が綻ぶ。これだけ言われて嬉しくない配信者がいると思うか? いないでしょ!
「それにね? お姉ちゃんがはいしんで『大丈夫』っていってくれると、すごくあんしんできた。だからね、コメントのみんなにもおうえんしてもらって『大丈夫』っていってもらえたら、わたしもがんばれるかもしれないっておもったの」
それから、ゆっくりとスーちゃんがカメラに向かって言葉を紡いでいく。
「お医者さんにいわれた『大丈夫』も、ママにいわれた『大丈夫』もこわかったからきかないふりして、しんじられなかったけど、大好きなお姉ちゃんと、お姉ちゃんを大好きなみんながいうことばならしんじられるかな……って」
不安が見え隠れしていて、でもそこに期待も合わさったような複雑な感情ののった言葉。
いつもふざけているコメント欄ですら、茶化すような言葉が出てこず彼女の話を促すような、背中を押すような言葉ばかりが流れていく。なんだかんだ、みんな子供には弱いものだ。これだけ真摯な子供ならなおさらに。
「だからね、お姉ちゃんと、みんなにおうえんしてもらいたいな。そしたらね、きっとわたしもがんばれるから」
切なげな顔をして頭を下げるスーちゃんへ向け、途端に飽和するくらいの応援のコメント達が流れ出していく。それらを全て眺めながら、私は向き合っていた彼女のすぐ近くまで歩んでしゃがむ。
そして、その両肩に手を置いた。
「大丈夫」
次いで、片手を優しく撫でるように頬に添える。
懐いた猫のように手に擦り寄った彼女がにへらと気弱に笑う。
やっぱり緊張はいっぱいしていたみたいだ。そんな彼女に、もうひとつ後押しをするために私は口を開いた。
「もちろん、ビィナ達も大丈夫って言ってますよ。ねえ?」
話題を向けられた彼女のパートナー達が無言で頷く。
それを見たスーちゃんが、アジオとビィナの手をぎゅっと握りながら上を向いた。
「わたしね、ほんとうのあおぞらのしたでいっぱいはしってみたい」
「できますよ」
「えいようバランスとか気にしないでごはんがたべたい」
「ほどほどに甘い物ではしゃぐのは良いことです」
「おうち、かえりたい」
「帰れますよ、きっと」
「びょうき、なおるかなぁ?」
「ええ、きっと」
泣きそうな顔で尋ねてくる子供を、我慢できずに抱きしめたいと思った。けど、それはきっと私の役目ではない。だってほら。
「ビィナ……?」
彼女には私だけじゃなく、頼もしい『お姉ちゃん』がいるのだから。
「この神獣郷では大勢の思いが力になります。私のパートナー達がみんなの思いと信仰を受けて進化したように。ですから、祈りましょう。『病気の治癒』を」
同接数がどんどん増えていく。
コメント欄には祈りを意味する顔文字やら言葉やらが溢れかえっている。おいおい君達、私を素直に応援するときでもそんなに団結力発揮してなくない? ま、いいけど!
ビィナに抱きしめられたスーちゃんが目を白黒させながら驚いているが、それ以上にもっと驚いている気がした。
それに構わず私は抱きしめられたスーちゃんから少し離れてにっこりと笑う。
「応援の言葉を奉納しましょう。だって私、神前で踊る舞姫ですから」
そうして芝居がかったように大袈裟に振る舞って励ます行動をとる私だったけれども、次の瞬間驚きで素に戻ることとなる。
「お姉ちゃん……ビィナ、じぶんで『しんか』したいってでてる……」
「え?」
大勢の人間の元で配信が……いや、『写し絵』が表示され、応援され、そしてその大半の人々が『病気の治癒を祈願』していて、さらには神前で舞を奉納する」舞姫もいて……役者がこれだけ揃った状況でなにが起こるかだなんて、明らかだった。
――今みんなに見守られながら、小さな勇気が大きな祝福を勝ち取ろうとしている。
そして彼女は、私に促されるようにして空中に手を伸ばした。
Q.進化先はもしかして近年話題になったアレ???
A.次回までに考えてみてね!
Q.応援コメント書きます
A.コメント欄から次回の演出に採用するかもしれません。ご了承ください。




