▽水神の巫女 スノーテが 仲間に なった!
「私は、水神の巫女スノーテ……というのはもうご存知なので……あっ、す、すみません」
「おっと、まだ慣れないようでしたらもたれかかって構いませんよ。ええ、存じておりますとも」
手をとって座った彼女を引き上げる。ずうっと同じ体勢で石になってしまっていた彼女は、立ち上がった際によろけて私の胸の中に飛び込んでくる。それをそっと受け止めて肩を支えてあげると、彼女はわっと顔を赤くした。
あら〜可愛い反応にニコニコしちゃうね。
でも今からちょっと曇らせちゃうかも。ごめんね。
「あなた達のことは、しっかりとそういう伝承が残っておりましたから」
案の定、私がそう言うと彼女は表情を曇らせた。
そうだよね、『伝承』ってワードを聞いちゃうとそうなるよね。でも恐らくは必要なことなんだ。この先に進むためには。
「伝承……私は、いえ……私達は何年前の人物なんでしょうか?」
「……ごめんなさい、分かりません」
さらに続く言葉にスノーテが俯く。そうだよね、年数さえも分からないなんて、普通はない。そんな状態になっているとしたら、年数さえ分からないほどの昔ということ。ま、私がおバカすぎて歴史の年表覚えてませーんなんて可能性もあるわけだが、それにしたって『歴史』のカテゴリになることは間違いないわけだ。数年じゃきかないくらい、自分が石化してしまっていたことを知るっていうのは、ひどく悲しいだろう。
いや、もしかしたらこの巫女さんのことだから……自分が石化していた年数なんかよりも、メーサや相棒の大ウツボちゃんが未だに暴走状態にあることのほうがショックかもしれない。こういうキャラって自分よりも友達の安否のほうを心配しちゃうからね。
なんかこうやって昔のお話の中に出てくる人とお話ししていると、なんだかアインさんを思い出しちゃうなあ……。
「では、あなた達の生きる『現在』は、どのような世界……に、なっているのでしょうか」
スノーテの視線は私の後ろに控えているみんなのほうを向いて、そして私に戻った。ああ、そうか。うん、そうだよね。
私達が自己紹介したときにも、少し驚いている感じだったもんね。
これは、本格的にアインさんと同じだ。
「アカツキ、おいで」
「カァ」
腕を伸ばして呼べば、すぐにアカツキが私のところへと舞い降りてくる。
もちろん、呼ばれていない他のみんなもぐわっと寄ってくる。体の大きいシャークくんもザクロちゃんもそうだし、ジンは足から駆け登って肩の上までしっかり辿り着いて僕もいるよ! とアピールしている。うん、自分が呼ばれたくて前のめりになっちゃうところとか大変可愛い。花丸ですね。
「この世界は聖獣、そして神獣と共存する共存者の存在が主流になりました。共存者だらけの街もありますし、帝国は逃亡してはるか空の上……みんな仲良く協力しあって暮らしています。昔、神獣とともにありたいと願った人達の理想の楽園……まさに、神獣郷と呼べる世界と言えるでしょう」
「そう、ですか……」
声は震えていた。
「では、もう私達のような悲劇は……」
起きませんよ、もう。
……だなんて言えれば良かったんだけどなー!!!!
思い巡る今までの悲劇の数々……!! 言えねぇ!! 口が裂けても絶対に平和でそんなこと起こらないとは言えねぇ!! でもこんな風にしおしおしちゃってる女の子を前にしてそんな真実言えるわけがねぇー!!
私は!! どうすれば!!
心の中とテロップで盛大に愚痴を吐き散らかしていたからか、コメント欄が草で埋まってもはや森。わあ〜環境にいいコメント欄だな〜という現実逃避をしているうちに、スーちゃんが私の横に立っていた。
「ときどき悲しいこともあるけど、みんな仲良しでいれたらいいなーって思ってるよ!」
「……そうですか」
より純粋な子供の言葉だったからか、あるいはどんな返答をしてもある程度は納得してくれたのか。それは分からないが、同じ「そうですか」という返事でも、そこに含まれているのはふっと花が綻ぶような淡い笑みだった。
「人が人である以上、なかなか争いはなくなりません。けど、それをなくす努力をする人がほとんどですよ」
「ええ、そうですよね。潔癖な答えを望みすぎていたのかもしれません。すみません。それで、私を助けてくれたあなた達はここになにを……? いえ、それよりもあの子は……?」
その言葉に、ようやく本題に入っても良さそうかな? と彼女の手を取り、目を合わせる。
「スノーテさん、実はこちらが本題です。今もあなたの友達は暴走しています。それも、一人と一匹。どちらも」
「え……? まさか、エアレーにもなにかあったのですか……?」
そうか、知らないのか。
「はい、水神エアレー。彼女は今、混乱した城の兵士によって傷つけられた場所が石化し、永遠に癒えず、武器が刺さったままの状態で正気を失ってしまっています」
ショックを受けたらしいスノーテが目を伏せる。
そうだろう。私だって長い長い眠りについていて目覚めたときに、アカツキが化け物化しているとか言われたらすごいショックだし。でも、ちゃんと伝えなきゃいけない。ここから先は、きちんとNPCの存在込みのギミックを解いていかないといけないから。
ハッピーエンドのためには、全力を尽くす。
正しくは、「ハッピーエンドにしたいから頑張る」だけどね。
それが、私が神獣郷を遊ぶうえでのポリシーみたいなものに最近はなってきているから。妥協はしない。
「その状態を、私達は魔獣化……と呼んでいるのですが、魔獣を聖獣、あるいは神獣に戻すためには心の澱みを取り除く必要があるのです。その鍵となるのが恐らく――スノーテさん。あなたです」
「私、が」
「今の私達がいくら訴えてもエアレーは耳を傾けてくれるとは思えません。だから、正気を失ったエアレーに言葉を届けられる可能性が少しでもあるあなたを探していました。人間の勝手に巻き込まれて酷い目にあって、また人間の勝手で眠りから覚まされて……本当に申し訳ないのですが、その」
「分かりました」
言い淀んだ私へ、食い気味に彼女が返事をした。
俯きそうになっていた顔をあげると、彼女の真っすぐな瞳とかちあい、眩しく思って目を細める。
「ありがとうございます。ご協力、いただけるんですね?」
「ええ、もちろんです。ですがその代わりに」
スノーテは私達の間を抜けて、階段に向かって歩んでいく。
地下室から自主的に出ようという行動の表れだった。そして、振り返っていたずらげに笑う。
「二人を助けたら、楽園の観光案内……お願いできますか?」
その言葉にアインさんを重ねそうになって、ふっと笑みを漏らす。下に視線を向けると、スーちゃんは元気いっぱいに笑顔で挙手するところだった。
だから私もスーちゃんに便乗して返事を送る。
「はーいはいはい! もちろん!」
「ええ、ぜひご案内させてください」
脳内で軽快な仲間入り音楽が流れていく。もちろんエアーのやつだけど、そういう雰囲気だ。ゲーム的表現をするならば、こんな感じだろうか。
▽水神の巫女 スノーテが 仲間に なった!
……なんてね。




