小さな勇気、大きな祝福 前
海中に甲高い悲鳴があがる。
しかし、それも最後だ。
石化していた部分は全て元に戻り、痛みを伴うにしても刺さっていた異物の摘出も完了した。武器という名の栓を取ったせいで傷口から血が流れ出ているが、それらもオボロやアジオ君などの雪属性の子達が凍らせて処置をしている。本当は焼いて処置をしたほうがいいのかもしれないが、水の中にいる以上できる治療は限られる。
私達が行う治療なんて最低限でいいのだ。
それよりもきっと、『会いたかった人』の言葉や力のほうが対処療法になるはずだから。
「行きますよスノーテさん!」
「はい、お願いします!」
苦しむエアレーの元へスノーテを送り出すべく、私は彼女の手を取った。
泳ぐシャークくんの上へと引き上げ、そしてシャーク君がスキルを使って弱い水流を生み出し、凛々しい顔をした彼女を押し出す。
水流に乗って押し出されていったスノーテは、両腕を広げて暴れる大ウツボの鼻先に向かっていった。
そして、接触。
スノーテの元から柔らかい歌声が響いてくる。誰かを癒すような、子守唄のような優しい歌だ。不思議と水の中でも透き通るように明瞭な歌声が音符のような形の泡となって彼女達を囲む。
その途端、訳も分からず暴れていたエアレーがびくりと震え、停止した。
「昔はこの子も暴れん坊だったんです。だから、こうしてよく子守唄を歌って寝かしつけていました。はじまりは、ただそれだけだったんです」
よしよしと撫でる手にエアレーが擦り寄って、くるくるとクジラの鳴く声のような、シャークくんの鳴く声にも似た音を紡ぐ。まるでハミングしているようだった。
「落ち着かない友達を寝かしつけていただけで、いつか私は神獣の巫女だなんて呼ばれるようになっていて、驚いたんです」
彼女達に合わせてか、シャークくんも私を乗せたまま周囲を泳ぎ、そしてクウクウと歌う。エアレーの視線がこちらに向いたが、気にすることなく歌い続ける様子にもう大丈夫そうだとひと息ついた。目の色も真っ赤な魔獣の色から、深海から見上げたお月様のような金色になっている。
「海が荒れたとき、私の家が流されてしまうからとエアレーが助けてくれました。それを、人々が勝手に『神獣が波を鎮めた』なんて言い始めたんですよ? おもしろいでしょう。私も、この子も、お互いのためのことしかしていないのに」
静かに紡がれる思い出語りを聞いて、エアレーはますます落ち着いていく。ウツボの大きな額と、そして人間の小さな額を合わせてまるで手を繋ぐみたいに尾が彼女の手までくるりと伸びていて、二人だけの世界にいるように。
「そういうものですよ、きっと。私だってただ、私が後味の悪い思いをしたくないから、こうしてあなた達に協力してるんですから! 私のためです。そして、スノーテはスノーテのために動いている。利害が一致して得をするのならそれが一番じゃないですか!」
私自身も、思わず歌う二人を祝福するように体がわくわくと動き出す。ミュージカル映画とかで唐突に歌ったり踊ったりしだしたり、ああいう場面の予兆と少し似ているかもしれない。ともかく、踊りたくなるのだ。そう、ただ嬉しくて。
「だから私は容赦なく混ざりに行きますよ! 歌には踊りがつきもので、そして私が『舞姫』だからです! 文句は受け付けませんからね!」
シャークくんの背中から飛び降りて、両手を広げる。
シャークくんは突然背中の重みがなくなって驚いていたけど、すぐに気持ちを切り替えたのか海底に落ちていく私と並走し始める。
扇子と羽織りをひらひらさせながら泳ぎ回れば、それはもう魚の『ダンス』そのものだ。一瞬で羽織りの下の装備だけを水着に変えてくるくる回りながら降りていく。私に合わせるようにシャークくんもくるくる踊りながら下へ、下へ。パートナー達と待っているスーちゃんの元へ。
天から落ちる天女のように手を広げながら小さなお友達の元へ。
こんなことを言うとコメントで天女(笑)とか言われかねないけど口に出してないからいいよね!! テロップに出てる? 見なかったことにしてください(震え声)。
「〜♪」
歌う彼女らもだんだんと海底に近づいてくる。
私は一足先に下にいたスーちゃんと手と手を繋いで、海底に引き下げてもらう。そしてその場でふわりとステップを踏んでくるくるとスーちゃんをダンスに巻き込んだ。
「ダンスははじめてですよね?」
「うん! それどうやってるの? わたしもやってみたい!」
ステップの踏みかたを手を繋いだまま軽く教え、楽しげに踊る彼女とふわふわと踊る。黄色系の衣装を着ているから、スーちゃんの姿はまるであたたかい海に生きる明るい色のお魚さんが踊っているようだった。
そうだ、今度彼女もストッキンさんに紹介しよう。
彼の性癖はともかくとして、その技術とセンスには信頼を置いているから、彼の作るスーちゃん専用の衣装を見てみたい!
アニメの世界のスリャーシャちゃんとしての姿じゃなくて、彼女の、スーちゃんとしての姿をプレゼントしてあげられたらいいな……なんて。傲慢かもしれないが、ある程度察しのついている事情から見てもそれくらいしてあげたい。
私からもっとなにかをしてあげたかった。
正面で両手を繋いだまま、降りてきたスノーテに顔を向ける。
スノーテの後ろで佇むエアレーは、すっかりと理性のある瞳をしていた。暴れ狂っていたときと比べると結構違う。額の宝玉も黒ずんだ色から綺麗なブルーに変化しているみたい。さっきの歌ですっかり浄化できているようだ。やっぱりパートナーの声かけは強いんだなって実感しちゃうな。
「ケイカさん、スーちゃんさん、お二人とも。エアレーを助けるのに協力していただき、ありがとうございました」
一人と一匹が揃って深くお辞儀をする。
私達はそれを受け入れて、すぐに『今後』の話に移った。
二人には、『最後の一人』を助けるための助力をしてもらわなければならない。イベント会話として滞りなく相手の承諾を得て、『次の目的地:最後の間』
って感じになってから、さてこの部屋を出ようと思ったわけだけど……。
「お二人とも、申し訳ないのですが……私は一度ここに留まり、エアレーの傷口をしっかりと治療してからあの子の元へ向かおうと思います。あとから必ず追いつきますから、それまではお二人で進んでいただきたいのですが……」
「分かりました。あ、これ回復薬なのでどうか使ってください」
「ありがとうございます!」
と、まあ。よくある感じで一度スノーテとエアレーがパーティから抜けるというか……離脱みたいな状態になった。
私知ってる。これってラスボス戦の途中で合流してくるやつだよね。
必要ないかもしれないが、回復薬を渡してからスーちゃんの肩に手を乗せる。
「行きましょうか、スーちゃん」
さあ退出して今日はセーブして終わりかな〜とか考えていたのだが、スーちゃんが一向に歩き出そうとせず、思わず小さなその肩を見下ろす。
「どうしました?」
しゃがんで目を合わせにいくと、スーちゃんはなにやら決心したような顔で、逆に私の肩に両手を置いて「お姉ちゃん、わたしの話、きいてほしいの」ときた。
「ここでですか?」
「ここでがいい。スノーテたちにもきいてほしいし、お姉ちゃんの配信? にきてるひとたちにもきいてほしい」
「分かりました」
そんなの、聴かないわけがないじゃない!
スーちゃんのそんな姿にコメント欄も次第にざわつきだす。なんせ幼女が自分達の存在もご所望なのだ。ざわつかないわけがない。
「エアレー、大手術だって、おねーちゃん、いった」
「うん、確かに言いました」
真剣に、そしてつたないながらに話す言葉でなんとなく、予感がした。
これは彼女の事情についてだと。
本当にいいのか、ここで言っていいのか。自分のことを。
あんまり圧をかけないようにしながら、こっそりとネットに流しても大丈夫なのかと確認してみたが、本人は固い意志で頷くだけ。なんならコメント欄にいるだろう『ママ』にも聞いてもらいたいとかなんとか。
やっぱりコメント欄にいるめっちゃスパチャ爆撃してくる人って……とか思いつつ、続きを促す。
「わたし、さきのばしにしてる手術があるんだ。それをね、きょうのことで、うけようとおもえたの」
背筋を伸ばしたスーちゃんの背中を押すようにビィナが撫でた。
神獣郷のコミカライズ22話後半が配信開始されました!
ライジュウレース終盤の進化回……の手前の話ですね。次回の進化シーンが楽しみなところです。
コミックポルカの公式サイト様や、ピッコマにて読めるのでぜひご覧くださいませ!




